2011年01月08日

第三十一幕「恐竜折神」その1

第三十一幕「恐竜折神」その1
この第三十一幕で2幕ぶりに脚本がメインライターの小林靖子に戻り、この後、第三十五幕まで小林脚本が続く。この後、第三十二幕と第三十三幕が牛折神登場の前後篇、第三十四幕が茉子、第三十五幕が流ノ介の、それぞれの個人ストーリーの一応の結末となるエピソードというように、あまり物語が動かない第三部においては比較的ストーリー的に重要なエピソードが続くのだが、その前に挿入されたこの第三十一幕は恐竜折神の販促回である。
恐竜折神というのはここまで夏の銀幕版のみに登場した折神で、第一幕から第三十幕まで、本編には一度も登場していない。既に銀幕版が公開された8月には恐竜折神や恐竜ディスクの玩具は発売されており、銀幕版自体がこれら玩具の販促映像も兼ねていたのであるが、やはりTVの本編の放送を観る人よりは映画館まで銀幕版を観に行く人の数の方が少なくなるのは当然で、バンダイとしてはTV本編放送の中でも再度プッシュしておいて欲しいというわけである。
実際、この「シンケンジャー」だけでなく、ここ最近は他のスーパー戦隊シリーズ作品でも夏の劇場版限定玩具が発売され、秋にその玩具の再度の販促用エピソードをTV本編の方でも組み込むというのが恒例化していた。だから、これは来るべき販促回が来たというだけのことで、「シンケンジャー」においては重要な販促エピソードは全部やることにしている小林靖子がこれを担当するのは当然の流れであった。
そして恐竜折神が強力な武器である以上、この販促回はその使い手である丈瑠のアクション回となるのも当然で、どうせ多くを丈瑠のアクションシーンに費やすのならば、いっそ普段は割とドラマ重視になりがちな「シンケンジャー」においては貴重なアクション回として、思いっきり全員のアクションをカッコよく見せる回として割り切ったのがこの第三十一幕だといえる。

だから、今回はさほど入り組んだストーリーというものは無い。ストーリー自体は騙し騙されという二転三転するスリリングな展開で、第八幕に少し似ているが、第八幕よりも更にテンポが良く、言い換えると内容は薄く、心情描写などはあまり深くない。あくまでアクションの方がメインである。スリリングなストーリーはアクションに緩急をつけるための要素と割り切って良い。
一応は源太を中心に話は進んでいくが、源太主役回というほど源太偏重でもなく、そもそも誰かの主役回というほど深い話ではない。あくまで一番の見所は全員のアクションと恐竜折神の活躍である。
ただ、それだけではないのが、この第三十一幕である。この慌ただしいアクション回の中で、さらりと「シンケンジャー」という物語の根幹に関わるテーマに触れている。そのテーマが述べられている部分は、この回で意味ありげなセリフのシーンは一か所しか無いのですぐに分かるのだが、そのテーマに気付くと、この第三十一幕全体が実はアクション回ではなく、このテーマのために終始一貫した回として組み立てられたものだったと気付かされる。
これは、本放送時に一見しただけではよく分からない。だが「シンケンジャー」の物語を最終幕まで見れば、この回で言いたかったことが何なのか明確に分かる。この物語のメインテーマからこの後しばらく離れて、牛折神の件や、家臣達各自の個人ストーリーの顛末を描いたりしなければならなくなるため、このあたりのタイミングでメインテーマに一旦明確に、しかし本放送時には明確には分からない形で触れておこうという意図なのであろう。

さてさっそく本編に入るが、今回は珍しく三途の川のパートから始まる。
三途の川に浮かぶ六門船が見える賽の河原を一人とぼとぼと歩くシタリが、六門船を眺めながら「あぁ〜・・・六門船も居心地が悪くなったねぇ〜・・・」と嘆息する。「太夫は戻って来ないし・・・アクマロの奴の出しゃばり具合ときたら、まるで何十年も前から居るようじゃないか・・・全く・・・!」と悔しげに歯ぎしりするシタリの不満の大部分はアクマロが原因である。
先日、アクマロが六門船に引っ張り込んでいたクグツカイというアヤカシが作戦を失敗してシンケンジャーに倒されたばかりであるが、それでもアクマロは悪びれた様子も無く、ドウコクも別にアクマロのことを咎めるでもなかった。相変わらずアクマロは六門船に我が物顔で出入りしている。
シタリがアクマロを気に喰わず、アクマロもまたシタリに対して内心の侮蔑を隠そうともしていないのは、アクマロが六門船に現れた半月ほど前から一貫している。だから、アクマロが嫌な奴だということで今さらシタリが苛立っているわけではない。シタリにとって意外だったのは、ドウコクがアクマロをここまで甘やかしていることの方だった。
その原因は太夫の不在にあるとシタリは見ている。太夫がいなければドウコクを宥める者がいない。だからドウコクは怒りの感情を抑えるようにしており、アクマロに対しても寛容になっている。
まぁそういう風に考えられるが、シタリは更に一歩踏み込んで、もっとシンプルに考えてもいる。ドウコクは太夫がいなくなって、やはり何処か寂しいのだ。だからアクマロのような怪しげな奴まで傍に置いてしまっている。それはつまり、ドウコクがシタリだけでは頼りないと思っているということであった。
こんな状態であれば、まだ太夫が居た頃の六門船の方がマシだったとシタリは思った。太夫が居た頃のドウコクはまだ自分を頼りにしてくれていた。太夫とシタリとで役割分担が明確で、作戦を立案し実行するのがシタリだけだったからだ。その頃からドウコクはシタリのことを頼りないと思っていたのかもしれないが、他に選択肢が無かったのだから仕方ないと思えていたのだろう。
ところが太夫がいなくなってアクマロが出入りするようになった六門船ではアクマロの役割とシタリの役割は重なってしまっている。ライバル関係になってしまっているのだ。その中でドウコクがあくまでアクマロに寛容な状態であるということは、その分シタリのことを頼りないと思っていることの裏返しである。
このままでは、いずれドウコクの中で自分は不要な存在になってしまうのではないかとシタリは恐れた。自分は一度ドウコクを裏切っている。不要だと思われれば粛清の対象になりかねない。生き残るためには、アクマロ以上に自分が役に立つということをアピールしなければならない・・・とシタリは焦り始めていた。

と、その時、シタリはなんともいえない悪臭を感じた。「酷い臭いがするねぇ?・・・なんだい、一体・・・?」と不審に思ったシタリは臭いの強い方向に進み、岩陰を覗きこんだ。すると、三途の川の岸近くの水面にポコポコと泡が湧きたっており、その泡から臭いが発されているようだった。
「これは・・・!」と驚愕したシタリは「そうか・・・まだ残ってたんだねぇ・・・あの一族が・・・!」とほくそ笑む。悪臭は三途の川の底から湧きあがってきている。三途の川の底に悪臭の根源である何者かが居るのだ。そして、シタリはその何者かに心当たりがあるようであり、その何者かの出現はシタリにとって好都合であるようであった。

その数日後の夜のこと、舞台は地上に移り、青山記念病院という病院の一室、ベッドから半身を起こした入院患者らしい少年の検温をしている若い看護婦が少年の脇から取り出した体温計を見て「お!熱下がってる!いいぞぉ、ちゃんと安静にしてたもんね!」と元気に笑う。
そこに医師が入ってきてベッドの横に座り「竜也くん!気分はどうかな?」と訊ねると、竜也と呼ばれた少年は「うん!」と元気に応える。「平熱なんだよねぇ!」と看護婦も元気に調子を合わせる。医師は安心したように「そうか!検査の結果もいいぞ!来月には退院も出来る!」と嬉しそうに言う。それを聞いて竜也少年と看護婦は「やったぁ!」とハイタッチして喜び合う。
かなり竜也少年と看護婦、そして医師も親密なようで、おそらく竜也は長く入院しているのであろう。熱が下がっても検査の結果が良好でも退院まで1ヶ月かかるということは、そう簡単な病気ではないと思われる。しかし、それでも治療と養生を重ねて、ようやく退院して普通の生活に戻れる寸前までこぎつけたのである。竜也少年本人だけではなく、一緒に頑張って来た看護婦や医師の喜びもひとしおというところであろう。

ベッド脇で嬉しそうに笑う医師であったが、ふっと表情を曇らせ「・・・何か臭うな?」と鼻をクンクンさせ、周囲をキョロキョロ見回す。突然、病室内に悪臭を感じたのだ。「え?」と立ち上がった看護婦も鼻をヒクヒクさせながら周囲を見回すと「本当だ・・・何か臭いですね?」と応える。
悪臭は確かに感じるのだが、その臭いの原因がどうも分からない。2人と竜也も困惑した表情で病室内を見回していると、医師の足元、病室内に置いてある棚と床との間の隙間から黒ずんだ液体が沁み出してきた。この液体が臭いの根源のようだ。
医師が液体の存在にハッと気付いた瞬間、液体の中から突然、化け物が飛び出してきて医師の首を絞めた。同時にナナシ連中も隙間から飛び出してきて病室内は一瞬にして外道衆でいっぱいになる。化け物は新手のアヤカシであるようだ。
暴れ回るアヤカシとナナシ連中は医師を叩きのめしてベッドの中でおびえる竜也少年を睨む。看護婦も竜也少年を守るように抱き抱えていたが、恐怖に震えている。その2人の怯える様子を見てアヤカシは「なかなか良い!」とほくそ笑むのであった。どうも、このアヤカシは突発的にここに現れたのではなく、何らかの狙いがあって現れたようだ。そして、その狙い通りの対象を見つけてほくそ笑んでいるのだ。

また、一つ注目すべき点は、このアヤカシと共に飛び出してきたナナシ連中の履いている袴の色である。通常のナナシは黄色い袴を履いているのだが、このナナシ達はみんな赤紫色の袴を履いている。この色の袴を履いたナナシはクサレナナシである。つまり夏の銀幕版に出て来たクサレ外道衆のナナシだ。ということは、このアヤカシもクサレ外道衆のアヤカシということになる。
クサレ外道衆の特徴は強烈な悪臭を発することである。となると奴らが出現する直前、病室内に悪臭が充満したのも納得出来る。そして悪臭といえば、先ほどの賽の河原のシーンでシタリが感じた悪臭である。この2つの悪臭が同じものであるとするなら、先日シタリが三途の川の底に発見した「あの一族」というのは、このクサレ外道衆のことを指すのではないかとも思える。

その翌朝のことである。源太は今日は河原でゴールド寿司の屋台を開くことにしており、屋台に暖簾をかけて「さぁ〜て!今日も張り切って握るか!」と気合いを入れて、屋台の奥でネタの仕込みに取り掛かる。すると、屋台に吊り下げたダイゴヨウが外を見て「てぇへんだ!てぇへんだ!親分!綺麗な女の人がこっちに来ますぜぇ!?」と騒ぐ。
源太は「はぁ?・・・馬鹿野郎!そんなことで大騒ぎすんな!」とダイゴヨウを叱る。ゴールド寿司に綺麗な女の客が来ることがそんな大騒ぎするほどのことかと源太は自負している姿をダイゴヨウに見せたのだが、実際、ゴールド寿司に綺麗な女の客など、茉子とことは以外で来たことはない。源太はダイゴヨウにはカッコいいことを言いながら、実際は内心ではワクワクしていた。
果たして、暖簾をくぐって源太の目の前に現れた女性は確かに美人であった。源太は美人であることを一瞬ハッとして確認すると、すっと澄ました顔で横を向いて「・・・いらっしゃいませ・・・」と、やけにダンディな声で言う。カッコつけているのである。「あの・・・」と何か言いかける美人が注文を言おうとしていると思った源太は、相変わらず無意味にダンディなポーズと口調で「何に・・・いたしましょう?」と問いかける。
美人の方は源太の言葉は耳に入っていない様子で「・・・シンケンジャーを探してるんですけど」と言葉を続ける。源太とダイゴヨウは思わず渋い口調のまま「はい!・・・シンケンジャー、一丁!」と反復して、一瞬間を置いて「えええええ!?」と驚く。いきなり美人の口からシンケンジャーという言葉が出て来たので驚いたのだ。
源太は自分がシンケンジャーの一員だと秘密にしているわけでもないが公言しているわけでもない。いきなり屋台に来た見知らぬ客がシンケンジャーという言葉を出してくることは想定外であった。
というか、どうやらこの美人は源太がシンケンゴールドだということを知っているわけではないようだ。知っていれば「シンケンジャーを探している」などとは言わないであろう。ただ単にこの屋台に行って尋ねればシンケンジャーの居場所を教えてくれると誰かに言われて来たのだ。しかし、一体何のためにシンケンジャーを探しているのか?と源太は驚いたのだ。
すると、言うべきことを言うと力が抜けたように美人は屋台の座席にへたり込んでしまった。源太は慌てて手にしていたダイゴヨウを後ろの川に放り投げて「おいおいおいおい!どうしたどうした!?」と美人に駆け寄り、「何かあったのか?」と肩を抱きあげるが、美人は相当疲れている様子である。何か大変なことがあったようで、かなり無理をしてここにやって来たようだ。
意識朦朧の美人はよく見ると看護婦の制服を着ている。病院で何かがあって、ここにやって来たのだろうかと思い、源太が「大丈夫か!?おい!!」と呼びかけると、その看護婦は必死の表情で源太に取りすがり「お願いします!シンケンジャーに・・・!」と訴えてくる。どう見てもシンケンジャーに縁の有りそうな女性には見えないし、実際、シンケンジャーのことは知らないようである。そんな普通の看護婦がこんなに必死になってシンケンジャーに会いたがるとは、何かよほどの事情があるに違いないと思い、源太は真剣な眼差しになった。

志葉屋敷の座敷では、丈瑠が「お前達・・・全員で俺を潰そうとしてるのか・・・?」とシリアスな表情で呻いていた。ことはは苦悩した表情、流ノ介も微動だにしない。千明はニヤニヤ笑い、彦馬はじっと丈瑠を見据える。そして苦しむ丈瑠の顔を面白そうに横目で見ながら茉子が手元から抜き取ったカードを床の上に差し出す。そこにはトランプのカードが整然と並べられていた。
なんと、一同はトランプを使って七並べに興じていた。茉子の次の順番は丈瑠のようだったが、丈瑠は自分の手元の大量のカードを眺めて「・・・なんで俺だけ一枚も出せないんだ?」としきりに不思議がり、苦しそうに「・・・パス!」と言う。
丈瑠がカードを出せずにパスしたので次の順番の千明がニヤニヤしながら「こういう作戦もあるの!丈瑠慣れてきちゃったし、本気出してかないとねぇ!」と言いつつ、場にカードを出す。続いて流ノ介が「申し訳ございません!!」と猛然と土下座をする。そして顔を上げ「私、これ以上負けてしまうと・・・」と丈瑠に必死で言い訳をするが、その顔は落書きで埋め尽くされている。
どうやら負けた者は罰として顔に落書きされるというルールのようで、流ノ介は負けまくっているらしい。流ノ介は意外にもトランプは苦手のようである。一方、茉子や千明は全く顔に落書きが無いところを見ると、全く負けていないようだ。流ノ介はもうこれ以上顔に落書きするスペースも無いようで、これ以上負けると何か恐ろしい罰ゲームがあるのかもしれない。意を決して「ええい!」とカードを場に出す。あるいは今まで丈瑠が罰ゲームを受けないように流ノ介はわざと負け続けていたのかもしれない。だとしたら大した忠義者であるが、どうもそれも限界のようだ。
続いて彦馬が「なんの遠慮は要らん!勝負に殿も家臣も無いからな!」と言いつつ、平然と場にカードを出す。こちらは流ノ介のように土下座もしないし言い訳もしない。全く勝負事に関しては丈瑠にも遠慮無しである。さすが厳しく丈瑠を育ててきた養育係である。それにしても彦馬の顔も全く落書きが無いところを見ると、意外にも彦馬はトランプが得意なようである。
続いてことはであるが、「うち・・・ホンマにこれしか・・・殿様、ごめんなさい!」と丈瑠に詫びながら手元に1枚だけ残ったカードを場に出す。その顔には幾らか落書きがあるところを見ると、ことははそんなに七並べは強いわけではないようだが、今回はたまたまことはが一番に上がったようだ。ことはの場合は流ノ介のように丈瑠のためにわざと負けるというような器用さは無い。愚直にルールに従ってカードを場に出すだけのことである。
そのことはの次が茉子で、これで一周回ったことになる。茉子はニヤリと笑い「丈瑠もこういうのに慣れないと!」と言い、また1枚カードを場に出す。各自の言葉や態度を総合してみると、どうやら千明と茉子と彦馬の3人が裏で結託して丈瑠がカードを出せないような作戦を立てているようである。
丈瑠は茉子の後にカードを出そうとして手持ちの大量のカードを眺めるが、やはり出せるカードが無いようで、しばし無言で俯いた後「・・・分かった・・・負けだ!」とカードを床に置いて降参してしまった。これで千明が大喜びで丈瑠の顔に落書きをし始める。よく見ると丈瑠の顔には既に幾つか落書きが有り、何度か負けているようだ。

千明の物言いから想像すると、丈瑠はトランプ遊びなど家臣と今までしていなかったようで、それがどういう風の吹き回しか今日は一緒にトランプをしている。それは丈瑠の中で家臣と交流を深めていこうという気持ちが大きくなってきている証なのだが、まぁ家臣たちからすれば珍しいこともあるものだという程度の想いであろう。
もちろん、サボったりだらけたりしているわけではなく、ちゃんと稽古をこなした上で、空いた時間を潰しているだけのことである。何せ、最近は外道衆の活動をスキマセンサーが感知することが御無沙汰なのである。そうなると空き時間も出来てくるわけで、普段は各自好きなことをして過ごす時間で、家臣同士でトランプに興じたりすることもある。
ただ丈瑠がそのような場に加わることは無かったのだが、今回は座敷で家臣たちがトランプをしているところに丈瑠がやって来て一緒にやるというので、丈瑠も一緒にやっている。ついでに彦馬も付き合いで参加した。ただ丈瑠がトランプ遊びを知らないので、一番簡単な七並べをやることにした。
それでも最初の頃は丈瑠はやはり不慣れなため何度か負けたようだが、勝負を重ねるごとに丈瑠が七並べに慣れてきたのか、あるいは、これはマズいと思って流ノ介がワザと負け始めたのか、おそらくその両方だと思うが、丈瑠がなかなか負けなくなり始めた。それで丈瑠に負けたくない千明が茉子と彦馬を仲間に引き込んで丈瑠を罠に嵌めてカードを出せなくしたのであろう。
そういうわけで久しぶりに丈瑠の顔に落書き出来ることになった千明は嬉しくって仕方なく、いつぞやの猫殿を思い出し、丈瑠の顔に猫の髭を書き、罰ゲームで招き猫のポーズをとらせる。それを面白がって茉子や流ノ介がワイワイと騒いで覗きこんでいる。

そこへ源太がさっきの看護婦さんを連れて座敷へ続く廊下を歩いてやってくる。源太は後ろについてくる看護婦さんの方を振り向いて「ま、大船に乗った気でいてくれよ!みんな、すっげぇ頼りになるし!」と調子良く説明しているが、看護婦さんは疲れているのか、緊張しているのか、少し俯き加減でリアクションは薄い。
しかし源太はますます元気に「さっき言った殿様ってのが、また・・・」と自慢げに自分の幼馴染でもある丈瑠の頼りになる殿様っぷりを説明しようとするが、そこで座敷に到着したので、そこに居るであろう丈瑠の方に視線を向けると、家臣たちに顔を落書きされて招き猫のポーズをとっている丈瑠の姿が目に飛び込んできたものだから「・・・って・・・殿様!?」と、看護婦に説明しようとしていた丈瑠の立派な話を続けることが出来なくなって愕然とする。
丈瑠も源太の姿に気付き「源太・・・?」と招き猫ポーズのまま少し驚く。今の時間は屋台の営業中で、源太が屋敷に来るのは珍しい。源太はその丈瑠の間抜けな姿に完全に面目を潰された形となり「・・・なんじゃ、そりゃ!!」と猛烈にツッコミを入れた。その背後に見知らぬ女性が立っていることに気付き、丈瑠は慌てて招き猫の手を引っ込めて畏まる。
茉子も女性の姿を見て「どちらさま・・・?」と源太に尋ねるが、源太は「こちらこそどちらさま?だよ!!」と言い返し、カッコいいことを言っていた体裁を繕いきれずに困って「もおおおお!」と頭を掻き掻き、さっと後ろで怪訝そうな顔をしている看護婦さんを手で指して「この人!山崎彩さん!外道衆に襲われて助けてくれって来たんだよ!!」と怒鳴るように説明した。
すると、外道衆という言葉に反応して流ノ介が「何!?」と叫んで、慌てて立ち上がろうとする。自分達がトランプで遊んでいる間に外道衆が出現していたというのだから、それは慌てる。スキマセンサーに反応が何も無かったからこうして呑気に遊んでいたのである。それがスキマセンサーの反応の無い間に外道衆が暴れており、その被害者が屋敷にやって来て、遊んでいる姿を見られてしまったのだから、流ノ介としては少し焦った。
それで少し慌てすぎて滑って転んで千明とぶつかってしまう。そのまま流ノ介と千明がもつれ合って、そこらのトランプやら何やらグチャグチャになって、座敷の中は大騒ぎとなる。その喧騒を見ながら、彩と呼ばれたその看護婦は最初少し驚き、そして表情を少し曇らせるのであった。

その頃、三途の川の六門船ではドウコクが「シタリ・・・何だそいつは?」と、シタリの横に立つ見慣れないアヤカシについて質問していた。最近にしては珍しくシタリがアヤカシを連れてきているので目についたのだ。するとシタリは少し嬉しそうに「アゼミドロだよ!あのマンプクの手下さね!」と答える。
シタリの横に立っているアヤカシは、昨晩、あの青山記念病院に現れたアヤカシであった。やはり、あの病院の一件、シタリが絡んでいたのである。となると、あのアゼミドロと呼ばれたアヤカシが病院に現れた時に志葉屋敷のスキマセンサーが反応しなかったのは、シタリの持つあのスキマセンサーを無効化する護符が使われたからなのであろう。ただ、あの護符を使うのは何かよほど手の込んだ仕掛けをする時に限られる。シタリはあの病院でアゼミドロを使って何かを仕掛けようとしているようだ。そして、このアゼミドロはマンプクの手下だという。
「マンプク・・・脂目マンプクといえばクサレ外道衆の・・・確か夏の陣でシンケンジャーに倒されたとか・・・?」とアクマロが横から口を挟む。夏の銀幕版において描かれたシンケンジャーとマンプク率いるクサレ外道衆の戦いはこのTV本編世界とは微妙に違うパラレルワールドの出来事であったが、このTV本編世界でも同じような夏の戦いはあり、そこでもクサレ外道衆の頭目の脂目マンプクはシンケンジャーと戦って敗れて死んでいる。
そのことは三途の川の底に潜んでいたアクマロの耳にも届いている。アクマロがこうして横から持って回った言い方で茶々を入れているのは、そんなシンケンジャーに負けて死んだような者の手下など連れてきて、何か役に立つものか?と、シタリを揶揄しているのである。
これに対しては、アゼミドロが「ハッ!マンプク様は少しばかり真面目過ぎたのだ!シンケンジャーなど、この俺がすぐに潰してやる!」と言い返す。どうもアゼミドロは同じクサレ外道衆でありながら、マンプクの正攻法を好む戦い方には相容れなかったようで、袂を分かっていたようだ。それで夏の陣には参加しておらず、アゼミドロ率いるナナシ軍団ともども生き残ったのであろう。
ただ、あの時、確かシタリや太夫らはマンプク率いるクサレ外道衆の横暴を快くは思っていなかったはずで、マンプクが死んだ後、生き残ったアゼミドロも大っぴらに三途の川で活動するのも憚られるようになり、三途の川の底に潜んでいたようだ。そのアゼミドロがシタリに連れられて出て来て、やけに鼻息が荒い。

「ヤツらも所詮は人間・・・人の情こそ弱さ・・・アッハッハッハ!!」と気味悪く笑い、アゼミドロは出掛けていった。水切れも癒えて、再びあの病院へ行ったと思われる。アゼミドロが出て行くのを見送って「おお!薄気味の悪いこと!」とアクマロが嫌味を言うと、「お前さんに言われたくないだろうさ!」と、すかさずシタリが言い返す。
アクマロにもアゼミドロが何か人間の情け深さを利用した汚い策でも弄しているのであろうということは大体想像はついたが、アクマロは別にマンプクのように正攻法を愛しているわけではない。汚い手段を使うことに何の抵抗も無い。ただ、人の情を単に弱さという下らないものとして切って捨てるようなアゼミドロの考え方は、アクマロは賛同出来なかった。人の情は大きなパワーを持っているのだ。それはアクマロの崇高な計画にとって無くてはならないものなのだった。その価値も分からないアゼミドロは所詮はクサレ外道衆の下っ端に過ぎない。そのような下賤なものにはアクマロは興味も無かった。
しかしシタリは「ヤツは使えるよ・・・だから三途の川の底に引っ掛かっていたのを引き上げてやったんだ!」と自慢げに言葉を続ける。どうもアゼミドロは三途の川の底で隠れて動きまわっているうちに川の底の裂け目か何かに身体が引っ掛かって動けなくなり、それで苦しがって気配を現してしまったようだ。そこをシタリに見つかり、攻撃されるかと思ったら、シタリがやけに親切にして共闘を持ちかけてくるものだから、すっかり気が大きくなっているのであろう。
問題はシタリがどうしてアゼミドロと共闘しようと思ったかであるが、もちろんアクマロへの対抗意識で、アゼミドロを使って何か手柄でも立ててドウコクの歓心を買おうとしているのであろう。そんなことはアクマロにも想像はついたが、アクマロにはどうでもいいことであった。
そもそもアクマロはドウコクの歓心を買うことにさほど興味は無いのでシタリに対して競争意識など湧かないのだ。アクマロは自分の秘密としている計画を秘かに進めるためにドウコクに疑惑の目を向けられないように適当に協力しているだけで、シタリがドウコクの歓心を買ったところで、それに対して嫉妬する気持ちは無い。
そういうアクマロの内心も知らず、必死に対抗意識を剥き出しにしてくるシタリに対して、アクマロは呆れていた。所詮はアゼミドロと同じレベルの愚か者に過ぎないと思い、見くびった。シタリのアゼミドロを川の底から引き上げたという自慢話に対して「それは良いことを・・・」とからかうようにいなすと、アクマロは歩き出して「ちょうど調べたい事がございまして我は出掛けねばなりませぬゆえ、後はお任せ致しまする・・・」と言って、さっさと出掛けようとする。
実際、アクマロは調べ物があって、前回あたりから秘かに忙しくしている。今もそちらの方で動き回りたいところであった。ちょうど、そちら方面で動きが生じている頃であった。だからシタリがアゼミドロを使ってドウコクのために一働きしてくれるのであれば、アクマロとしては好都合であった。地上へのちょっかいはシタリに任せて、自分はさっさと調べ物に出掛けようとアクマロは思ったのだ。

その時、それまでずっと黙っていたドウコクが「何を調べる?」と、出て行こうとするアクマロを呼びとめた。アクマロの物言いが妙に気になったのだ。というより、わざわざ調べものがあるなどと言われれば、何を調べるつもりなのか興味が湧くのは当然だ。ドウコクが気になったのは、どうしてアクマロがわざわざ興味を持たせるような物言いをしたのかであった。何か不自然さをドウコクは感じた。それで、とりあえずアクマロの思惑に乗る形で質問してみることにしたのだ。
アクマロは呼びとめられてクルリと振り向いて「それは楽しみになされてくださりませ・・・では!オッホッホッホッホッホ・・・!」とはぐらかすように高笑いして去って行った。アクマロにしてみればドウコクに何を調べるのか質問されることは予想していた。そして、それに対してはぐらかすことも予定の行動であった。アクマロはわざとドウコクの興味を惹くような物言いをして、それをはぐらかすようにして去って行ったのだ。
どうしてそんなことをしたのかというと、これも隠蔽工作であった。アクマロもまだ自分がドウコクやシタリから完全に信用されていないことは分かっている。そういう自分が裏でコソコソ動き回っていれば怪しまれることも分かっている。ドウコクもシタリも様々な場所を覗き見る術を使える。自分の行動が逐一監視されていると思うと、アクマロも動きにくかった。だから、わざとほのめかし、はぐらかして、興味を惹かせて自分の行動を覗き見させて、尻尾を掴ませることにしたのだ。
但し、もちろん偽の尻尾である。まず偽の尻尾を掴ませて安心させたところで、こっそりと本当のターゲットの方に向かうのである。そこまで慎重に周到に行動しなければドウコクを出し抜くことは出来ないと、アクマロは思っている。はぐらかしたのも、嫌味な高笑いも、ドウコク達を刺激して自分の行動を監視させ、そして秘密を掴んで有頂天にさせるための罠であった。
シタリはそうして去って行くアクマロの後姿を見送って「もったいぶって・・・嫌なヤツだね〜!」とカッカしている。これはアクマロの思う壺である。しかし一方、ドウコクは黙って考え込んでいた。何故、わざわざアクマロは調べ物の存在を示唆して、その内容を秘密にしたのか、どうも不自然に思えたのだ。最初から秘密にしたいのなら調べ物があることなど言わなければいい。それをあえて言ったということは、まるで監視してほしいと言っているようなものだ。そんなことをしてアクマロに何のメリットがあるというのか、ドウコクは不思議に思い、アクマロの真意が何処にあるのか、考え込んだ。

舞台は志葉屋敷の座敷に戻る。源太は看護婦の彩から聞いた話の顛末を丈瑠たちに説明した。この山崎彩という看護婦は志葉屋敷からもそう遠くはない青山記念病院に勤務する看護婦で、あの冒頭のシーンでアゼミドロに襲われた病室に居た竜也少年の担当看護婦その人である。アゼミドロ達が自身で外道衆だと名乗ったので、襲ってきたのは外道衆という化け物の集団だということは知ったという。
その後、病院を逃げ出して、代々、外道衆退治を専門とするシンケンジャーという集団が居ると人から聞いたという。確かにシンケンジャーの存在は全くの秘密というわけではなく、知っている人は知っている。中には志葉家がシンケンジャーの本拠地であるということを知っている人だって居る。だから彩の周囲で1人ぐらいシンケンジャーのことを知っている人がいたとしてもおかしくはない。
ただ、その人はシンケンジャーの居場所は知らなかったようで、ゴールド寿司という屋台寿司にシンケンジャーのメンバーがよく食事に来るということは知っているとのことであったので、彩はシンケンジャーに助けを求めるため、とりあえず大急ぎでゴールド寿司の場所を探して、ようやく翌朝になってゴールド寿司に辿り着いたのだという。そこで源太に出会い、源太の案内で志葉屋敷へやって来たというわけだ。そこで問題は外道衆が病院で何をしているのかである。それを源太は説明し始めた。

「何!?外道衆が病院を・・・?」と流ノ介が源太の話を聞いて驚く。「ああ、いきなり襲ってきて居座ってるらしい・・・子供が捕まってるって」と源太は再度、彩から聞いた話を要約して説明した。
流ノ介が驚き意外に思ったのは病院が襲われたことではない。外道衆の目的は人間を嘆き悲しませて三途の川を増水させることだから、病院を襲うというのは、いかにもありそうなことだ。ただ、単に襲っただけではなく、そのまま居座っているというのは妙であった。外道衆は水切れという弱点があるため、長時間地上に居座る作戦というのはあまりとらない。それがわざわざ、おそらく交替制をとって居座っているということは、何かよほどの事情があるのだろう。
つまり、居座ることに意義があるということで、病院を舞台に何らかの作戦を仕掛けているのだ。スキマセンサーに反応が無かったという点も併せて考えると、今回は例のスキマセンサー避けの護符が使われている可能性が高い。前にあの護符が使われていた古井戸の件でも、外道衆は若い女性を捕えて生贄にするために長時間地上に交替制で居座っていた。子供が捕まっているという情報を聞いて、流ノ介は、もしやまた子供を生贄にでもするつもりなのではないかと危惧した。丈瑠も同様に今回の件、外道衆に何か深い企みがあると見て、源太の話を聞いて顔を引き締めた。

更に彩が源太の説明を補足して「その子、定期的に薬飲まなきゃいけないんです・・・早く助けないと・・・!」と、その捕まっている子供の状況を、必死の形相で説明した。あの冒頭で出て来た竜也少年のことである。やはり重い病気のようで、まだ完全に治りきった状態ではないため、ちゃんと定期的な投薬など治療は必要なのだ。
だが外道衆がそんなことを気遣ってくれるはずもない。もし定期的な投薬を受けなければ、すぐに死ぬということはないが、どんどん病状は悪化していき、最悪の場合は死に至り、そこまでいかなかったとしても、せっかく退院寸前までこぎつけた病状はまた最悪の状態に戻ってしまい、もしかしたら治る見込みも無くなってしまうかもしれない。
竜也のこれまでの頑張りや治りたいという一途な想いを知っているだけに、そのような最悪の事態は彩には耐えがたい。何としてでも竜也を助けたい。それが担当看護婦としての彩の職業意識だけでなく、それを超えた個人的感情でもあった。それで、フラフラになりながらもシンケンジャーに会いたい一心でゴールド寿司にやって来たのである。こうしてシンケンジャーにようやく会えて少しホッとはしたものの、こうして竜也の話をしていると、再び彩の胸は焦りと不安で締めつけられそうになる。
「竜也くん・・・せっかく良くなってきたのに・・・」とうなだれてしまった彩の様子を見て、「そんな子まで巻き込むなんて・・・!」と茉子が怒りに震える。保育園で働いていた子供好きの茉子には到底許せない今回の外道衆の振る舞いであった。毎回、外道衆のやることは酷いことばかりだが、それにしても今回のような最も弱い立場の者をターゲットにしたような遣り口は、今までで最悪のものであった。
「酷過ぎるわ・・・なんでそんなこと・・・?」とことはも茉子に同調して呟く。なんでそんな酷いことが出来るのだろうと呆れてこぼした言葉であったが、よく考えてみれば、何故、外道衆がそんな病弱な少年を狙ったのか謎であった。
殺すのならともかく、居座って捕えているということは、その竜也という少年に何らかの価値があるということだ。しかしそれは生きていてこその価値であろう。定期的に薬を飲ませないと死んでしまうかもしれないのだ。もし死んでしまったら外道衆のやろうとしている作戦に支障が生じるのではないか。それなのに、どうして医師の治療も遮断して竜也少年の命をわざわざ危機に晒すのか。どうも外道衆の考えていることがよく分からない。一瞬、丈瑠たちも不審に思った。

だが、とにかく竜也少年の病状を考えると一刻も早く助け出さねばいけないことは揺るがない事実であった。「とにかく行こうぜ!」と千明はさっさと立ち上がり出動しようとする。青山記念病院の場所は分かっているのだし、外道衆が暴れている以上、見過ごしておけるわけがない。すぐに現場に向かい、外道衆を倒して竜也少年を助け出す。シンプルにやるべきことをやればいい。千明はそういう考えであった。
流ノ介ももちろんそのことに異存は無い。「ああ!」と応じるが、一緒に立ち上がりはしない。座ったまま「・・・だが、下手に乗り込むと人質が危ないぞ!」と千明に注意を促す。一刻も早く行動を開始して竜也少年を助け出すというのはもちろん賛成だが、失敗しては元も子も無い。確実に竜也少年を危険に晒さずに助け出す工夫が必要なのだ。
正面から乗り込めば、間違いなく外道衆は人質の竜也を盾にして抵抗するだろう。そうなれば竜也は今以上の危険に晒されることになる。なんとか、外道衆の不意をついて竜也を救い出せるような、正面ではない搦め手から攻めることは出来ないものか、検討する余地は有ると流ノ介は思っている。しかし千明だって、それくらいの理屈は分かるのだ。だが、竜也が一刻も早く薬を飲まねばならない身である以上、悠長に搦め手を探している余裕は無い。だから急いでいる。流ノ介もそれは分かっているので、困っているのだ。

そこにすかさず源太が「そう・・・そこでこれだ!」と言って一枚の紙を懐から取り出して皆の前に置いた。そこには何かの道の図面のようなものが手書きで書かれていた。その図面に注目する一同に向かって、源太は「彩さんが脱出した地下道を教えてくれたんだ!・・・これを使えば、病院のど真ん中まで抜けられるらしい!」と説明する。
図面は地下道の経路を表したものであったのだ。どうやら青山記念病院のある辺り一帯というのは、かつて何か大きな施設があった場所のようで、多くの建物が残されていた。その跡地の建物の一部が青山記念病院として再利用されているようで、他の建物は現在、病院とは全く無関係の商業ビルや住宅などに使われ、中には廃ビルになっているものもある。
そして、これらの建物群はかつて地下道で繋がっており、現在はその殆どは塞がれているが、青山記念病院には1か所だけ、この地下道に通じる入り口が残っており、彩はそこから脱出したらしい。そして、その地下道を辿っていくと、病院から少し離れた場所にある現在使われていない出入り口に出ることが出来たのだという。
そのように聞いた源太が彩にその地下道の簡単な経路の図面を書いてもらっていたのだ。なるほど、確かにその図面を見ると、地下道は病院の中心部に繋がっているようだ。この通路を使っていきなり病院の内部に侵入することが出来れば、外道衆の不意をついて竜也少年を救い出せる公算も大きい。家臣一同は身を乗り出して図面を注視した。

その中で彦馬は「ほお〜お・・・よく一人でそんな場所を・・・?」と彩に声をかけた。彩の行動力に感心しているような口ぶりであるが、彦馬の目には疑惑の色が混じっている。脱出しているのが彩だけである以上、その地下道の存在は確かに彩以外は知らないのであろう。しかし、そんな怪しげな地下道の存在をどうしてよりによって一介の看護婦である彩だけが知っているのか。
しかも彩はその地下道が外に通じていると分かっていたわけでもないのに、どうしてその地下道から1人だけで脱出しようとしたのか。どんな危険が待ち受けているか分からないし、外に出られないかもしれない。不安は無かったのか。脱出するなら、もっと確実な方法があったのではないだろうか。
そもそも、いきなりそんな地下道に入って、たった1人で運よく外に通じる道を選びとれるものだろうか。もともと外に通じる道を知っていたのではないだろうか。しかし、もしその地下道が外に通じることをあらかじめ彩が知っていたとすれば、それこそ不自然である。そんな怪しい地下道をかつて1人で探検したことがあるということであり、何故そんなことをしたのか説明がつかない。それに、そんな怪しい地下道で外から病院に侵入出来るということを何故、病院側に報告して塞ぐなどの措置をしなかったのか、これも説明がつかない。
まぁ竜也少年の身を案じる余り、ありったけの勇気を出して出口不明な地下道に逃げ出すという向こう見ずな行動をとった結果、運よく地下道から外に出ることが出来たのかもしれない。それだけ必死だったのだと考えれば納得出来なくもない。
彩の必死な様子を見ていると竜也少年の身を心の底から案じているのは間違いないだろう。必死で逃げ出してきたのは間違いない。だから必死の行動が幸運を呼び込んだ。そのように考えることは出来る。しかし、やはりあまりに都合が良すぎるようにも思えた。何か彩が明かしていない何らかの要素があるのではないだろうか、と彦馬は探るように彩の顔を覗きこんだ。

彩はその彦馬の視線にたじろぐと、突然土下座して「お願いします!早く竜也くんを!」と懇願し始めた。竜也を助けてほしいという想いはもちろん本心であろうが、何も土下座までしなくてもいいだろう。彦馬や皆に動揺した顔を見られないように顔を伏せたようにも受け取れる。
それに、早く確実に竜也を助けるとなると、この地下道を使うしかなくなる。つまり、自分を信用して地下道を通ってほしいということだ。言い換えると、詮索したり疑ったりしないで欲しいということだ。それならそれでそのように言えばいいのだが、それを言うのに顔も上げることが出来ないとなると、やはりどうも彩はまだ何かを隠しているように思える。
そんなことはこの場に居た誰もが思ったことであるが、丈瑠は殿の座所から降りて彩に歩み寄ると、「必ず助ける・・・!」とだけ言った。彩が何か秘密を抱えていたとしても、それは言えない事情があってのことであろうから、追及したところで仕方ない。彩の様子を見ていれば、竜也少年に危機が迫っており、彩が必死で竜也を助けようとしていることに偽りは無いと思える。そして竜也少年を救い出す一番の近道がこの地下道であるのも確かに事実であろう。助けなければいけない相手がいる以上、丈瑠がそれを助ける使命に躊躇することは無かった。
丈瑠の迷いの無い言葉を聞いて、下を向いたままの彩は顔はハッと引きつり、申し訳なさそうに目を伏せた。このような表情を見せたくなくて彩は下を向いていたのであった。

一方、青山記念病院の竜也の病室の方では、クサレナナシ連中に囲まれたベッドの中で竜也少年が苦しそうにしていた。やはり定期的な投薬などしてもらっていないようで、体調が次第に悪くなってきているようだ。
そのベッドの傍らで竜也少年の苦しげな表情を眺めながらアゼミドロが愉快そうに高笑いしている。そして立ち上がり、「勝ち負けなど戦う前に決まるのだ!たかがこんな坊主1人で、こっちが有利になれるのだから、楽なもの・・・!」とアゼミドロは得意げに吠える。
アゼミドロは先ほどの六門船でも言っていたように、どうやらシンケンジャーと戦うつもりらしく、その戦いを有利にするために竜也少年を駆け引きの材料に使うつもりのようだ。まぁ要するに人質ということなのだろう。人の情が弱さだと公言するぐらいであるから、人質をとって相手の心の弱みにつけ込むような卑怯な戦い方を平気でするアヤカシなのであろう。
ただ、少しおかしい。竜也少年はシンケンジャーの知人ではないのだから、竜也少年を人質にとったとしても、シンケンジャーとの戦いで絶対的にアゼミドロが有利になるとは限らない。それなのに、アゼミドロがここまで自信満々で既に勝敗がついたかのように嘯くというのは不自然である。
だいたい勝敗が戦う前についているなどというのは、よほど周到な仕掛けをした上で言うセリフであって、アゼミドロはシンケンジャーに対してまだ何も仕掛けていないのだから、こんなセリフを言うのはおかしい。
しかしアゼミドロは実は周到な仕掛けはしているのだ。それはシンケンジャーに直接仕掛けたのではないが、既に竜也少年を使った仕掛けは完了しているのである。それが間接的にシンケンジャーに対する勝利に繋がるという仕掛けになっている。それゆえアゼミドロはもう勝利を確信しているのだ。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:38 | Comment(8) | 第三十一幕「恐竜折神」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

第三十幕「操学園」その4

第三十幕「操学園」その4
丈瑠らが流ノ介の緊急連絡を受けて鷹白学院の校内に駆け込んで行った頃、外道衆が生徒たちを操っている糸を辿ってきた流ノ介とことははダイゴヨウの水先案内で最上階の美術室の前に辿り着いていた。ダイゴヨウの大閃光で照らし出してみると、校内の全ての糸はこの美術室に集まっているようだ。つまり、ここが策源地ということだ。
「ここか・・・?」と流ノ介が扉を開けて美術室の中に入り、ダイゴヨウを持ったことはが後に続く。室内に入ってみると誰もおらず、スケッチ用のキャンバスが並べられた室内には特に怪しい様子は見受けられない。
2人が部屋の真ん中でキョロキョロしていると、突然、何処からか流ノ介めがけて白い糸の輪が発射されて飛んできた。その気配を素早く察した流ノ介は身を翻し、難無くシンケンマルの一閃でその白い糸の輪を叩き、軌道を変えられたその糸の輪は空しくキャンバス台の脚に巻きつく。その糸の輪を睨みながら「・・・こうやって皆を・・・!」とことはが呻く。
つまり外道衆は隙間からこの細い糸の輪だけを飛ばして生徒たちに巻きつけて術にかけて、その後は隙間から伸ばした糸を通じて三途の川に居ながらにして生徒たちを操っていたのだ。この細い糸を通すだけならばスキマセンサーの端末も反応しないのだろう。スキマセンサーの反応が全く無いまま被害が拡大していったカラクリはこういうことだったのだ。外道衆が誰かに化けていたわけでも、誰かの服に取りついていたわけでもなかったのだ。
三途の川に居ながらにしてこの世の人間を操るとは、恐ろしい能力である。だが、今は少し状況が違う。そのカラクリは暴かれて策源地も突き止められているのだ。アヤカシが目論んでいることが何なのか分からないが、その計画は重大な危機に陥っているはずだ。突然現れた邪魔者2人を始末しようとアヤカシも必死なはずだ。居場所を悟られるのを半ば覚悟で糸を飛ばしてきたのもアヤカシが焦っている証拠である。三途の川の奥ではなく、今はアヤカシはこの部屋の隙間の出口のすぐ近くにやって来ているはずである。
糸の飛んできた方向に神経を集中させた流ノ介は、かすかに洩れ出るアヤカシの気配を感じ取り「そこだっ!!」とシンケンマルをテーブル上に置いてある石膏像に向けて投げつける。石膏像は粉々に砕け散り、その隙間に潜んでいたアヤカシが姿を現した。

そのアヤカシは流ノ介たちは初めて見るアヤカシであったが、視聴者には見覚えのあるアヤカシであった。先ほど六門船の片隅で座り込んで手だけ動かして何かをやっていた、あのクグツカイである。あの手の動きは、糸を操る手つきだったのだ。流ノ介が見えないはずの縦糸を斬ろうとしたのを感じ取り、このカラクリに気付いた者が校内に現れたと悟ったクグツカイは、その邪魔者を始末するためにこの美術室まで出張って来た。
糸が見える邪魔者はこの美術室にやって来るのは明らかだったから、ここで待ち伏せして確実に始末すればいいとクグツカイは思っていた。クグツカイはこの2人がシンケンジャーだとはまさか思っていない。飛ばした糸を避け、気配を察して剣を投げつけてくるところを見ると、それなりに手練ではあるようだが、所詮はただの人間の生徒と教師であるから、姿を現して全力で攻撃すれば簡単に始末出来ると、クグツカイは自信満々なのである。
「邪魔するな・・・!」と姿を現すなりクグツカイは不気味な声で凄む。そして「ここの人間を操って・・・みんなで戦わす・・・人と人の命を奪い合う・・・この世の地獄だぁ・・・!」とクグツカイは自らの計画を明かす。
クグツカイが鷹白学院の生徒たちを操って何をしようとしていたのか、これでハッキリした。操った人間同士を戦わせて殺し合わせるとは、何とも恐ろしい計画である。まさに「この世の地獄」と言える。
どうもアクマロ自身やアクマロ配下のアヤカシ達はこの世に「地獄」を出現させるというような言い回しをよくする。それが彼らの本当に望んでいる計画なのであるが、実はアクマロはその自らの本来の計画を円滑に進めるためにドウコクに取り入ることを現在は優先しており、このクグツカイもその偽装作戦に従事している。
ところがクグツカイはこの鷹白学院における作戦が「この世の地獄」を実現するのだと本心から信じているようなのだ。つまり、アクマロは本当は捨て石の偽装作戦をクグツカイにやらせるに際して、クグツカイにはこれが本来の計画の一環であるかのように説明している気配が濃厚なのだ。
それは要するに、アクマロは自分の配下さえ騙して自分の計画に利用しようとしているということで、アクマロにとってはドウコクやシタリはもちろん、自分の忠実な配下さえも自らの大願成就のために利用する対象でしかないということになる。何とも冷酷なヤツであり、実は今もまたアクマロは別の或る者を利用することに思いを巡らせているのだ。

まぁ、そんなことはクグツカイですら知らないことであるから、流ノ介とことはには関係無い話である。とにかくクグツカイの恐るべき計画を知った以上、それは絶対に阻止せねばならない。外道衆の計画が何であれ阻止するために、こうして2人は変装してアヤカシを罠にかけているのである。
クグツカイは自分が待ち伏せした気でおり、こうして凶悪な姿を晒して恐るべき計画を語れば、普通の人間ならば恐れて腰が引けるであろうと思っている。ところが実際は待ち伏せされていたのはクグツカイの方だったのだ。
クグツカイが普通の生徒と教師だと思っていた2人は全くひるむ様子も無く、突如「そんなことさせるか!」と叫ぶとショドウフォンを取り出し「一筆奏上!」と掛け声をかけてそれぞれ青と黄色の全身スーツ姿に変身し、「シンケンブルー!池波流ノ介!」「同じくイエロー!花織ことは!」と名乗りを上げ、「シンケンジャー!参る!」と見得を切ったのだ。
これにはクグツカイは仰天した。自分はシンケンジャーが待ち伏せしている場にノコノコと現れてしまったのだ。思わずクグツカイは美術室から逃げ出し、それを流ノ介とことはが追い、校舎の外でクグツカイを前後から挟み打ちにして追い詰めた。
クグツカイもどの道、シンケンジャーを倒さない限り、計画を壊されてしまうのであるから、ここは心を決めて立ち向かってくる。それに対して流ノ介とことはは2人の連携攻撃でクグツカイを押しまくる。どうもクグツカイは戦闘能力は大したことはないらしい。あっという間に2人はクグツカイを追い詰める。そこに更に丈瑠たち残りの4人も変身した姿で到着し、クグツカイはシンケンジャー6人全員に囲まれて絶体絶命の窮地に陥る。

「ここまでのようだな・・・外道衆!」とトドメを刺そうとして迫ろうとする流ノ介に対し、クグツカイはそれでもまだ余裕の態度で「まだまだ・・・奥の手がある!」と言うと、虚空に向けて両手を伸ばし、大きく動かした。すると、校舎から恵里や戸塚先生など多くの生徒や教師たちがゾロゾロと出て来て、クグツカイとシンケンジャーの間に割って入って、まるでクグツカイを守る壁のように立ち塞がったのである。
「みんな!恵里ちゃん!」と驚くことはや「戸塚先生!」という流ノ介の呼びかけにも、立ち塞がった皆は全く無反応、無表情で、ただ棒立ちとなっている。完全にクグツカイの支配下にあるようだ。これは先日のナナシとの戦いの際と全く同じであった。どうやら先日の事件も、このクグツカイが操った生徒たちを動かすテストも兼ねて、シンケンジャーとの戦いでの有効活用を試してみたものであろうと思われる。
「こいつら、俺の操り人形・・・こういう使い方も出来る!」と言うと、クグツカイは両手を動かす。するとそれに合わせて生徒や教師たちは一斉に同じ動きで体操のように手を広げたり回したりする。この前のようにただ棒立ちにするだけでなく、その気になればクグツカイは何とでも自由に彼らを動かすことも出来るということだろう。
つまり、クグツカイを守る壁になるだけではなく、彼らをしてシンケンジャーを襲わせることも可能なのだ。これはかなり厄介である。が、とにかくクグツカイを攻撃して倒さないことには彼らを元に戻すことは出来そうにない。彼らは操られているだけで、彼らを傷つけるわけにはいかない。壁の向こうのクグツカイに近付くしかないのだ。

「くっ・・・やるしかねぇ!」と千明は人間の壁をすり抜けてクグツカイへの接近を試みるが、素早く生徒たちが千明を包囲してしまう。手を出せない千明はなす術なく「お・・・おい!?・・・ああ、もう!」と困惑してしまう。茉子が慌てて千明の手を引いて包囲網から救い出すが、千明は「どうすりゃいいんだよ!?」と焦る。操られている生徒たちの数が多く、予想以上に動きも素早い。まともに行ってもクグツカイに近付くためには彼らを傷つけることになってしまうが、そんなことは出来ない。
そこですかさず丈瑠は「源太!上から行くぞ!」と源太に指示を出す。源太も「よっしゃあ!!」と応じる。このあたりは幼馴染だけあって心得たものである。源太が何かしようとするのを察して、クグツカイも教師の1人を差し向けて源太の動きを封じようとするが、源太はそれを避けて後ろ向きに跳ぶ。そしてそのまま背面跳びのような態勢で跳ぶ源太に向かって丈瑠が跳び乗り、源太は両手で丈瑠の踏み台を作って、丈瑠の両足を思いっきり上へ弾き飛ばした。
これで二段ジャンプのような形で丈瑠は上空高く舞い上がり、人間の壁を飛び越えてクグツカイにシンケンマルの一閃を振り下ろそうとした。ところがクグツカイはすんでのところで生徒2人を跳び上がらせて丈瑠と自分の間に割り込ませる。これには丈瑠も「危ない!」と慌ててシンケンマルの構えを解いて回避するしかなかった。生徒たちの身体能力が並ではない。操られることでその能力も極限まで無理に引き出されているようだ。
無理な態勢でなんとか着地した丈瑠に「大丈夫か!?丈ちゃん!」と駆け寄った源太が「ったく!何なんだよ!!」と、巧妙に生徒たちを使って攻撃の邪魔をさせるクグツカイの卑怯な遣り口に苛立つ。
「ああもう!皆が邪魔で近付けない!・・・いったいどうすれば!?」と流ノ介も困り果てる。これだけ多くの生徒たちを自由自在に動かされては、クグツカイへと近づくルートは全て死角無く塞がれていると言っていい。それを排除してクグツカイに近付くには、皆を力づくで排除するしかないが、かなりの抵抗を受けるであろうから、彼らを傷つけることになるのは必至だった。それは避けねばいけないのだから、こうなっては打つ手は無い。

そうして流ノ介らが苦悩している間にもクグツカイは調子に乗って恵里たちを操ってシンケンジャーに迫らせる。これでは後退するしかない。流ノ介の横でことはも困り果てて下を向いて考え込む。
その時、地面を見つめてことはは「あ!そや!」とある作戦を思い付いた。これならば何とかなるかもしれないと思い、ことははショドウフォンを取り出して地面に素早く「穴」という文字を書く。すると「穴」のモヂカラの作用で地面に人間一人が入れるぐらいの穴がポッカリと開く。穴が開くと、すぐにことはは「流さん!」と横に居る流ノ介に呼び掛け、流ノ介も「その手があった!」と、ことはの意図を察して、すぐにその穴に飛び込んだ。
ことはの作戦は、唯一クグツカイの術の無効なルートを通ってクグツカイに近付くというものであった。そのルートとは地中であった。人間が移動可能な空間であれば、おそらく操られた人間の壁によってクグツカイの周囲に死角は一切無いであろう。しかし、クグツカイの足元、地面の下は操られた人々も進入することは出来ない。つまり何処から現れるか予期出来ない地中からの攻撃だけは人間の壁でも防ぎようはない。
当然シンケンジャーも地中を自由に動き回ることは出来ないのだが、唯一、ことはの「穴」のモヂカラだけは地中に穴を開けて自由に掘り進むことは出来るのだ。ただ、ことは自身は地上でモヂカラを操作して穴を掘削していかねばいけないので、その穴が開通してからでないと穴の中を通ることは出来ない。それではクグツカイに攻撃ルートを事前に読まれてしまい避けられてしまう。
だから、もう1人、ことはが穴を掘り進めると同時に穴の中を進んで行く者が必要なのである。そうすれば、穴がクグツカイの足元に開通すると同時に穴から飛び出してクグツカイに一撃を浴びせることが出来る。そして、これが一瞬のチャンスに賭けた不意打ちである以上、その一撃は必殺の一撃でなければいけない。ならば、その一撃を浴びせる者は今インロウマルを手にしている流ノ介しか有り得ない。
果たしてその作戦は図に当たり、「手も足も出まい!シンケンジャー!」と調子に乗るクグツカイの背後の地面に開いた穴から飛び出した流ノ介は、同時にインロウマルを取り出してスーパーシンケンブルーに強化変身し、「スーパーシンケンブルー、参る!」と叫ぶなり、慌てて振り向いたクグツカイに強烈なシンケンマルの斬撃を喰らわせたのだった。
これで大きなダメージを受けて宙に舞い上がったクグツカイに向かい、流ノ介は間髪入れずにインロウマルに龍ディスクを装着し、「真・水流の舞」を繰り出し、モヂカラ空間でクグツカイを粉砕し、四散させ、勝利を収めたのであった。

これでクグツカイの一ノ目は撃破され、それと同時に操られていた生徒や教師たちの手首に巻きついていた白い糸の輪も瞬く間に消えていった。クグツカイのこの術は一ノ目限定の技のようである。
手首の糸の輪が消えると、恵里たちは皆、一様に不思議そうな顔をしている。どうも操られていた間の記憶は無いようだ。「恵里ちゃん!」と嬉しそうにことはが声をかけるが、シンケンイエローの姿をしているので、恵里はことはだとは気付かない。いや、それ以前に皆、シンケンジャーの姿も目に入らないほど、未だ状況が呑み込めていないようだ。
それでも、ことはは皆が元に戻ってくれて心から安堵した。そのことはの頭をポンと叩いて、流ノ介も「良かった!元に戻って!」と力強く言う。ようやく強い後悔の感情から解放された嬉しさが声に滲んでいた。

しかし喜んでばかりもいられない。まだ戦いは続いている。二ノ目がまだあるのだ。すぐさまクグツカイの二ノ目が出現し巨大化し、初めてそのような巨大な化け物を目にした生徒や教師たちは驚いて悲鳴を上げる。
「早く逃げて!」と彼らを逃がした後、シンケンジャーは侍巨人で対抗すべく、折神を大変化させて合体動作に入る。今回はシンケンオーとダイカイオーのコンビで戦う方針のようで、源太はさっさと海老折神を大変化させて乗り込んでダイカイオーとし、更に烏賊折神を召喚し、ダイカイオーキタを組み上げる。一方、丈瑠たち5人は5つの大変化させた折神に乗り込み、それらを合体させてシンケンオーとする動作に入った。その時、嘗て無い珍事が起きた。
今回はことはがダイゴヨウを持ったままであったので源太はダイゴヨウをほったらかしにしてさっさとダイカイオーに乗り込んでしまっており、誰もダイゴヨウを大変化させてくれなかったのだ。置いてけぼりにされてしまったダイゴヨウは猿折神に乗り込んだことはの手に握られたままであったが、自分も巨大化して戦いたいダイゴヨウは「ちょ・・・ちょっと待ってくだせぇ!!オイラも・・・」と慌てて訴える。
それを聞いてことはは「あ、ゴメン!一緒に行かなな!」と言いつつ、ショドウフォンを取り出し、普段源太がやっているのを見よう見真似で、ダイゴヨウに向けて「大」のモヂカラを放射し、「侍合体!」と掛け声をかけた。

しかし、ここでは本来は「ダイゴヨウ大変化!」と掛け声をかけねばならない。いつも源太はそのようにしている。ことははシンケンオーへの侍合体の動作中であったので、次に自分が言うべき掛け声をついこの時に間違えて発してしまったのだ。
シンケンジャーのモヂカラの術というのはショドウフォンで書いた文字のパワーだけで発動するわけではない。その本質は自らの潜在意識に働きかける技術であるのだから、書き文字に合わせて掛け声やアクションなども総合した術体系なのであり、たとえ正しい文字を書いても、掛け声や動作を間違えたら正しいモヂカラは発動しない。だから幼少の頃から厳しい修行が必要なのだ。源太の電子モヂカラにしても基本的にはそれと同じであり、掛け声をこのように間違えてしまっては誤作動が起きてしまう。
この時は、丈瑠たちが「侍合体!」という掛け声を発する前に、合体動作直前の折神の中でことはが大変化のパワーを与えたダイゴヨウに向けて「侍合体!」と言ってしまったために、ダイゴヨウが大変化した後でシンケンオーの侍合体の動作の中に割り込んでしまったのであった。
気がつくと、なんとダイゴヨウの右手に亀折神の変形パーツ、左手に猿折神の変形パーツ、右足に熊折神の変形パーツ、左足に龍折神の変形パーツがくっついていた。「御用でぇ〜い!!」と張り切って見得を切ってみて、ダイゴヨウは自分の身体の異変に気付いて「・・・って、あれえええ!?」と驚き慌てる。これではまるで自分がシンケンオーになったみたいである。いつもはこの両手両足の構成はシンケンオーの胴体と頭部を構成する獅子折神の周囲にくっついているはずなのだ。
「あ・・・あれれ!?」と戸惑うダイゴヨウの横に立つダイカイオーのコクピットでも源太が驚いて思わず目をゴシゴシこする。ダイゴヨウがこのような変な合体をするような仕様には源太は作っていない。何か変な夢でも見ているのだろうかと源太は我が目を疑った。

ちゃんとしたシンケンオーになっていないので、4人の家臣たちのコクピットもいつものように一体化しておらず、皆それぞれ両手両足のパーツ内に1人ずつのコクピットに居たままで、ことはは「なんか・・・よう分からんもんになってもうた・・・」と、もしかして自分が何か失敗したかな、と思いつつ戸惑う。
流ノ介は「あれ?・・・殿は?」とキョロキョロする。そういえば獅子折神の姿が見えない。いつもは獅子折神の居るべき位置にダイゴヨウがくっついているのだが、では獅子折神はいったい何処へ行ったというのかと流ノ介は混乱し、「殿おおおお!!」と叫ぶ。
よく見ると、獅子折神はダイゴヨウや流ノ介たちの上空で虚しく一機で旋回していた。獅子折神はシンケンオーへの合体動作に入ろうとした直前に飛び込んできたダイゴヨウによって弾き出されていたのである。さすがに丈瑠は気分を害しているらしく、無言で獅子折神を旋回させている。
丈瑠の心中は穏やかではなかったが、千明はもう一度合体し直すのも面倒臭くなり「もういいよ!このまま行こうぜ!」と勝手に決めてしまう。茉子も「・・・そうね、なんか新鮮な気もするし・・・」と賛同する。戦いの最中に余計な手間はかけたくないし、この姿でも戦えそうに思えた。もし万が一上手くいかなかったとしてもダイカイオーもいるのだし、とりあえずこの姿でやってみようと思ったのだ。流ノ介とことはは丈瑠に遠慮して何も言わなかったが、こうなっては強く反対もしない。ダイゴヨウはそうした皆の意思を受けて「合点!!」と、すっかりその気になって張り切る。
一方、一人取り残されてしまった丈瑠は釈然としない。丈瑠自身には何の落ち度も無いのに、何故か仲間外れにされてしまい、誰も気遣ってもくれないのだから、釈然としろと言われてもそりゃあ難しい。「お前ら・・・」と溜息をつき、虚しく旋回する獅子折神のコクピットの中で「また俺余ってるだろおおおお!!」と悔しそうに叫ぶのであった。
「また」というのは、こういうことが以前、第二幕の「おでん合体」の時にもあったからだ。ただ、あの時は流ノ介の間違ったおでん合体は全く戦闘不能だったので、すぐに丈瑠主導でシンケンオーへの合体を行い、ちゃんと丈瑠にも見せ場はあった。だが今回は、どうもダイゴヨウを中心とした何かよく分からない失敗合体(シンケンダイゴヨウと公式では命名されている)でもなんとなく戦えてしまいそうなので、丈瑠の見せ場は最後まで巡ってこない可能性が大である。なので丈瑠はあの時よりも更に切なかったのであった。久々に丈瑠のキャラ崩壊であった。

丈瑠の抗議の叫びをよそに、シンケンダイゴヨウとダイカイオーキタのタッグでクグツカイの二ノ目との戦闘が開始された。この師弟コンビはさすがに息が合っており、なかなか連携が見事で、クグツカイを押しまくる。
戦況不利とみたクグツカイは手から糸を出してダイカイオーキタの持つ烏賊折神の変形した槍を絡め取り、「よくも邪魔したな!許さない!」と逆恨みの言葉を吐いて絡め取った槍を振り回してダイカイオーを叩きのめし、ダイカイオーは地面に倒れてしまう。「親分!!」とダイゴヨウは源太を気遣い、クグツカイに向けて激しい闘志を向ける。
ことはは「許さへんのはこっちの方や!」と言い返す。己の下らない欲望のために生徒たちを玩具のように扱っておいて、許さないも何も無い。「その通り!!」と応じた流ノ介はシンケンダイゴヨウの左足の龍折神を操作して、片足ジャンプでシンケンダイゴヨウを高く跳び上がらせる。そして、そのまま飛び蹴りをクグツカイに決める。
「御用!!」とポーズを決めたシンケンダイゴヨウの各コクピットで4人の家臣が「十手一直線!!」と掛け声をかけると、いつもはダイゴヨウの大変化時の両手を構成しているパーツである十手が今回は2本に分かれて巨大化したまま余っていたのであるが、それが合体して巨大な1本の十手となった。
この巨大十手がダイゴヨウの手に握られ、「うりゃうりゃあ!!」とその十手をグルグル回した後、シンケンダイゴヨウは「十手一直線!!」という掛け声一閃、投げ槍のように一直線にクグツカイに向けて十手を投げつける。これがクグツカイを貫き、クグツカイは爆発四散し、二ノ目も撃破したのであった。
最後はシンケンダイゴヨウとダイカイオー揃い踏みで「これにて一件落着!!」と、ポーズを決める。その上空を丈瑠が乗った獅子折神が一機だけで虚しく旋回していた。これは丈瑠がちょっと可哀想で笑えるシーンである。

エピローグは平和の戻った鷹白学院から流ノ介とことはが去るシーンである。
結局、クグツカイの術にかかっていた人達は、術にかかっていた間の記憶は無いようで、流ノ介とことはの正体がシンケンジャーであるということも誰にもバレていなかった。シンケンジャーが戦っている場面は学園の皆が術から覚めた後、目撃しているが、既に変身後であったので、あれが流ノ介やことはだとは誰も気付いてはいないのだ。
そして、外道衆の企みを阻止した以上、もうこの学園に留まる理由は流ノ介とことはには無い。侍として外道衆と戦う志葉家における日常に戻るのみである。クグツカイを倒した後、その日のうちにすぐに学園を去ることにした。唐突に転入・赴任してきて、また唐突に去っていくというのも、なんとも不自然ではあるが、このあたりは志葉家の力でまた裏から手を回して強引に手続きしたのであろう。急遽、やむにやまれぬ事情でことはは別の学校に転校していくということになり、流ノ介の教育実習も中断するということになったのであった。
ことはのクラスの面々(転入時点で術にかかっていなかった面々)や担任の戸塚先生などはさすがに急に2人が去ることに驚いたが、そうと決まったのであれば、そう受け入れるしかない。いまひとつ釈然とはしないが、学園から立ち去ろうとする流ノ介とことはを正門の傍まで見送りにやって来た。

「そっか・・・また転校するんだ・・・せっかく友達になれたと思ったのに・・・」と恵里がことはに向かい、寂しそうに言う。ことはは「恵里ちゃん・・・」と、笑顔を作ろうとするが、表情は少し強張り寂しげになる。
結局、最後まで恵里たちには嘘をつき通したことになる。事件は解決したのだから、恵里にぐらいは自分の正体を打ち明けても支障は無かったであろうが、そんなことをしてもことはの気が楽になるだけのことであり、恵里は喜びはしないだろう。騙されていたと思い気分を悪くさせる恐れさえある。このまま、嘘をついたまま別れるのが一番いいのだ。それはことはの心には少し重いことではあったが、騙した相手をもあくまで信じて守るのが侍の道なのだと、今回の件でことはは教訓を得た。だから、このまま笑顔で嘘をつき通そうとするのだが、恵里に悪くてさすがに笑顔を自然に作ることが出来ない。
すると寂しそうな表情を一変させて恵里はニコッと笑うと、ことはの手を握り「忘れないでね!あたしのこと!みんなのこと!約束だよ!」と明るく言った。ことはが寂しそうにしているから、恵里も努めて明るく別れようとしたのだ。対して、ことはは恵里の真っ直ぐな笑顔と手の温もりを感じて、恵里との友情はやはり嘘ではなかったのだと実感した。
嘘から始まった関係ではあったが、そこで生まれた友情は決して嘘ではなかった。嘘をついていたことは辛いことだけど、友情を感じたこと、楽しかったことは真実であり、それは全然辛いことではない。だから、ずっと心の中に留めて信じ続けていける。嘘をついていたことも、友情も楽しかったこともひっくるめて、ずっと忘れないで、みんなのことを信じ続けて守り続けていこう。そのようにことはは思い、そういう温かい人と人の絆を作る感情を心の中に持ち続けることが侍の道には不可欠なのだと気がついたのだった。
それが無ければ嘘をつく辛さに負けてしまう。絆は本物だと信じて相手を大切に想う気持ちは忘れてはいけないのだ。そういう気持ちを受け継いできた者が侍なのであり、だからこそ侍は人間の負の感情の化身した姿である外道衆を倒すことが出来るのである。侍であるということは、人の絆を大切に想うことなのだと、ことはは思った。
そう思うことで、ことははようやく笑顔になれた。恵里の手をぎゅっと握り返し「うん・・・絶対忘れへん!」と明るく応えると、「ありがとう・・・」と恵里に礼を言い、更に周りの皆にも「ありがとう、みんな!」と感謝した。見送りに来てくれたことだけではなく、恵里や皆に出会えて触れあえたおかげで、こうして侍の生き方を学ぶことが出来たことにことはは心から感謝しているのだった。

そうしたことはと皆の遣り取りを正門の外に身を隠しながら丈瑠、茉子、千明、源太の4人が聞いている。源太は自分が昔夜逃げした経験もあってか、こういう別れの場面に弱いようで、貰い泣きしている。その横で千明は源太を見て少し呆れたように、なんかムズムズしたような仕草である。こういうオトメチックな場面は照れ臭くて苦手なのであろう。その傍で壁にもたれながら茉子は優しい微笑みをたたえて嬉しそうにしている。今回の件がことはに良い経験となり、心の中だけでも良い友達が出来たということが、我が事のように嬉しいのである。
そしてその横で丈瑠は壁にもたれながら目を閉じて満足そうにしている。丈瑠は実は誰よりも嘘をつきながら相手と絆を結ぶことの難しさを知っている。影武者であるという秘密を隠して当主の代わりを務める丈瑠は、自分が常に家臣たちに嘘をつき続けているからだ。ある意味、最も侍としての宿命に忠実に生きているのが丈瑠なのかもしれない。
もちろん丈瑠とて最初は大いに苦しみ迷った。いや今でもまだ迷いは有る。最近は家臣との絆を重視しようと心掛けてはいるが、苦しみ迷っていないと言えば嘘になる。そんな丈瑠だからこそ、学園の皆に嘘をついたまま別れようとしていることはの心の痛みは誰よりもよく分かる。
だから、ことはがその苦しみを乗り越えて、ちゃんと皆と絆を結んだまま笑顔で別れようとしているのを聞いて、ことはの成長が嬉しかった。そして、やはりことはをこの任務に就かせたことは結果的に良かったと思い、丈瑠は満足しているのである。

ところで流ノ介はというと、なんと、ことはと恵里の横で号泣していた。
流ノ介は今回の件でことはとの遣り取りを通して、ことはの気持ちに大いに共感するものがあったので、このことはと恵里の遣り取りの中でのことはの気持ちもよく理解していた。それはつまり、騙してしまった友との間の友情も信じて、友との絆を大切にしてこそ一人前の侍なのだということだ。
そういう確信を得た上で、今までの自分を振り返ってみて、流ノ介は情けなかった。自分はかつての歌舞伎仲間を裏切ってしまった罪悪感に負けて、彼らを大切に想う気持ちを疎かにしてきた。1ヶ月後に迫った公演に間に合いそうにないというだけで、また彼らへの罪悪感に苛まれてクヨクヨしてしまっていた。
そんなものに間に合うとか間に合わないとか、そういうことは些事に過ぎない。彼らを裏切ってしまったとしても、彼らとの絆は真実であったと大きな心で受け止める、それが侍の生き方であり、それが侍の力の根源のはずなのだ。それも分からずクヨクヨしていた自分は侍道に悖るのではないだろうかと流ノ介には思えた。
そんな後ろ向きだった自分自身に比べて、流ノ介の目には、ことはや恵里たちの前向きな姿はまぶしく見えた。そして、かつては自分と仲間たちもそうだったのだと思い出し、その頃の気持ちをこれからは大切にしていかねばならないと流ノ介は強く思った。それらの想いが込み上がってきて、流ノ介は思わず号泣してしまっていたのだ。

号泣しながら、ことは達の姿に感動してしまった流ノ介は、もはや衝動を止めることは出来ず、「なんて素晴らしい友情だ・・・これぞ、青春だぁっ!!」と叫んで、「みんな!!あの夕陽に向かってダッシュでええええい!!」と、皆を誘って「ハハハハハ!!」と笑いながら駆け出していった。
どうも流ノ介は感動の余り、かつての歌舞伎時代のテンションに戻ってしまったようである。この異常なハイテンションは普段の侍としての流ノ介においてはあまり目立たないが、時たま顔を覗かせる。これはおそらく流ノ介という人間の素の顔で、歌舞伎仲間と居る時はこういうテンションの人だったようである。
侍として行動する時は流ノ介も自重しているのであろう。だから侍としての流ノ介は異常に折目正しいのだ。そのようにしていなければ素の顔がうっかり出てしまうからであろう。ここでは、つい素の流ノ介が出てしまっていて、まるで一昔前の学園ドラマの熱血教師のようなノリになってしまっている。
さすがにこれには生徒たちも驚き、目が点になってしまい、誰ひとり駆け出していく流ノ介について行こうとはしていない。ことはは流ノ介の歌舞伎に関する悩みは知らないので、そもそも流ノ介が自分の心理に共感していることすら知らない。だから急に流ノ介が感動して泣きだした理由も分からず、少し驚いたが、とにかく何だか分からないが流ノ介が嬉しそうに笑って駆け出していったので、何か喜んでいるのだろうと思い、ニコニコ笑っている。笑ってはいるが、さすがに一緒に駆け出したりまではしていない。意味が分からないからだ。

正門を通り抜けて一人で高笑いして駆けて行く流ノ介を見送って、源太は頭を抱えて「あっちゃあ〜・・・雰囲気ブチ壊しだぁ!・・・っとに!」と呆れる。千明も「流ノ介・・・空気読めよ!」と憤慨する。実際、流ノ介の奇矯な行動のせいで、せっかくのことはと皆の間の感動的な空気は吹っ飛んでしまい、ことは以外はまるで怖いものでも見るような目で流ノ介を見てしまっていた。
茉子も呆れて「・・・まったく!先生気分が抜けてない証拠ね!」と、おそらく思い込みの激しい流ノ介が学園で教師役をやっているうちに感情が入り込みすぎてしまったのだろうと勝手に決めつけている。それではまるで流ノ介はアホなのだが、普段の流ノ介の言動から、そのように決めつけられても仕方ない部分も確かにある。丈瑠も茉子の分析を受け入れて「しょうがないヤツだ・・・」と溜息をつく。
皆、流ノ介の内心の歌舞伎絡みの最近の苦悩について知らないのだから、いきなり流ノ介が感動してしまっている理由が思い当たらないのだ。それで、いつもの流ノ介の意味不明行動なのだろうと決めつけて呆れている。ことはにしてもニコニコはしているが、意味はさっぱり分かっていない。
しかし、皆の冷たい視線をもはや気にすることもなく、流ノ介の暴走は止まらない。走っているのが自分だけだと気付いた流ノ介は「みんな〜!!お〜い!どうしたぁ!?み〜んな〜!!」と陽気に叫んで戻ってきて、正門をくぐって再びことは達の前に立つと、「ハハハハ!青春は待ってくれないぞぉっ!!ハハハハ!!」と高笑いした後、また生徒たちを誘って正門の外へ駆け出していったのだった。もちろん誰もついていかず、茫然と見送ったのは言うまでもない。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 18:07 | Comment(0) | 第三十幕「操学園」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第三十幕「操学園」その3

第三十幕「操学園」その3
流ノ介とことはが何やら微妙に険悪なムードになっている頃、鷹白学院の正門の外には丈瑠と茉子が並んで立ち、校舎の方向を眺めていた。「大丈夫かなぁ?・・・ことはと流ノ介・・・」と茉子が呟くと、丈瑠も「・・・ああ」と応じる。
丈瑠は潜入調査の2日目に流ノ介とことはの2人を送り出したものの、どうも不安になってきていた。2人が頼りないと思っているわけではない。まぁ若干不安が無いでもなかったが、基本的には2人を信頼はしている。
不安だったのは自分の判断であった。よく考えたら、急ぎのことであったとはいえ、丈瑠は鷹白学院の実態というものを自分の目で見たことは一度も無い。潜入まではしないものの、校門の外からでも外道衆の気配は掴めるかもしれないし、体育の授業などで校舎外に出て来る生徒の様子なども見ることは出来る。鷹白学院は屋敷からそう遠いわけではないのだ。そうした努力は自ら払った上で作戦を練るべきだったのではないかと、丈瑠は少し後悔した。
1日目で全く収穫を得られなかった2人の様子を見て、どうも鷹白学院で進行している事態は丈瑠の想像していたものよりも深刻なもののように思えた。少し認識が甘かったのではないか。2人だけに調査を任せっきりにしたのは間違いだったのではないかと丈瑠は悩んだ。
しかし、そんなことを今さら口にしたり、鷹白学院の様子を見に行くなどと言い出したりすれば、流ノ介とことはを信頼していないと思われかねない。そんなことをすれば2人は傷つくであろう。そう思うと、丈瑠はどうにも迷ってしまった。以前の丈瑠であれば、家臣の気持ちなどお構い無しに決断していたであろうが、最近の丈瑠は家臣との絆を重視せねばいけないと思うようになっており、どうもその分迷ってしまう。

そうした丈瑠の迷いを察した茉子が、自分が2人のことが心配で鷹白学院を見に行くから一緒についてきてほしいと誘ったのだ。普通なら殿様である丈瑠をそんな「ついで」のように誘うのはおかしいのだが、このあたりは阿吽の呼吸のようなもので、茉子は丈瑠が迷っていて自分から行きたいと言えない状態だと見透かして助け舟を出しており、丈瑠は丈瑠で茉子が自分のことをそのように見透かしているだろうことは知りつつ、勝手に見透かしてくれるならば好都合だと思って便乗している。
以前ならば丈瑠はそのように自分の弱さや迷いを茉子に見透かされることは嫌だったのだが、最近は自分から積極的に弱さを見せようとはしないものの、茉子らが見透かす分には、それも家臣達との距離を縮めることに繋がるものの1つとして受け入れてはいる。それぐらい最近の丈瑠は自分が影武者だということをさほど強く意識せず、割と自然体で殿様として家臣たちに接しているのである。
茉子は影武者の秘密は知らないから、そうした丈瑠を見て、最近は殿様としてだいぶ成長したなと感心している。以前はもっと果断で強い印象だったが妙に頑なで脆さも見えた。それが最近では一見柔らかくなって強さが前面に出なくなり、代わって弱さや迷いを見て取れることも増えたが、これはそういう誰でも本来持っているはずの弱さを家臣に無理に隠さないだけの余裕が生まれたということであり、それだけ家臣との絆が深まっており、家臣との絆を重視しようとしてくれている証拠だと思えた。茉子としては、以前の丈瑠よりも現在のそういう丈瑠の方を好ましく思っている。

もちろん茉子も丈瑠に助け舟を出すための口実だけで鷹白学院に行こうと言い出したわけではなく、茉子は茉子で流ノ介とことはの2人のことが心配だったのは事実だ。理由はだいたい千明の場合と同じで、ことはについては第十三幕で一人前のパートナーとして扱うようにはなったが、まだ一人にすると不安を感じないでもなかったが、千明の心配の対象が主にことはであったのに対し、茉子の場合はむしろ流ノ介の様子の方が気になっていた。ことはのパートナーたる流ノ介が任務に入れ込みすぎて暴走するきらいがあるので、ことはが置いてけぼりになるのではないかという一抹の不安があったのだ。
それにしても、どうして流ノ介はあそこまで任務に真っ直ぐ、脇目もふらずに入り込むのだろうか?と茉子は不思議に思った。確かに有能な侍ではあるのだが、あまりに余裕が無い。出会った当初はその傾向は酷く、かなりウザかったのだが、第四幕で歌舞伎の夢を捨ててきたと聞いて、過去を振り切るために懸命だったのだと分かった。その時、茉子と流ノ介は戦いに勝って夢をまた拾うと誓い合って、その後、流ノ介はだいぶ落ちついて見えていた。
しかし今回、どうも流ノ介に余裕が無いように感じる。まるで出会った頃のような、まぁあの頃ほど酷くはないのだが、何か微かにイラついているように見えるのだ。そこが茉子には引っ掛かっていた。それで、どっちにしても鷹白学院に様子を見に行こうかと思っていたところ、丈瑠もどうも2人のことが気になっている風情であったので誘ったのだ。

しかし、いざ鷹白学院の正門のところへやって来てみて、丈瑠と茉子の2人で中の様子を窺ってみても、特に何も変わったところは見受けられない。というより誰もいないのだ。授業中ならば皆教室に入っていてこんなものなのかもしれない。それにしても体育の授業ぐらいあってもよさそうなものなのだが、たまたま体育の授業が無い時間帯なのか、それともやはり校内で進行している異常事態のせいで体育の授業も出来ない状態なのか、とにかく校舎の外に誰も出て来ていない以上、なんとも判断のしようもない。
結局、こうして門の外から眺めているだけでは校内の様子も流ノ介とことはの様子もさっぱり分からない。やはり校内に入らないと埒が明かない。しかし、学生でもないし教師にも見えない自分たちでは校内をウロウロしていては怪しまれて厄介であろうと思い、丈瑠も茉子も校内に入ることは躊躇してしまい、手詰まりとなった。
そうして校舎の方を眺めているだけの2人の背後で「やっぱ気になってんじゃん!姐さんも丈瑠も・・・」と言う声がする。丈瑠と茉子が振り向くと、千明が歩いてきた。しかし服装がいつもとは違う。おそらく黒子に頼んで手配してもらったのであろう、鷹白学院の男子用の制服を着ているのである。
「千明・・・ちょっと、もしかして?」と茉子は千明が流ノ介とことはのことが心配なので鷹白学院の生徒に化けて校内に入り込もうとしていることを察して咎めようとした。転入手続きをしたのは花織ことはの分だけであり、谷千明という生徒は鷹白学院には存在しない。つまり、いくら格好だけ繕っても違法侵入には変わりないのだ。
しかし千明は、ははっと笑って、「表立って転入するのはマズいけど、まぁ、潜り込むだけなら、ってね!」と言う。確かに、ちょっと校内の様子を窺うだけでいいのなら、別にしっかりクラスに潜入しなくても、とりあえず鷹白学院の制服さえ着ていればなんとかなる。見慣れない顔だと思われても、違う学年の生徒ならば顔を見知ってなどいない者も多い。だから適当に誤魔化すことは出来る。根がいい加減な千明だから思いついた発想だといえる。
この春に高校を卒業したばかりの千明であるから、高校生の格好をして全く違和感は無い。だが、丈瑠でもちょっと潜入するだけでいいのなら、これぐらいの扮装は違和感なく出来そうであった。丈瑠は千明の格好を見ながら、その発想に少し感心し、そういうことに思い至らなかった自分が少しバカみたいに思えて、黙って少し唸った。茉子も千明の言うことに一理あると思い、咎めるのはやめて黙る。

そこに「そうそう!」と千明の意見に同調する者が現れた。誰かと思って3人が見てみると、源太であった。「いやぁ・・・考えることは同じだねぇ!」と笑顔で言う源太の姿は、なるほど確かに千明と同じく学生服姿であった。源太の場合はおそらく主にダイゴヨウがちゃんとやっているか確認するためなのであろうが、千明と同じように生徒の中に紛れてしまえば正式な転入手続きなど無くてもなんとかなるという考えを実行しようというところであろう。
ところが、源太の場合、千明よりも更に一段発想がブッ飛んでいる、というより酷くズレてしまっているようで、詰襟の学ランに下駄履き、そして何故か口には葉っぱを咥えている。この源太の姿を見て、丈瑠、茉子、千明の3人は唖然とした。鷹白学院の制服は爽やかなブレザー系であって、源太のスタイルは全く違う。一昔前のバンカラ学生のようだ。古いスポ根青春ドラマに出てきそうな全くアナクロな姿であった。
しかし、3人の呆れた視線には源太はお構い無しに「じゃ、千明!行くか!」と、スタスタと正門から校内に入っていく。慌てて千明が「いやいや・・・行くかじゃなくって!」とツッコミを入れ、丈瑠と茉子が源太を捕まえて正門の外に引きずり戻す。「なんだよ!?」と抗議する源太に「バレバレ!」と千明が容赦ないダメ出し。しかし「なんで!?どっからど〜見ても優等生の高校生だろうが!」と源太は主張する。
そもそも制服が全然違うし、葉っぱ咥えてる時点で優等生とも少し違うと思われるが、「いってきま〜す!」とまた源太は勝手に校内に入っていこうとするので、丈瑠らが捕まえて引き戻そうとし、源太が「離してくれたまえ!」と何故か優等生気どりで丈瑠らを振りほどこうとし、正門付近で4人の揉み合いが続くことになった。

正門の辺りでそうした不毛な揉め事が起きていることは知らない流ノ介とことは、そしてダイゴヨウの3人は、廊下で一人で窓の外を見つめて佇む恵里を発見し、その前に立ちはだかっていた。「貴様!よりにもよって生徒に化けているとは・・・!」と流ノ介は厳しい口調で恵里を詰問し、ダイゴヨウもすっかり恵里を犯人扱いして「御用!御用!」とまくしたてる。
しかし恵里は何も答えない。流ノ介たちの声など耳に入らないかのように黙って窓の外を眺めているだけである。それは正体のバレた外道衆が開き直って居直っている姿のようにも見て取れる。まさか、そんなことがあるわけがない、いや、あってほしくはない、と思っていることはは、そうした自らの恐れを打ち消すようにぎこちない笑顔を作って「・・・恵里ちゃん?」と恐々と話しかける。
すると、その声に反応したかのように、恵里がゆっくりとことはや流ノ介の方に振り向く。その恵里の顔を見て、流ノ介、ことは、ダイゴヨウは驚愕した。外道衆の術にかかった他の生徒たちと同じく、無気力、無表情な魂が抜けたような状態になっていたのである。
「・・・そんな・・・」とことはは絶句する。さっき中庭で見かけた時は恵里はこんな状態ではなかった。中庭で姿を見失ってから今この廊下で発見するまでの、ほんの数分の間に恵里もまた外道衆の毒牙にかかっていたのである。恵里は外道衆ではなかった。むしろ外道衆に狙われていた立場だったのである。

流ノ介とことはの2人は魂を抜かれてしまったような状態となった恵里をとりあえず教室に連れて行き、席に座らせた。これでことはのクラスはことはを除いて全員が外道衆の術の餌食になってしまった。いや、それどころか、何時の間にか学校全体がもう外道衆の術に堕ちてしまったようである。
流ノ介とことはは、被害の拡大を食い止めることも出来ず、外道衆の術の謎を解くことも出来なかった。そのことももちろんショックであったが、流ノ介は恵里に関して自分よりもことはの意見の方が正しかったことに衝撃を受けていた。
自分の推理は全く的外れであった。ことはは恵里を信じようとしていたのに、自分は恵里を信じようとはせず、犯人扱いして、その挙句、本当は助けを求めていたはずの恵里を見殺しにすることになったのだ。しかもそれは恵里だけではない。岡村先生にしても、戸塚先生にしても、自分はあれほど彼らの近くにいたのに、彼らを勝手に犯人扱いして、守ろうともせず、見殺しにしてしまった。
しかもそのことの薄情さ、罪深さを自分は今の今まで自覚すらしていなかったのだ。恵里が犠牲になり、その恵里をあくまで信じようとしていたことはの姿を見て、それと自分を比べた時、初めて自分の卑しさに気付いたのだ。そのことに気付き、流ノ介は自分はどうかしていたと思った。どうして自分がこうなってしまったのか、流ノ介には心当たりはあった。

それは、1ヶ月後に迫った、とある歌舞伎公演が原因であった。それは流ノ介がシンケンジャーとして招集される以前に若手の歌舞伎役者仲間と一緒に企画していた公演であったのだ。以前から若手の力を集めて歌舞伎界に新風を吹き込みたいと強く思い、友人たちと心を一つにして上層部に何度も働きかけてようやく実現した公演だった。
その準備に取り掛かった矢先、突然、シンケンジャーとして戦うように招集がかかった。当然、流ノ介は侍として志葉家へ行かねばならない。念願の若手歌舞伎公演は捨てて行かねばならない。しかも侍として戦うことは友人たちには秘密にせねばならないので、何も事情も言わず、彼らの前から姿を消すことになった。
結果的に彼らを騙し裏切った形になったが、それは仕方ないことだと流ノ介は思った。侍として戦うのが自分の生まれついての使命なのだ。歌舞伎を懸命にやっていたのは、その歌舞伎すらも捨てて戦うということの意義を自らの中で高めるための糧のようなもの、つまり歌舞伎は自分にとって全て嘘の世界だったのだ。そして友人たちに嘘をついて別れるのも、彼らを戦いに巻き込まないために仕方の無いことなのだ。
自分にとって歌舞伎は全て嘘の世界で、侍としての戦いこそが真実なのだ。歌舞伎のことは忘れよう。そう思って志葉家へやって来たのだが、どうしても、あの若手歌舞伎公演のこと、共にその実現を喜び合った仲間たちのことが忘れられず、苦しんだ。そんな折、茉子と一緒に事件の調査をしている時に野球の練習に打ち込む少年の姿を見てかつての自分の歌舞伎に打ち込んでいた姿を思い出して涙ぐんでしまい、茉子に歌舞伎を忘れられないことを打ち明けた。その結果、茉子と共に「外道衆を倒して戦いが終わったら、お互いまた夢を拾う」ことを誓い合った。
そう心に決めると流ノ介は気が楽になった。歌舞伎を無理に忘れることは止めて、外道衆を倒して侍としての本分を果たしたら歌舞伎を再びやることを心の支えとした。出来れば、あの若手歌舞伎公演の前に外道衆を倒して、あの舞台に立ちたいと流ノ介は心に期した。そのために、すぐにでもあの舞台に立てるように、あの舞台の演目の稽古だけは侍としての生活の中でも出来るだけ欠かさず夜中に自室で続けた。
しかし、あの公演がもう1ヶ月後に迫った現在、未だ外道衆との戦いが終息する気配は無い。そんな簡単に戦いが終わるわけはないと覚悟はしていたが、それでもやはり気は焦ってきた。焦ると戦いに良い影響は無い。最近、あの公演が迫って来ていることを再び意識し焦り始めてから、やや精彩を欠いてきていると流ノ介自身も自覚してきていた。小便小僧にされたり、アクマロに翻弄されたり、ドクロボウの分身の術に振り回されたり、どうも最近いいところが無い。雑念は捨てて侍としての使命のみに集中しようと流ノ介は何度も言い聞かせた。

今回、鷹白学院への潜入を強く志願したのも使命に没頭したかったからだ。しかし、これが失敗だった。教育実習生として潜入してみると、生徒の半数は無気力状態であったが、残り半分は元気に学園生活を送っており、その溌剌とした姿を見て、流ノ介は自分が仲間たちと共に歌舞伎を切磋琢磨していた日々を思い出してしまった。
そして、それによって流ノ介は気付いた。結局、流ノ介があの若手公演にこだわっているのも、あの公演自体にどうしても出たいというよりも、仲間を裏切りたくないという想いが強いのだということに気付いたのである。つまり、自分は彼らとの友情に捉われているのだ。それが使命に支障をきたしているのだと流ノ介は思った。
自分は彼らを騙して捨ててきた身だ。そんな自分が彼らとの友情を回復させようなどと思うのはおこがましい。少なくとも戦いを終えてから考えるべきことであろう。戦いの終わる目途もつかず、あの若手公演の舞台に戻ることも絶望的な現在の状況で考えるようなことではない。そう思い、流ノ介は「友情よりも使命だ」と自分に言い聞かせた。
それゆえ、鷹白学院においても、流ノ介は使命のみを見つめて、生徒たちも教師たちも見なかった。彼らもまた流ノ介と関わりを持った生身の人間であり、情を通い合わせるべき存在だったはずだ。しかし人の情よりも使命を優先させようと無理に思い込んだ流ノ介は彼らをモノのように扱い、ただ事件を解決すれば彼らを守れるのだと思い、彼ら個々を親身になって守ることを忘れていた。それどころか彼らをよく見てもいないクセに彼らを信じようともせず外道衆だと疑ってかかったりまでした。その結果、誰も守れなかったのだ。
なんたる無様だろうと流ノ介は自分に呆れた。恵里のことをちゃんと生身の人間として見て、ちゃんと友情を通わせて、恵里のことを最後まで信じようとしていたことはの姿を見て、流ノ介は自分の考えが間違っていたことに気付かされたのだった。ことはの方が侍として正しいのだ。侍の使命はこの世の人々を外道衆から守ることだ。人々を守ってこその使命である。使命しか見ずに人々を見ていなかった自分は侍失格だと流ノ介は思った。
ことははちゃんと恵里という人間を見た上で信じていた。それに対して自分は恵里のことを何も見ようともしていなかった。ただ単に術にかかっていないという理由だけで外道衆だと決めつけていた。使命しか見ようとしていなかったのだ。それは全く個人的事情によって友情から目を背けるためという、くだらない理由によってであった。これこそ使命をも疎かにしている最低の行為であった。
「私が間違えていた・・・ことはが信じていた人を疑ったりして・・・」と強張った顔で呟いた流ノ介は、「・・・済まなかった・・・」と深々と頭を下げた。自分にことはが信じた人を疑う資格など無かったことを自覚し、調子に乗ってことはの真っ直ぐな気持ちを踏みにじってしまったことを謝罪している形をとってはいるが、実際は流ノ介の謝罪の対象はことはだけではない。
そうした自分の侍としての未熟さゆえに守る事が出来なかった恵里に対しても謝罪しているのであり、岡村先生や戸塚先生、その他、鷹白学院の生徒教師全員に対しての謝罪が全て含まれているのである。もちろん謝ったところで後の祭りであり、到底許されるようなことではない。だが流ノ介は頭を下げずにはいられなかったのだ。

それに対し、ことはは無反応であった。少し怒ったような表情でじっと下を見つめて黙り込んでいる。「どうすんでぇ流の字?・・・相当怒ってるぜぇ・・・」と、ダイゴヨウは困った様子で流ノ介に話しかける。ダイゴヨウも流ノ介と一緒になって恵里を犯人扱いしていたので、ことはを怒らせてしまったと思い、慌てている。
しかし流ノ介は頭を下げたまま黙っている。ことはが怒るのは当然であり、もとより許して貰えるなどとは思っていない。今の自分に出来ることはただ頭を下げることだけだと思っているので、頭を下げている。そして、ここからは侍として行動で挽回していくしかない。外道衆が次に何を仕掛けて来るのか分からないが、ともかくそれを打ち砕いてここの生徒教師の全員を無事に救い出す。それを行動で示す前に、とにかくことはや皆に頭を下げておくべきだと思ったまでのことである。
しかし、そこでポツリとことはが「・・・違う・・・」と呟いたので流ノ介は、えっと思ってことはの方を見た。ことはは悔しそうな目を剥いて下を向いたまま「怒ってんのは自分にや!」と言う。ダイゴヨウは意味が分からず「ええ?」と驚き、流ノ介も頭を上げてことはを見つめる。ことはがどうして自分に腹を立てているのか流ノ介にも分からなかった。

ことはは下を向いたまま「流さんが恵里ちゃん疑った時、うち、ホンマにびっくりした・・・!」と絞り出すように叫んだ。ことはは恵里が外道衆の毒牙にかかってしまったことが分かった時、実は少し安堵したのである。恵里が外道衆でないとハッキリしたからだった。恵里が酷い目にあったというのに、そんな感情を抱いた自分にことはは驚き、その時、ことはは自分が実は少し恵里を疑っていたことに気付いたのだ。
流ノ介が恵里が外道衆だと言った時、もしかしたら自分が恵里を騙しているように、恵里も自分のことを騙しているのではないか、そのように心の奥底で考えていたことをことはは自覚した。そして、もしそうだったら嫌だと思い、驚き混乱し、そのことを考えないようにしたことも自覚した。
つまり、ことはは恵里を信じきれていなかった。実は疑ってしまっていた。そして、更にまずいことに、そういう自分を自覚したくないために、慌てて少しの間、現実逃避したのだ。そのことをことはは死ぬほど後悔して恥じ入っていた。それで目を上げられないのだ。恵里に申し訳なくて恵里の方を見ることが出来ない。
流ノ介もことはの告白を聞いて、ことはが実は恵里を信じ切れておらず、そのために自分の言葉でことはが混乱してしまっていたことを初めて知った。てっきり、ことはは恵里のことを信じているものだと思っていたが、実はそうではなかった。それがあまりに意外であったので、流ノ介は驚いてことはを見つめた。

すると、ことはは流ノ介の方に振り向き「せやけど!もしあのまま恵里ちゃんのこと追ってたら・・・外道衆から守れてたかもしれへん!・・・そう思ったら・・・!」と激しく自分を叱責するように言い、身震いした。
ことはが恵里が外道衆かどうか確認することから逃げて流ノ介の邪魔をしている間に恵里を見失い、その間に恵里は外道衆に襲われたのだ。あそこで自分が現実から逃げたりせず、すぐに恵里の後を追いかけていれば、恵里は外道衆に襲われることはなかったに違いない。そう思うと、ことはは自分の弱い心に激しく腹が立った。
自分は恵里に嘘をついて恵里の友情を得ていた。それを内心では不実なことだと思い罪悪感を感じていた。自分は嘘つきで、恵里は正直者で、そんな2人の間に友情が成立するというのは、自分が加害者で恵里が被害者であるように思えた。そんな友情は悪しき友情、歪んだ友情だという屈折した気持ちがことはの中には有った。
その屈折から逃れるためには、そんな友情は存在しないとして無視するか、さもなければ、恵里もまた決して正直者ではないと夢想するかの何れかの道しかない。そうした屈折した心理を抱えていたゆえに、ことはは流ノ介の推理を聞いた時、恵里が自分を騙していたという可能性に引寄せられてしまったのである。それが結局は恵里を外道衆の毒牙にかけてしまった。
屈折から逃れたいという弱い心が招いた失敗であった。ことはは、自分は歪んだ友情、屈折した友情をそのまま受け入れる強さを持つべきだったのだと後悔した。自分は嘘つきで相手を騙していても、相手との友情は真実なのだと信じるべきだったのだ。相手を騙しながら相手を信じることは心苦しいことだが、その心苦しさをそのまま黙って呑み込む強さが侍には必須だと、今回の失敗を通して悟ったのである。
何故なら、侍というのは、今回の一件のように周囲の人々に嘘をついてでも使命を果たさねばならないことが多い。そもそも侍として戦い始める時に、そのことを周囲の人々には秘密にしなければならない時点で、既に周囲を騙している。
侍とは基本的に嘘つきなのだ。この世の人々を欺く存在なのだ。特に自分と関わりの深い友人などには酷い嘘をつくことになる。罪深い存在なのだ。こんな罪深い自分が他人と友情を結ぶなど許されないと思うのが当然であろう。
しかし、侍はこの世の人々を守るのが使命である。そもそも自分の大事な友人たちに嘘までつくのは、彼らを戦いに巻き込まないため、守るためなのである。そういう人達相手には情が通い合っているのだ。愛さなければいけないし、実際に愛している。愛していない対象を守ることは出来ない。
侍は世界中を騙しながら世界中を愛さないといけない。友人を騙しながら友情を信じないといけない。そうでなければ侍の使命は果たせないのだ。これはなんとも過酷な宿命であるが、それが侍の生き方であり覚悟なのである。今回の失敗でことははそのことに気付き、自分が全然その覚悟が出来ていなかったことを知った。そのために恵里を守り切れなかった。そのことが情けなく恥しく、申し訳なかった。

そして、ことはが恵里をあくまで信じてやれなかったことを激しく後悔している姿を見て、流ノ介は「・・・ことは・・・」と絶句する。流ノ介もまた恵里を信じてやれなかったことを悔やんでいる侍であるので、ことはがどうして恵里を信じ切れなかったのかよく分かる。ことはもまた、恵里に嘘をついている罪悪感ゆえに恵里を無条件で信じることが出来なかったのだ。ことはは人一倍純真な心の持ち主であるから、てっきり無条件に恵里を信じていたのだと流ノ介は思っていた。しかし、ことはもやはり自分と同じ1人の人間であり、嘘をついた上で友情を信じ抜くことは出来なかったのだ。
そう、ことはが恵里の友情を信じ抜くことが出来なかったのは、流ノ介が最近、歌舞伎仲間の友人たちを裏切った罪悪感のために彼らとの友情を忘れようとしていたことと相似形であったのだ。流ノ介は激しく後悔することはの姿を自分に重ね合わせて見つめた。ことはの出した答えは「守るべき友を騙しても、あくまで友を信じ抜くべきであった」であった。それが侍の行くべき道だと、ことははその苦しむ姿で流ノ介に道を示してくれているように見えた。
すると、ことはは突然立ち上がり、動かなくなっている恵里に取りすがり「ゴメン!恵里ちゃん!ゴメンな!」と涙声で詫び始めた。自分がダメな侍であったために、こんな目にあわせてしまった。そのことをようやく恵里に向かって詫びる勇気を奮い立たせることが出来たのだった。
そのことはの後ろ姿を見つめて、流ノ介は、自分は歌舞伎仲間たちに今何か言葉をかけてやれる勇気を持つことが出来るのだろうか、何時までも彼らから目を背け続けるしか出来ないのであろうか、と想いを馳せたのであった。

と、その時、恵里の身体に取りすがってしきりに詫びていたことはの身体の動きがピタリと止まり、黙り込んで恵里の右の手首を凝視した。その右手首には白く細い糸の輪のようなものが巻かれていた。それは一見、女子高生がおしゃれで巻いているミサンガの細いもののように見え、かなり細いものなのであまり目立たないものでもあった。
しかし、ことははその白い輪に強い違和感を覚えたようである。じっと恵里の右手首を見つめながら、ことはは自分の記憶を必死で辿った。そして、「・・・恵里ちゃん・・・さっき、こんなん付けてへんかった!」と、ことはは先ほど、昼休みの時、英語のノートを貸してくれた時に差し出された恵里の手首には右にも左にも、こんな白い糸の輪は巻かれていなかったことを遂にハッキリと思い出したのであった。
つまり、昼休み以降、外道衆に襲われるまでの間に何処かで恵里はこの白い輪を右手首に巻いたのだ。いや、そうではない、と思い、ことははバッと振り向いて、周囲の他の術にかかっている生徒たちの手首を見た。流ノ介も同じことを思い付いたようで「・・・まさか!」と、恵里の斜め後ろの席の生徒の手首をとる。ことはも恵里の後ろの席の生徒の手首を掴んだ。2人とも恵里と同じ白い糸の輪を手首に巻いていた。
これは偶然などではない。外道衆の術にかかった生徒たちの共通した特徴なのだ。ということは、恵里はことはが見失っている時間に何処かでこの糸を手首に巻かれて、それによって外道衆の術に堕ちたということになる。他の生徒たちも同様であろう。あまりに細く目立たない糸の輪であったので迂闊にも気付かなかったが、見渡すとクラス中の生徒が皆、手首にこの白い糸を巻いていた。

驚愕する流ノ介とことはの横でダイゴヨウが「もしかしたら何か分かるかもしれねぇ!気合い入れて光るぜぇ!!」と張り切る。この白い糸の輪が生徒たちに外道衆の術をかけているのだとすれば、それは何処かからか外道衆によって操作されているはずだ。肉眼で見た感じでは何も異常があるようには見えないが、絶対に外道衆の邪悪なパワーの痕跡が近くに残っているはずだ。ダイゴヨウの前回のドクロボウ戦で見せた大閃光の技を使えば、拡散させたモヂカラ光線の粒子が外道衆の邪悪なパワーと反応して、その痕跡を浮かび上がらせるはずだとダイゴヨウは考えたのだ。
「はああああああ!!」とダイゴヨウ渾身の大閃光はサーチライトのように生徒たちの上方の空間を照らし出した。すると、なんと、生徒たちの手首の白い糸の輪から教室の天井に向かって真っ直ぐ上方に、極めて細い糸のようなものがおびただしく伸びている姿が浮かび上がったのであった。
「これは・・・!?」と流ノ介とことはは驚く。その縦糸は手首の輪の糸と同質のもののようで、天井付近で更に横糸に連結し、その横糸が天井面に沿ってびっしりと張り巡らせて他の生徒たちの糸と連絡し合っており、更に廊下を通って他の教室とも連結しているようであった。まるで学校全体が人形芝居の舞台になったかのようだ。つまり、この糸は操り人形を思うがままに動かすための糸というわけだ。
流ノ介はシンケンマルを構え「こいつを斬れば外道衆の術が解けるに違いない!」と言って、縦糸を斬りつける。操り人形の糸を斬れば、もう術者は人形を好きなように操ることは出来なくなる。だから糸を斬ってしまえばいいのだ。しかしシンケンマルは糸に弾かれてしまう。「・・・そんな!?」と流ノ介は驚いた。
思いのほか、糸は頑丈なようである。シンケンマルではなかなか斬れそうにない。おそらくモヂカラを使って工夫すれば斬ることが不可能ということはないであろうが、1本の糸を斬るだけでもかなり手間はかかりそうである。それがおびただしく数百本も張り巡らされているのだ。いちいち斬っている間に外道衆も妨害してくるであろう。
こうなったらカラクリに勘付かれたことは外道衆側も気付いたであろうし、斬るべき糸もハッキリと見えている以上、もう全面対決は避けられないであろう。ならば、この糸の最も集束した地点、そこが全ての策謀の根源であり、外道衆の本体が潜んでいる場所である。そこに乗り込んで決着をつけるしかない。流ノ介とことは、ダイゴヨウはその方針で一致したのであった。

そして、ことはがダイゴヨウを持って、大閃光でサーチライトのようにして天井の横糸を照らし出しながら廊下を進み、その後ろに流ノ介が続く。天井の横糸を辿っていけば根源に行き着く。追跡ルートは廊下から階段へと進む。どうやら上の階へと繋がっているようだ。「こっちでぃ!!」とダイゴヨウが行き先案内をし、ことはがそれに従って天井を照らしながら進む。その後ろで流ノ介はショドウフォンを取り出して素早く丈瑠と連絡をとる。こうなったらもう激突は必至である。丈瑠たちに応援に駆け付けてもらうためであった。
流ノ介は丈瑠が屋敷で待機しているものだと思っていたが、丈瑠は鷹白学院の正門のところまでちょうど来ていたのは先述の通りである。事情を聞いて丈瑠は「分かった!すぐ行く!」とショドウフォンを切った。
ちょうど心配して来ていて良かったと思った。幸い今なら全員ここに揃っている。すぐに駆け付けることが出来ると思い、丈瑠が残りのメンバーの方を見ると、まだ源太の校内突入を止めようとして茉子と千明が源太と揉み合っている。(いつまでバカなことを・・・)と丈瑠は呆れ、揉み合う3人の横を素通りして駆け出し「行くぞ!!」と号令をかけて、一人さっさと校舎の方へ駆けて行った。丈瑠がいきなり私服姿で校内に駆け込んでいくので3人は驚いたが、とにかく指示に従って丈瑠の後に続いて駆け出して行く。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 17:10 | Comment(0) | 第三十幕「操学園」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月22日

第三十幕「操学園」その2

第三十幕「操学園」その2
その日の夜、志葉屋敷に戻って来た流ノ介とことはは、座敷に参上して丈瑠に調査の結果を報告した。結局、2人は夜まで学校に居残って校内の隙間を調べ尽くしたのであるが、まずスキマセンサー除けの護符は見つからなかった。そして校内の隙間にはかなり高い確率でスキマセンサーの端末が仕掛けられており、しかもそれらは全て外れたり千切れたりしていなかった。つまりそれらの隙間を通って外道衆が出入りした形跡は無いのだ。
そうなると、いくらか存在していた端末の仕掛けられていなかった隙間をたまたま通って外道衆が出入りしたのかもしれないが、それらの洩れのあった隙間にも2人は端末を全て仕掛けておいた。だが、それらの端末も現在のところ何の反応も起こしてはいない。結局、外道衆が鷹白学院の校内に出現している痕跡を見つけることは未だ出来ていない。ただ、鷹白学院で異常事態が進行中であることも明らかなのである。
2人の報告を受けた丈瑠は「そうか・・・何も分からなかったか・・・」と落胆の色を滲ませた。鷹白学院において深刻な事態が起こっている確証は掴んだが、そんなことが分かってもあまり意味は無い。欲しい情報は、その事態解決に繋がる情報なのである。そのためには、おそらく暗躍しているであろう外道衆の動きを掴まねばならない。
「申し訳ございません!」と流ノ介とことはは頭を下げる。「・・・今のところ、手掛かりすら・・・」と流ノ介は口惜しそうに呻く。外道衆が何かをしているのは明白なのに手掛かりも見つからないというのは異様である。調査が足りなかったとも思えない。これは、あるいは調査の方法自体に問題があるのかもしれないと流ノ介もことはも思い始めていた。それは皆も同じであった。
そもそも、校内の半分ほどの生徒を人知れず操られたような状態にするためには、外道衆側もかなりの手間をかけているはずだ。それがここ数日の間に起こっているということは、集中してかなりの数の外道衆が出入りしないといけないはずだ。何故なら外道衆には水切れという地上での活動時間制限があるので、これだけの大仕事を短期間でやり遂げるためには、多くの員数を何度も繰り返し出入りさせないことには達成はおぼつかないからである。
しかし、それほど大規模な外道衆の移動が校内で生じているとなれば、校内の隙間におけるスキマセンサー端末の設置率の高さからして、何処かで引っ掛かっていなければおかしい。それが引っ掛かった痕跡も無いのだ。ならば、隙間を使っての出入りの回数は少ないと考えざるを得ない。少ない出入り回数でこれだけの仕事をこなすためには、水切れの時間制限を超えて地上にとどまりながら作業を行っていると推測するしかない。つまり、今でも校内の何処かに外道衆が潜んでいるのではないだろうか?・・・しかし、そんなことが可能なのか?

「ほんま、何処に隠れてるんやろ外道衆・・・」と、ことはが途方に暮れて呟く。すると、2人の後ろに立っていた千明がふと思いついたように「人間に化けてるんじゃね?・・・先生とか、生徒とか?」と言う。それを聞いて流ノ介の眼の色が変わった。以前、第十五幕の時に千明に化けていた変身能力のあるアヤカシ、ナリスマシのことを思い出したのだ。もちろん千明自身、自分に化けたナリスマシのことを思い出して発言したのである。
あの時、ナリスマシは千明に化けてあちこちで悪戯して回ったが、その間にかなりの時間が経過していたはずだ。とっくに水切れの制限時間はオーバーしていた。なのにナリスマシはずっと地上に留まることが出来ていた。つまり、変身能力のあるアヤカシは人間や別のものに化けている間は水切れの制約を受けないで済むようなのだ。おそらく、アヤカシ態でない時はアヤカシとしての能力を使うことが出来ないので、その分、体内の三途の川の水を消費しないで済むのであろう。
もし今回の鷹白学院の事件に関与しているアヤカシがそのような類のアヤカシであるならば、たまたまスキマセンサーの端末の無い隙間から校内に出て来て、その後は先生か生徒に化けて何喰わぬ顔で居座っているのかもしれない。化けている間は水切れを起こさないのだから隙間をそれ以上出入りしなくて済む。生徒たちに術をかける瞬間だけアヤカシ態に戻るか、アヤカシとしての能力を使うので三途の川の水を少し消耗するだけで済み、それを何度も繰り返し小出しにしていけば、水切れを気にせずにかなりの数の生徒に術をかけることは可能であろう。
また、正気の生徒たちも誰も校内で怪しい者の姿を見ていないのも、下手人のアヤカシが先生か生徒に化けているのならば辻褄は合う。「・・・人間か・・・」と流ノ介は考え込む。そのような可能性は確かに考えていなかった。検討してみる必要は有るかもしれないと思った。

そこに「あるいは服に取りついてるとか・・・」と、2人の後ろで茉子が口をはさむ。それを聞いてことはがハッとしたように少し振り向く。「・・・あ、ほら、前にもそういうことあったじゃない?」と茉子が言ったのは、第二十二幕の時のウラワダチのことを指している。水切れの制限時間を無視した例ならば、変身だけではなく、あの時も同様だったはずだと茉子は指摘しているのである。
あのウラワダチの一件は、ことはが最も深く関わった事件であったので、もちろん、ことはにもすぐに思い当たったのである。ことははあの時のことを思い出した。確かにあの時、ウラワダチは松宮義久の上着の中に潜んでいた間、水切れの制限時間を大幅にオーバーしても平気であった。あのケースも、服にとりついている間はアヤカシとしての能力を封じられた状態であったので、体内の三途の川の水を消費しないで済んだのであろう。
今回ももし同じような服に取りつく能力のあるアヤカシが事件の裏に居るのであれば、隙間を通らずにずっと誰かの服に潜んでいるのかもしれなかった。そして、誰も怪しい物を目撃していないというのも、服に潜んでいるアヤカシの仕業だとすれば辻褄は合う。「服・・・か・・・」と、ことはは呟く。その可能性は確かにあると思えた。
それぞれ考え込む流ノ介とことはに向かい、厳しい顔で「とにかく明日こそ、必ず外道衆を見つけ出すんだ!」と彦馬が言い渡した。鷹白学院の生徒たちの半分近くが操られたような状態になってしまっている以上、一刻の猶予も無い。すぐにでも潜入した2人の手で外道衆を見つけ出し、その連絡を受けてシンケンジャーの総力で外道衆の企みを打ち砕くしかないのだ。
「頼んだぞ・・・流ノ介!ことは!」と、丈瑠も険しい顔で2人に外道衆の発見を命じる。思った以上に難解な事態になりつつある予感はしたが、現状ではとにかく潜入した2人に期待するしかない。流ノ介とことはも「はっ!」と畏まり、気合いを入れ直したのだった。

次の朝、鷹白学院の登校時間、転入したばかりで部活などに入っていないことはの登校時間は比較的遅めだが、通学に不慣れなため、今朝は更にやや遅くなり、朝のホームルーム開始間際に教室に辿り着いた。「おはようございまぁす!」と元気に挨拶をして教室に駆け込んだことはは、しかしクラスの皆の様子を見て驚いた。
昨日はクラスの半分くらいだったはずの生気を失った状態の生徒の数が、今はもう全体の7割ぐらいにまでなっているのだ。ことはは「また増えてる・・・そんな・・・?」と絶句する。今朝、ことはが登校してくるまでの間に校内で外道衆が暗躍して、更に被害者を増やしたとしか思えない。
しかし、昨日の放課後、流ノ介とことはの2人で校内のあらゆる隙間にはスキマセンサーの端末を仕掛けたはずである。それらの端末が昨晩から今朝にかけて何の反応もしていないのである。つまり外道衆は隙間を通過してはいない。少なくとも、昨晩から今現在に至るまで、校内の何処かに隠れているのだ。
(いったい何処に?)と戸惑うことはの背後で「ほんとに・・・どうなっちゃってんだろうね?」と心細そうな声がする。ことはがハッと振り向くと、恵里が立っていた。恵里も今、登校してきたようで、不安そうにクラス全体を眺めている。
一方、同じ教室の後方の入り口付近には流ノ介が腕組みをして立っていた。流ノ介はことはとは別行動(怪しまれないため)で一足早く学校に到着しており、この事態の急変にことは同様驚き、既に大急ぎで校内を見回った後であった。そして、見回った結果、最も被害者の多いのがこのことはの居るクラスだということが分かった。ここが元凶だと流ノ介は判断し、このクラスに外道衆が潜んでいるのではないかと疑いの目を向けていた。
「外道衆め・・・いったい誰に化けているというんだ・・・?」とクラスの中を鋭い目で見回しながら、流ノ介は忌々しそうに呟く。スキマセンサーの反応を起こさずにこのような事態を引き起こしている以上、外道衆が何らかの手段で水切れの制約から自由に行動していることは明らかであり、流ノ介は昨晩の千明の言葉の影響で、きっと教師や生徒の誰かに化けているに違いないと思っている。

その時、黒板の上に設置されている校内放送用のスピーカーから唐突にクラシック音楽が流れてきた。それを聞いて恵里は溜息をつき「もう!岡村先生も呑気よね!・・・音楽なんてかけてる場合じゃないんじゃない?」とブツブツと文句を言い始める。
ことはは恵里の言葉が気になり「・・・岡村先生って、あの歴史の先生の?」と聞く。あの流ノ介がロッカーを探っているのを注意した女教師は岡村先生というらしい。あの岡村先生がこのクラシック音楽を校内放送で流しているということのようだ。恵里はことはに頷き返し「なんか好きみたいでさ!頼まれもしないのに勝手に・・・」と、少し呆れたように岡村先生のことを貶す。岡村先生はクラシック好きで、毎朝勝手に校内放送でクラシック音楽を流すようで、あまり生徒たちには歓迎されていないようだ。
そのことはと恵里の会話を教室の後ろで聞いていた流ノ介は「そうか・・・そういうことか!」と何かに思い至ったように呟き、脱兎のごとく教室から駆け出していった。そして廊下を全力疾走する。(音だ!外道衆は音で生徒を操っているに違いない!)と流ノ介は頭の中で考えをまとめた。
あのクラスに被害者が多いとはいっても、被害は校内にほぼ均等に広がっているようにも見える。それはたとえ外道衆が生徒に化けていたとしても、簡単に為し得る規模のことではない。しかし校内放送で音楽をかけながら、その中に巧妙に催眠音波のようなものを混ぜておけば、最低限の手間で広く全校の生徒に術をかけることが出来るだろう。クラスによって被害にバラつきがあるのは、催眠音波への耐性の個体差によるものであろう。一気にかかる者もおれば、徐々にかかる者もいて、そうして数日の間にじわじわと被害が広がっているのだ。そう考えればこの被害状況も説明がつく。
その音楽を毎朝、自分の意思で勝手に流しているのは岡村先生だという。そして昨日、自分の調査を妨害したのも岡村先生であったことが、流ノ介の推理を決定的なものとした。きっと自分の正体がシンケンジャーだと岡村先生に化けたアヤカシは気付き、それとなく調査を妨害しようとしたに違いない。そう考えれば自分が昨日いきなり叱られた謎も辻褄が合う。

(まさか、あの岡村先生が外道衆だったなんて・・・!)と、自分の辿り着いた驚愕の結論に慄きながら、流ノ介は放送室の前に到着すると、一気にドアを押し開いて中に飛び込んだ。しかし中には誰もおらず、ただ校内放送で流れる音楽だけが引き続きかかっていた。音楽だけが流れたままで、それを流していた岡村先生の姿が無くなっているのはあまりに不自然である。
「勘付かれたか・・・!」と流ノ介は悔しそうに言う。自分がやって来ることに気付いて、音楽を流しっぱなしにして慌てて逃げたに違いない。これでもう岡村先生が外道衆であることは確定的だと思えた。「・・・とにかく、この音を・・・!」と言いつつ、流ノ介は急いで音楽の再生を止めようと、校内放送用のデッキのボタンをいじる。どのボタンを押せばいいのか迷い、ガチャガチャとデッキを弄りつつ、「外道衆の好きにさせるかっ!!」と叫んで停止ボタンに触れると、音楽がようやくストップした。
流ノ介がホッとして一息ついたその時、流ノ介が部屋に入る時に開きっぱなしにしたままだった入口のドアが動いた。誰かがドアの陰に隠れていたのだ。そのままドアの陰から姿を現した人物は岡村先生であった。逃げてはいなかった。隠れていただけだったのだ。作戦の邪魔をされたので、怒って姿を現したのであろう。しかし流ノ介の方の怒りも頂点に達していた。流ノ介は岡村先生を睨みつけ「外道衆!岡村先生に化けていたとは、いい度胸だ!」と啖呵を切った。
しかし反応が無い。不審に思って岡村先生の顔を見ると、魂の抜けたような、生徒たちと同じような状態となっていた。流ノ介は愕然として岡村先生に駆け寄り、反応を探るが、全く無反応で、完全に外道衆の術に落ちた状態となっていた。「・・・違う!」と流ノ介は途方に暮れた。自分の推理は外れていた。岡村先生は外道衆ではなく、単に放送室で趣味のクラシック音楽を流していたところを外道衆に襲われた被害者であったのだ。
岡村先生が外道衆に襲われたのは、あの音楽が流れ始めてから流ノ介が放送室に入るまでの間である。その間に外道衆に化けた何者かが岡村先生に術をかけた後、放送室から逃走したことになる。それが誰なのか、流ノ介には見当もつかなかった。そして、相変わらず外道衆が多くの生徒たちや岡村先生に術をかけた手口は不明であった。

仕方なく、流ノ介はもう一度、校内の隙間のチェックをしてみることにした。手掛かりが無い以上、地道な確認作業からやり直すしかない。まだ端末のついていない隙間もあるかもしれないのだ。そうして男子トイレの個室に入り、トイレットペーパーの芯の穴のチェックをしていたところ、1時限目が終わった後の休み時間に手洗い場に居る男子生徒2人の会話が耳に入ってきた。
「ああ〜・・・次、古典かぁ・・・」「戸塚の授業ってさぁ、ホント眠くなるんだよなぁ」という他愛も無い会話だったのだが、それを耳にした流ノ介は指をトイレットペーパーの穴に刺したままバタン!と個室の扉を開けて出て来ると、真剣な顔で「・・・そうか!授業中に催眠術を・・・!」と言うと、急いで駆け出してトイレの外に出た。
2人の生徒の会話は単に戸塚先生の授業が退屈で眠くなるというものでしかないと思われるのだが、どうも流ノ介はあまりに今まで真面目な性格であったため、過去に学校の授業で退屈で眠くなるというような経験が無いようで、授業で眠くなるということが何か異常な、催眠術でもかけられている事態であると解釈したようだ。
「まさか戸塚先生が外道衆だったとは・・・!」と流ノ介はトイレの外で呻く。気がつくと指にトイレットペーパーが刺さったままであったので、トイレの中に放り投げて戻し、流ノ介は再び駆け出した。すっかり流ノ介は戸塚先生が外道衆の化けた姿で、授業中に生徒たちに催眠術をかけていたのだと思い込んでしまったようである。確かに古典の授業で各クラスを回る戸塚先生ならば、あちこちのクラスの生徒に術をかけることは可能であろう。流ノ介はきっとそうに違いないと思い、二時限目に戸塚先生の授業を行っている教室を調べると、もはや一刻の猶予も無いと思い、乗り込んだ。
教室のドアを勢いよく開いて飛び込み「ついに見つけたぞぉ!外道・・・」と言いかけて、流ノ介は愕然とした。戸塚先生は教卓の前に立ったまま、先ほどの岡村先生と同じように、既に外道衆の術に落ちていたのである。ということは、授業は出来ていない状態だったのだが、それでも支障は無かった。何故なら、そのクラスの生徒もまた全員、外道衆の術に落ちて、無気力状態に陥っていたからである。このクラスも流ノ介がやって来る寸前に外道衆の襲撃を受けて、皆がその餌食になってしまっていたのだ。
「また違うというのか!・・・いったい誰に化けているんだ・・・?」と流ノ介は混乱した。というか、流ノ介が戸塚先生を疑ったのはほとんど言いがかりというべきレベルだったのだが、はからずも外道衆の攻勢を目の当たりにすることになったのであった。

その二時限目の終わった後の昼休み、ことはは廊下に出て、生徒たちの背中をさすって回っていた。ことはもまた流ノ介と同じように、外道衆が校内に潜んでいると断定し、何とか捜し出そうとしていたのだ。ただ、ことはの場合、外道衆が誰かに化けていると考えた流ノ介とは違って、昨晩の茉子の言葉を思い出して、誰かの服に隠れているのではないかと考えていた。
それで廊下に居る生徒たちの服の背中部分をさすって、外道衆の気配を感じ取ろうとしていたのだ。また、いきなりさすられれば外道衆も驚いて気配を現すのではないかと思い、結構強めにゴシゴシとさすっている。そんなことをして怪しまれないかという心配もあったが、もはやそんな悠長なことを言っている場合でもないと思えた。もう校内の大部分の生徒が被害を受けつつあるようで、廊下で背中をさすられても無反応の生徒の方が多いのだ。
しかし、なかなか外道衆の気配を感じ取ることは出来なかった。そして、ロッカーの前に立っている女生徒の背中をさすったところ、「きゃっ!」と驚かれてしまう。まだ正気の女の子であったのだ。よく見れば同じクラスの子であった。「えっ」と逆に驚くことはを見て、女生徒は「何なの・・・?」と不審そうにじろじろとことはを見ながら逃げていく。
ことはは「ごめんなさい!」と謝りつつ、周囲を見回す。怪しまれたかもしれないと思ったのだが、廊下には他には無気力状態の生徒しかおらず、他の子に怪しまれたということはなかったようだ。しかし、こんなことをやっていて本当に外道衆を見つけることが出来るのか、ことはは不安になった。単に怪しまれるだけで効果は無いのかもしれない。そう思い、ことはは視線を落とす。
そこにことはの持っているカバンの中からダイゴヨウがニュッと顔を出し、「諦めちゃあ、ダメですぜぇ!ことはちゃん!」と明るい声で励ましてくれる。どうも真面目すぎる流ノ介とことはの2人にダイゴヨウというムードメーカー的存在がついているというのは、良い人選(?)であったようだ。ことはは気を取り直し、「うん!」と明るく笑って、元気を取り戻して再び外道衆の探索を続けるのであった。

それからもことはは頑張って昼休みの間、生徒の背中をさすり続けたが、結局、外道衆を見つけることは出来なかった。その昼休みももう終わりという時、ことはは廊下で女生徒の背中をさすった。「あっ!」と驚いて振り向いた女生徒は恵里であった。いきなり恵里が驚いた顔で振り向いて来たので、ことはも驚いて、言葉を失って棒立ちとなる。
「こ、ことはちゃん!・・・何?どうしたの?」と、恵里は不思議そうに質問する。いきなり背中をさすって来たので、ことはの方が何か用事があるのだろうと思ったのである。しかし、ことはは恵里に何か用事があったわけではないので、どうしたと聞かれても、すぐに返事が思いつかない。
「あっ・・・いや・・・」と少し考え、咄嗟に恵里の服の袖あたりを触って「可愛いな、この服!何処で買ったん?」と言う。服が可愛いと思ったから触ったということにして誤魔化そうとしたのだが、恵里は「これ・・・制服でしょ?」と驚く。ことはだって同じ服を着ているのに、わざわざ可愛いから触るというのも変な話だし、制服は学校で指定された店で皆同じように買うものである。ことはの質問は全くトンチンカンであった。恵里の真っ当な指摘を受けて、ことはも「あ、うん」と頷くしかなかった。
そんなことはを見て、恵里は「変なの!」とクスッと笑う。どうやら怪しんだりはしていないようである。というより、そんな話題は恵里にとってはどうでもよかったようである。恵里の方がもともとことはに用事があったようなのだ。唐突に「・・・それより、これ!」と、恵里はことはに向けて、手に持ったノートを差し出した。
「貸したげるよ、次の英語のノート・・・ことはちゃん、転校してきたばっかりだもんね」と、恵里は屈託なく笑う。転入生のことはが授業についていけなくて困っているだろうと恵里は気を使ってくれているのだが、このノートは実際はことはには不要なものであった。ことははあくまで偽装転入でクラスに潜入しているだけの立場で、この事件が解決すればすぐに居なくなるのだ。だから英語のノートを借りても使うことはない。

言わば、ことはは恵里を騙しているのだ。恵里はそんなことは露知らず、ことはを良い友達になれる相手と思って接してくれている。ことはも恵里のように学校で仲良くなった相手は初めてであったので、友情を感じている。それゆえに、その相手を根本的には騙しているという事実に、ことはの胸が少し痛んだ。恵里が優しくしてくれればくれるほど、申し訳ない気持ちになったが、これも仕方ないことなのだ。ことはが恵里を騙してまでもこの任務を遂行するのは、恵里も含んだこの学校の人達、ひいてはこの世の全てを守るため仕方ないことなのである。
それでも嘘をつくのは心苦しいものはある。出来れば本当の事情を告白して嘘の無いすっきりした関係になれたら気が楽なのだが、それは下手すれば恵里を戦いに巻き込んでしまう恐れがある。たとえ身内でも戦いに深入りさせないように努めるのが侍の掟である。不用意に無関係の人を巻き込んではいけない。友情を感じている相手ならば尚更のことなのだ。結局、嘘をつき続けるしかない。
それに、嘘から始まった関係ではあるが、恵里の自分に向けてくれている友情に嘘は無い。それはことはは素直に嬉しかった。擬似的なものではあったが、生まれて初めてのクラスメートとの友情である。ことはは素直に楽しみたかった。差し出されたノートを受け取って「ありがとう!」と、ことはは自然に笑みが漏れた。
そして喜びを噛みしめながら、恵里と一緒に教室に戻った。ところが、ことはの喜びの表情は一瞬にして凍りついた。クラスの皆が、全員、例の無気力状態に陥っていたのである。もともと昼休み前の時点でクラスの大部分が無気力状態ではあったが、それがとうとうことはと恵里を除く全員に及んだのだ。さっき、ロッカーの前でことはに背中をさすられて驚いていた女生徒も、この少しの間に外道衆の毒牙にかかったようである。
愕然として言葉を失うことはの横で、恵里もクラスの状況に驚き「・・・嘘でしょ?・・・ねぇ?どうしちゃったの皆!?」とクラスの皆に呼び掛ける。ことははこの状況が外道衆の術によるものだと分かっているので、この状態そのものに驚きはしない。ただどうやってここまで急速に被害を拡大させ続けることが出来るのか分からず愕然としているのだが、恵里はこの不思議な現象そのものが理解出来ずに混乱しているのだ。そのことはと恵里の2人、そしてクラス全体を、教室の後ろに流ノ介が立って鋭い目で見つめていた。

結局、昼休み終了時点で校内の大部分の教師や生徒が無気力状態となってしまった。無気力状態とはいっても、身体が全く動かなくなっているわけではなく、指示されればそれなりに動く。ただ極端に意思力が低下しているようで、自発的に動くことがない。ほっておくと、結局はボ〜ッとして何もしない状態となる。教師も生徒も大部分がそんな状態なので、午後からも一応は形だけは授業は行われていたが、多くの教室は自然に自習のような状態となった。一種の静かな学級崩壊状態である。
ことはのクラスもことはと恵里以外は無気力状態で、3時限目の英語の先生も同じような状態であったので、自然に自習状態であった。恵里は不安げでもあり退屈そうでもあり、何処かへ出て行った。ことはも追いかけようかとしたのだが、そこに流ノ介がやって来て「外道衆の正体が分かったから中庭で話がしたい」と耳元で囁いて、ことはを中庭に誘った。
ことはは驚き、さっさと出て行く流ノ介を追いかけた。いよいよ外道衆との対決だと思い、もはやこの状況ではダイゴヨウを隠す意味も無いと思い、ことははカバンからダイゴヨウを出して連れていくことにした。中庭に着くまで流ノ介は辺りを窺うように鋭い目つきで無言で歩き続けた。
流ノ介が中庭に着くと、ことはが流ノ介にようやく追いつき「流さん!外道衆が分かったってホンマに?」と息せき切って訊ねる。ダイゴヨウも「さっすがだな〜!流の字〜!」と褒める。

ちなみに、何故かダイゴヨウは流ノ介に対してはタメ口である。親分の源太には当然敬語で、丈瑠に対しては、まぁ当然殿様だから敬語を使うのだが、他の者には基本はタメ口と思いきや、茉子に対しては敬語で、同格であるはずの流ノ介に対してはタメ口なのだから少し不可解ではある。
これは、ダイゴヨウはつまるところ源太の分身なので、源太の中での各自の序列が反映されているのである。つまり源太が自分より格上だと思っている相手にはダイゴヨウは敬語となり、源太が自分と同格か格下だと思っている相手にはダイゴヨウもタメ口になるのである。
源太は殿様の丈瑠は当然格上として、茉子もどうも苦手というか、頭が上がらないようである。単に気の強い女性が苦手なのだろう。一方、流ノ介のことは格下とまでは思っていないが、同格だと思っているようだ。それでダイゴヨウは流ノ介にタメ口となる。しかも「流の字」などと、かなり気安く呼び掛ける。

しかし、流ノ介は真剣そのもので「しっ!・・・勘付かれる・・・」と、ことはとダイゴヨウの言葉を制して、近くの茂みに身を潜める。なんと、その外道衆もこの中庭にやって来ているようなのだ。ことはもダイゴヨウを抱えて、慌てて流ノ介に続いて茂みに隠れる。そして2人は茂みからそっと中庭を覗く。
小声で「あいつだ・・・」呟き、流ノ介は渡り廊下を歩く人影を視線で指し示した。その人影は恵里であった。「・・・え・・・?」と、ことはは目を疑った。恵里が外道衆など、考えられない。「まさか・・・?」と、ことはは流ノ介が何か勘違いしているのではないかと思った。しかし流ノ介は確信を持って「そのまさかだ・・・うちのクラスでは、あの子だけが外道衆の術にかかっていない・・・おかしいとは思わないか?」と、ことはに説く。
流ノ介のここまでの推理の外れっぷりを知っている視聴者から見れば、この流ノ介の思い込みの激しそうな推理はどうも怪しいものだということは分かるのだが、ことはは流ノ介の失敗は知らないし、流ノ介のことを立派な侍だと尊敬しているので、そのように説かれると、いちいち尤もらしく思えてしまう。
実際、ことはのクラスで術にかかっていないのがことは以外では恵里だけであるのは事実で、どうして恵里だけが術にかかっていないのか、不可解であるのは確かだ。さっき流ノ介が行ったクラスは全員が術にかかっていた。ことはのクラスだってことはを除く全員が術にかかっていてもおかしくなかった。それなのに恵里だけが無事なのは、不自然だと言えた。
「・・・つまり、あの子が外道衆だから!・・・なるほどねぇ!」とダイゴヨウも流ノ介の推理に感心する。そう、つまり、恵里自身が外道衆が化けた姿なのだから、恵里だけが術にかかっていない。それが流ノ介の推理だった。ことはもその推理には説得力は有るように思えて、ショックを受けて黙り込む。あんな風にノートも貸してくれて、本当の友達になれたと思っていたのに、まさかあの恵里の態度が嘘だったなんて、ことはには信じられなかった。

いや、しかし・・・と、ことはは考える。友情を感じていたなんて言っても、嘘をついていたのはことはだって同じことなのだ。もともと嘘が前提になって生まれた友情である。いや、嘘をついていたことはが勝手に友情を感じて自分の気持ちを慰めていただけなのかもしれない。嘘をついておいて友情を語ること自体がおかしいようにも思えた。ことはが嘘をついているのと同じように、恵里がことはに嘘をついていても何らおかしいことはないのだ。ことはは学校で友達など出来たことがなかったため、初めて友情を感じたクラスメートに裏切られたかもしれないと思うと、気持ちが混乱した。
いや、普通の状態のことはならば、流ノ介が何を言おうとも、自分に接してくれた恵里の印象だけを冷静に判断することが出来たのであろうが、恵里がなまじ親切にしてくれたものだから、「恵里を騙している」という罪悪感にことはが捉えられており、その罪悪感を相殺するという意味で、無意識的に「恵里も自分を騙しているのかもしれない」という考えにことはは引っ張られてしまったのだといえる。
そのため、ことはは恵里に騙されているのかもしれないと思い、それによってもたらされる虚無感や絶望感を恐れた。昔、学校で苛められていた暗い記憶を思い起こさせるものであったからだ。そのため、ことはは、恵里が自分を騙していたのかもしれないという可能性と正面から向き合うこと自体を恐れた。

そうして、恵里を追いかけていこうとする流ノ介の腕を掴んで、ことはは「待って!恵里ちゃんが外道衆のわけない!」と引き止めたのだった。その上で、いきなり「そや!流さんの服についてるかもしれへん!」と言うと、「出てこい外道衆!」と叫んで流ノ介の背中をさすり始めた。
流ノ介はことはがいきなりワケの分からないことを言い始めたので呆気にとられていたが、背中をさすられて、あまりにこそばゆくて我慢出来ず笑い出す。「くすぐったい!ちょっと、ことは・・・!」と、身体をさするのを止めさせて、慌てて流ノ介は恵里の姿を探すが、ことはと揉み合っているうちに恵里の姿を見失ってしまった。
いくらなんでも、自分の服に外道衆がついていれば流ノ介でも気付く。少なくとも外道衆が何か術を使えば気付くはずである。だから流ノ介やことはの服に外道衆がついていることは有り得ないし、もしついていたとしても術を使えないから、こんなに被害が拡大しているはずはない。そんなことはことはだって分かっているはずである。なのに、どうしてこんな見当違いのことを言い出すのかと流ノ介は呆れた。おかげで恵里を逃がしてしまった、と少し流ノ介は腹が立った。

ことはももちろんそれは分かった上で、単に流ノ介が恵里を追いかけるのを止めさせようとして、時間稼ぎで背中をさすったのだ。そもそも本当に恵里が外道衆でないと確信しているのなら、直接確かめればいいのである。確かにそれをすれば、もし恵里が潔白だったとしてもことは達の正体はバレてしまうが、もはやここまで状況が悪化して学校自体が機能していない状態となっては、今さらことは達の正体を隠す意味すら無い。だから、さっさと恵里のところに行って外道衆であるのかないのか糺せばいいのだ。
結局、ことはは「恵里が外道衆なのかもしれない」「自分は騙されていたのかもしれない」と心の底で思ってしまっており、その事実が決定的なものとして突きつけられることを恐れて、それと向き合うことを回避しようとしている。それで流ノ介を無意識的に足止めしてしまっている。
ただ、ことはは自分の心の奥底のそうした恐れには気付いておらず、自分はあくまで恵里の潔白を信じているからこそ流ノ介を止めているのだと思っている。それで、恵里が歩いていった方向に駆け出していこうとする流ノ介のところにまた駆け寄って「せやから、恵里ちゃんと違うって!」と、怒ったような声を出して、ことはは流ノ介をなじる。
ことはが流ノ介に対してここまで感情を剥き出しにして怒るのは初めてである。いや、そもそもことはが外道衆を相手にした時以外で怒ること自体が極めて珍しい。ことは自身もそうした自分は驚きであったが、どうしてそんなに感情が昂ぶっているのか、自分でも分からなかった。それは、心の奥底にある「事実を知ること」への恐れから発するものであったのだが、ことはにはこの時点ではそれは分からなかった。

流ノ介も、ことはが怒る姿は驚きであったが、それはあくまで恵里のことを信じようとしているからなのだろうと受け止めた。クラスで仲良くしていたようだから、ことはは友情を感じて、恵里をあくまで信じたいのであろう。しかし、それは侍として甘すぎると流ノ介は思った。
(外の世界での友情など侍には不要)と流ノ介は思った。自分たちは今、外道衆と戦うために侍として招集されている。侍は外道衆との戦いに赴く時は、親兄弟友人とも縁を断ち切るのが掟だ。彼らを戦いに巻き込まないためだ。だから、流ノ介自身、外界での友情を断ち切って志葉家にやって来ているのだ。それは断腸の想いであったが、侍はそれに耐えなければならない。情に流されてはいけないのだ。友情よりも使命を優先する。流ノ介にとっては、それが侍の当然の姿であった。
そういう流ノ介から見れば、ことはの態度は(何を甘いことを・・・)と思え、流ノ介はことはをキッと睨んだ。ことはも流ノ介を睨み返す。そこにダイゴヨウが「・・・お二人とも〜・・・言い合ってる場合じゃないのではぁ?」と口を挟む。一番冷静なのは意外にもダイゴヨウだった。
ダイゴヨウは、とにかく早く恵里に事情を聴くのがこの際手っ取り早いだろうと思っている。まぁダイゴヨウ自身、流ノ介の推理に納得して、ほとんど恵里を外道衆だと決めつけているのだが、こんなところで流ノ介とことはが言い合っていても仕方ないと思えたのだ。
流ノ介もダイゴヨウに言われて、確かにここでことはを説教していても時間の無駄だと思い、恵里を追うことにした。今はもう学校全体が外道衆の術の前に屈しようとしている寸前であり、事態は一刻を争うのだ。
流ノ介が駆け出していったので、ことはも後を追った。ことはもダイゴヨウの一言で少し頭が冷めて、今が非常時だということは思い出し、流ノ介と揉めていてはいけないと思い直したのだ。それで流ノ介に従って駆けていくことにはしたが、かといって恵里が外道衆だと認めたわけではない。いや、認めたくなかった。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:42 | Comment(0) | 第三十幕「操学園」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

第三十幕「操学園」その1

第三十幕「操学園」その1
今回もメインライターの小林靖子はお休みで、前回の大和屋暁に代わって、今回はもう1人のサブライターである石橋大助の登板となる。石橋は第十五幕以来、「シンケンジャー」では2つ目の担当エピソードである。
前回、第二十九幕の大和屋回が一見ギャグ中心でメインストーリーとはあまり関係ない話のように見せかけて、実は「シンケンジャー」の物語の核心に触れてくるような裏テーマを隠していたのとは対照的に、この石橋脚本の第三十幕は、メインストーリーとはあまり関係無い独立性の高いエピソードである。
各自のキャラ設定も皆、コミカルな感じになっている。ただ本筋はギャグ話というわけではなく、いかにも戦隊シリーズらしい、事件を解決していく明快なヒロイズムに満ちたストーリーになっている。割と気楽に楽しめる、あまり裏に深いテーマを仕込んだりはしていないエピソードと言っていい。
第十五幕も、それから後に出て来る第三十七幕もそうなのだが、「シンケンジャー」における石橋脚本回は基本的にこういうテーマ性の低い素直に楽しめる話である。その点、裏テーマを仕込んでいたりする大和屋脚本回とは趣が対照的だといえる。

簡単に言えば、今回の話の筋は、流ノ介とことはの2人が学園に潜入捜査して外道衆の企みを打ち砕くという話で、それが基本はサスペンスタッチで、そして時にはコミカルに非常にテンポ良く描かれる。というか、謎が解き明かされるシーンの直前までの2人の空回りっぷりはほとんどコメディと言ってもいい。
本人たちは大真面目なので基調はサスペンスなのだが、それが大真面目な分、余計に見た感じはほとんどコメディとなる。大真面目がコミカルに見えてしまうキャラとして、シンケンジャー屈指のボケキャラのこの2人を中心に話を進めて行くのは狙いとして大当たりと言える。
ただ、この2人のうち、流ノ介はむしろ場を掻き回してストーリーを引っ張り回す役割を果たしており、ちゃんと心情が描かれていることはの方がこのエピソードの実質的な主役だと言っていいだろう。その心情も、さほど深く物語の核心に触れるものではなく、基本的には単に人を守るということの重みを改めて知るというような感じである。
なお、2人にくっついて潜入するダイゴヨウも良い味を出しており、初登場以来、これで3回連続エピソード内においてメインキャラを張っている。まぁ一種のダイゴヨウ販促キャンペーン期間でもあるのであろう。そのダイゴヨウの大活躍は巨大戦で最高潮に達し、ここはダイゴヨウ中心に完全にコミカル描写となり、丈瑠のキャラまで崩壊するので一見の価値ありである。

まず今回の冒頭のシーンは、いつもの志葉屋敷やゴールド寿司ではなく、見慣れない学校のシーンから始まる。校門の看板には「私立鷹白学院」と書いてある。どうやら高校のようであるが、この高校のとある教室でメガネの中年男性の担任教師が転入生の紹介をしている。その女生徒はいかにも転入生という雰囲気で堅くなって黒板の前に立っている。少し野暮ったいが瞳が印象的な可憐な美少女である。しかし、ことはによく似ている。と言うより、ことはにしか見えない。
「今日からみんなと一緒に勉強することになった転入生の・・・」と言いかけて担任教師は言葉に詰まる。名前を忘れたらしい。すかさず女生徒は自分で「花織です・・・」と小声で言う。それを聞いて担任も名前を思い出して「花織ことはさんだ」と紹介する。やはり、転入生の女生徒はことはであった。ことはは緊張した面持ちで「よ、よろしくお願いします!」と、クラスの生徒たちに向かいお辞儀する。
しかし、これは不可解なことで、ことはは確かに高校生ぐらいの年齢だが、京都に居た頃も竹細工の職人をやっていて高校には通っていなかったはずだ。ましてや今は侍として戦いのために招集されている身で、呑気に高校に転入するはずもない。

更に驚くべきは、担任教師がことはの紹介に続いて「そしてもう一人、今日から教育実習生としてこのクラスにいらっしゃった・・・」と言って紹介したのが、メガネをかけてスーツを着ているが、どう見ても流ノ介なのである。
教育実習生として紹介された若い男は黒板の前に立ち、黒板いっぱいを使って大きく「池波流ノ介」と書きなぐり、生徒たちの方に向き直ると、教卓をバン!と叩き、爽やかに笑い「池波流ノ介です!不束者ですが、皆さん!精一杯頑張ります!」と元気に言うと、大きくお辞儀した。その勢い余って流ノ介は教卓に額をドン!と激しくぶつける。
やはり実習生は流ノ介であったが、異様なハイテンションで、まるでアホである。いきなり教育実習生がこんなボケをかましたら、生徒たちは思わず笑ってしまうだろう。実際、教室内では流ノ介の奇矯な行動を見た生徒たちの笑い声が起こった。
流ノ介は照れ笑いしたような顔を見せつつ、しかし素早く教室内を見渡し、生徒たちの様子を観察していた。(半分近くの生徒がまるで人形のように覇気が無い・・・やはり変だ・・・)と心の中で呟き、流ノ介はさっと暗く視線を落とす。確かに流ノ介の観察した通り、教室内で笑っている生徒はさほど多くなく、半分近くの生徒は無反応で、流ノ介のことも眼中にない様子である。どうもボ〜ッとして生気が無い状態で座っている。
少し考え込む流ノ介に担任教師が「・・・大丈夫かね?池波センセ・・・」と声をかける。したこま教卓に頭をぶつけたことを心配しているのだ。流ノ介は平気だとアピールするように「ハハッ!」と笑うと「戸塚先生・・・あの・・・ずいぶんと大人しい子ばかりですね?」と小声で話しかける。
すると、どうやら戸塚という名であるらしい担任教師は、「ああ〜・・・前は学校一うるさいクラスだと言われてたんだが、ここ最近、急に静かになってねぇ・・・」と笑いながら話す。世間話のような内容なのだが、流ノ介の目が鋭く光る。「・・・まぁ私としては仕事がやりやすくなって、嬉しい限りだよ・・・」と冗談めかして笑う戸塚先生に向かい、流ノ介も調子を合わせて「ハハハハ!」と笑い返す。
その2人の様子を隣に立つことはがじっと見つめる。流ノ介はことはの方にふっと一瞬、目配せする。その目は笑い顔から一変して既に真剣な光を帯びている。ことはも真剣な目を流ノ介に目配せし、周囲に気付かれないようにかすかに頷く。流ノ介も同様にかすかに頷き返した。

その頃、志葉屋敷のいつもの座敷では、千明が落ち着きなくウロウロしていた。「あ〜・・・あいつら、大丈夫かなぁ?」とそわそわして何か心配して落ちつけないようだ。「千明がそわそわしてもしょうがないでしょう?」と茉子がウンザリしたように咎めるが、千明のそわそわした態度は収まらない。「そうだ!ど〜んと心を構えんか!全く侍として情けない・・・」と彦馬も呆れ果てた様子で千明を叱るが、彦馬も何やら心配顔ではある。
丈瑠は彦馬の横でいつもの殿の座所で座って腕組みしながら「・・・心配なのは分かるけどな・・・2人居ればなんとかなるだろ!」と千明を諭す。それでも心配が収まらない、いや、ますます心配になった千明はいても立ってもいられず「わああああ!」と喚いて小走りするが、それを「落ちつけ千明!」と源太が組み止めて「・・・しっかし、外道衆のヤツら、何考えてんだろうなぁ・・・?」とぼやく。丈瑠は答えられず、黙って視線を落とし、「さぁな・・・」と呟きつつ、ここに至る経緯を頭の中で再び整理した。

事の発端は昨日のことである。街にナナシ連中が出現してシンケンジャーが出動して対処した。その場に居た人々は逃げていったのだが、高校生風の制服を着た若者たちの一団だけが逃げずに戦いの場に突っ立ったままだったのだ。丈瑠らが逃げるように言っても、無表情で返事もせず立ったままなのである。ナナシ連中が刀を振り回して暴れている真っ只中なのである。ちょっと考えられない事態であった。
しかもナナシ連中は彼らを盾にして戦うような素振りさえ見せ、彼らもナナシ連中とシンケンジャーの間を横切って歩いたり、とにかくシンケンジャー側からすると斬り合いの邪魔でしょうがなく、上手く戦えなかった。おかげで結局、ナナシ連中には隙間に逃げ込まれてしまい、あまり戦果は上げられなかった。
不思議なことに、ナナシ連中も目の前で棒立ちになっている彼ら学生たちに危害を加えようとはしなかった。むしろ巧みに彼らの動きと連携しているような動きをしており、彼らが邪魔で戦いに集中出来なかったシンケンジャーとは対照的であった。明らかに彼らは外道衆側に立っているように見えたのだ。そして彼らはナナシ連中が消えた途端、一斉に無言でその場から立ち去っていった。
目の前で激しい斬り合いが繰り広げられていたというのに、まるで何事も感じていないかのように無表情なままであった。明らかに異常であった。外道衆の術で操られているのかもしれない。しかし、何故学生ばかりなのか。見てみると男女それぞれ皆同じ制服を着ているように思えた。そこで彼らの持っているカバンを見てみると、皆「私立鷹白学院」と書かれていた。

「あの学校が怪しいのは間違いない・・・」と、昨日の出来事を思い返して丈瑠が呟く。茉子もそれに応えて「まぁね・・・ナナシ連中がいるのに逃げ出さないなんて、どう考えてもおかしいもんね」と言う。その傍でまだ千明は落ち着きなくウロウロし「ああ〜あ!やっぱ俺が行きゃよかったよぉ!」と喚く。溜息をついて千明の様子を見ながら、丈瑠もそれも仕方ないとも思った。まぁ千明が心配するのも当然だった。
鷹白学院が怪しいと思った丈瑠は、黒子に命じて鷹白学院について調べさせたが、特に怪しい点は無い。しかし、やはり外道衆が秘かに鷹白学院で何かを仕掛けているに違いないと判断した丈瑠は、即刻誰かを内部に潜入させて調査させることにした。その場で外道衆との戦闘も十分予想される状況であるから、黒子というわけにはいかない。やはりシンケンジャーの誰かが潜入するべきであろうが、他で外道衆が出現する可能性もあるのだから全員が潜入して身動きが取れなくなるのもマズい。
指揮官として丈瑠は屋敷に残るべきであるし、まだ右肩の怪我が完全には治っていない。そうなると残り5人のうちの誰かということになり、まぁ丈瑠と共に緊急対応用に残る人数も必要だし、潜入調査を外道衆に気付かれないためにも、潜入者は2名ぐらいが妥当であった。
ただ学校といえば男女でそれぞれ立ち入れない領域がハッキリ分かれているものだ。だから潜入する者は男女ペアが望ましい。そして出来れば1人は生徒役、1人は教師役が良い。生徒と教師とでも立ち入れるテリトリーは分かれているからだ。そうなると見た目年齢的に、流ノ介とことはのペアか、源太とことはのペア、茉子と千明のペア、この3通りの中から選ぶしかない。
まぁ流ノ介たちもさすがに正規の教師には若すぎるので教育実習生ぐらいが適当であろう。この教育実習生役というのが潜入ペアのリーダーということになるので、まずこちらの人選の方が大事であった。よって、まずこちらを決めることになったのだが、丈瑠は流ノ介を選んだ。
流ノ介自身が非常に乗り気であったこともある。もともと役者の流ノ介は他人になりすますのは得意なのだという。確かにそれはそうであり、丈瑠もそこは買った。それに腕も家臣の中で一番立つし、冷静な判断力もある。その冷静さという点、源太はちょっと不安であったし、教育実習生に見えるかどうかも不安だった。
茉子でも申し分は無いのだが、やはり流ノ介の方が良いと丈瑠は思った。流ノ介は稀代の忠義者だが、実際は権限を与えて自由にやらせた方が力を発揮するタイプであった。一方、茉子は一見忠義者には見えないが、補佐役として非常に優れていた。茉子は傍に残しておいて、流ノ介を潜入させた方が良いと丈瑠は判断したのだった。そうなると必然的に生徒役はことはになる。流ノ介を教育実習生、ことはを転入生として至急、鷹白学院に潜入させるというのが丈瑠の下した決断であった。

しかし千明はこの2人のペアに不安なようである。千明から見れば、確かに2人とも腕は申し分ないが、流ノ介は柔軟な思考が出来ない堅物で、ことはは一人にしておくのはまだ不安であった。
第二十七幕の時、千明とことはは2人きりで戦い勝利し、あれによって2人とも自信を深めてはいたが、あの時も2人のパートナーシップでの勝利であった。ことははまだ一人では自信がなかなか持てないはずだと千明は思っている。それは千明がことはの姉への根深いコンプレックスを知っているからであった。ことはの場合、まだ誰かが一緒に戦って精神的にフォローした方が安全だと千明は見ている。その点、流ノ介のような使命一直線の視野の狭い人間がことはのことをちゃんとフォロー出来るのか千明から見ると疑問であったのだ。
しかし丈瑠はことはは完全に独り立ちしたと安心している。第二十二幕の時に自分に依存せずに危機に対処したことはを評価しているのだ。しかし、あの時のことはは丈瑠への思慕の情ゆえに作戦を思い付いたのであって、朴念仁の丈瑠はそれを知らないので、ことはの内面がいまひとつ分かっていない。
このように根本的に丈瑠と千明の認識にはズレがあるのだが、まぁ丈瑠もことはの天然ボケぶりや流ノ介のたまに見せる意味不明な行動は承知しているので、千明の不安も理解出来なくもない。いや、彦馬も茉子も源太も同じように不安に思った。ことは自身も不安であった。平気なのは流ノ介ぐらいなものであった。
まぁ、あるいはベストの人選ではないかもしれなかったが、潜入ペアに全てを賭けるわけではないのだ。あくまで調査が主任務なのだ。これでいこうと丈瑠は決断した。そこで丈瑠は皆の不安を鎮めるために、流ノ介にはインロウマルを預け、ことはには源太に頼んでダイゴヨウを預けて同行させることにしたのだった。
「だ〜か〜ら〜!心配しすぎだって!ちゃ〜んとダイゴヨウもつけといたからよぉ!」と、源太が不安がる千明の肩を叩いて自信満々に言ったのはそういうわけであった。源太はダイゴヨウならばきっと2人の役に立つはずだという自信があるようだ。
このように、冒頭のシーンでことはと流ノ介がいきなり鷹白学院に転入生や教育実習生として現れたのは、潜入調査のために偽装してのことであったのだ。そうなると、担任教師がことはの名前を忘れたりしていたのも、あまりに急な転入であったからであろうし、流ノ介が教卓に頭をぶつけたりして笑いを取ったのも、クラスの生徒の反応を確かめるための計算づくの行動であったということになる。まぁ流ノ介の場合、普段からして奇行が多いので計算づくなのか素なのかイマイチ分かりにくいのだが。

それにしても、昨日の今日でいきなり転入手続きや教育実習生としての赴任などを実現出来るというのも、なかなか凄いことである。これはやはり志葉家の持つ力であろう。
志葉家はこれまで見てきたように警察権力に介入したりするような行政的な執行権などは持っていない。おそらく昔、江戸時代に領主だった頃はそういった強制的な権限も持っていたのであろうが、さすがに明治維新以降は中央政府が行政を一元管理する時代なので志葉家はそうした権限は振るえなくなったのであろう。
ただ、それでも江戸時代に志葉家が公儀隠密みたいな感じで外道衆退治の仕事をしていたことは半ば公然のことで大名仲間では知る人ぞ知ることであったろうから、明治以降も新政府でも志葉家の件は把握されていたであろう。現在ほど件数も多くなかったであろうが、外道衆の事件も明治以降も常に一定数は発生しており、それに対処出来るのが志葉家だけであった以上、新政府としても志葉家の活動は黙認し、特定のルートで繋がりは持ち、一定の便宜は図るようになったと思われる。
よって、志葉家が直接に鷹白学院に圧力をかけたりすることは出来ないと思われるが、流ノ介やことはの身分を偽装する書類の発行を役所にしてもらったり、彼らを転入生や教育実習生として急遽受け入れるようにと教育委員会や文科省などを通じて鷹白学院に間接的にそれとなく圧力をかける程度のことは出来たのであろう。
なお、鷹白学院側に事情を話して協力してもらうという手段は今回は志葉家としてもとっていない。どうやら外道衆が公然と活動しているようではないようで、学校側も外道衆の存在には気付いていない。いきなり外道衆の話をしても信じてもらえないであろうし、かえって変に怪しまれて2人が動きにくくなってしまう。また外道衆に2人の正体がバレる危険もある。だから、あくまで2人は普通の転入生と教育実習生として学園に潜入することになる。つまり現場ではお互い同士しか協力者はいないという状況だ。

さて実際、流ノ介とことはの2人は鷹白学院に潜入して何を調査するというのか。
まずは鷹白学院の生徒たちの様子であった。あの戦いの場に居た生徒たちと同じような夢遊病者のような状態の生徒が存在するのか。また居るとすればどれぐらい存在するのかである。これについては実際にクラスや校内の様子などを見て確認することになる。流ノ介がさっきわざと笑いを取ったりしたのもその一環である。その結果、やはりこの学校にはあの時の生徒たちと同じような夢遊病のような状態の生徒が半分近く存在していることが分かった。
また、この校内の異常が始まった時期や経緯などに関する情報も収集せねばならない。そのために先ほども流ノ介は戸塚先生に質問していたのだ。その結果、この異常が生じたのはここ最近、つまりこの1週間以内のこと、おそらく数日で急にこのような状態になったのだ。これは普通では考えられないことであった。やはり、あの時のナナシ達の動きとも考え合わせて、裏で外道衆が関与していると考えた方がいい。
そうなると校内で外道衆を捜さねばならない。ことはも校内をいろいろと探って回りたいのだが、生徒として潜入している以上、ちゃんと授業を受けないといけない。転入早々、授業を抜け出してサボるわけにもいかないのだ。それで気は焦りつつも、ことはは先ほどの朝のホームルームの後、大人しく教室の席に座って世界史の授業を受けている。
すると、ことはの机の横にかけたカバンの中からひょっこりとダイゴヨウが顔を出して「あの〜・・・ことはちゃん?何時まで隠れてりゃいいんですかい?」と訊ねてくる。ダイゴヨウは学校というものをよく知らない。潜入に成功したらさっそく校内を調査して回るものだと思って張り切っていたものだから、いきなりじっとカバンの中で待機する羽目になったことが納得出来ないのだ。
「ちょっ・・・まだあかんて!今、授業中やねん・・・」と、ことはは焦ってダイゴヨウに小声で言い聞かせつつ、カバンの中に押し込む。ダイゴヨウの姿を他の生徒に見られたら怪しまれてしまう。それは避けねばならなかったのだ。どうもダイゴヨウは、前回も平気でいろいろな会社の面接を受けたりしているように、自分が普通の人から見ると怪しい存在だということがよく分かっていないようである。

そうやってことはが席でゴソゴソしていると、「そこ!うるさい!」と世界史担当の女教師の怒声が飛んできた。ことはは思わず立ち上がり「ご、ごめんなさい!」と頭を下げる。しかし女教師はことはのことを怒っていたわけではなかった。「ほら!そこ!何やってんの!」と女教師が指差したのは、ことはとは全く違う方向、教室の後ろにある掃除用具などを入れるロッカーの方向であった。
そこでは何やらスーツを着た男がロッカーの中を覗きこんでゴソゴソと中を探っている。授業の最中にこれはあまりにも怪しい行動である。自分が叱られているのだと気付いて振り返った男は流ノ介であった。流ノ介は皆に注目されていることに気付き、慌ててロッカーの中に入り込んでしまう。
「池波先生!あなた、そこで何してるの?」と女教師は驚く。大人しく教室の後ろで授業を見学しているはずの教育実習生がいったい何をしているのかと、目を疑ったのである。流ノ介は流ノ介で教育実習生というものがどういうものか実は急なことでよく分かっていなかった。こんなに拘束時間が長いとは思っておらず、一向に調査に取り掛かれないことに焦ってしまった。それで授業中、教師の目を盗んでこっそりとロッカーの中を調べていたところ、叱られてしまったのだ。
このままでは怪しまれてしまうと思い、流ノ介は焦って「いや、ハハハ・・・あの、その・・・」と笑って誤魔化そうとするが、何も言い訳が思いつかないので、とりあえず「申し訳ありませんでした!!」と深々と頭を下げて謝った。なんともカッコ悪い。またもや生徒たちに笑われてしまった。しかし、どうして流ノ介はロッカーの中など探っていたのか。

流ノ介とことはは外道衆をこの学園内で捜しているのだが、そもそも「外道衆を捜す」という作業自体がシンケンジャーとしてはあまり馴染みのある作業ではない。何故なら、普段は外道衆がスキマセンサーに反応して、それからシンケンジャーは出動して対処することが多いからだ。スキマセンサーの反応の無い場所で「ここに外道衆が居るに違いない」と見当をつけて捜すというのは、あまり経験は無いのだ。
今までで言えば、似たような例は第八幕の薄皮太夫の時や第二十二幕のウラワダチの時ぐらいであろうか。しかし、第八幕の時は敵の狙いが明確だったので罠を仕掛けることが出来たし、第二十二幕の時はアヤカシの気配は掴んでいた。今回は敵の狙いもよく分からないし、気配もしない。ただ、この学校で何かをしているらしいというだけしか分かっていない。非常に漠然とした状態なのだ。
そこで、まずは外道衆の痕跡を捜すことになる。外道衆そのものの姿を確認出来ればそれに越したことはないが、なかなかそうはいかないであろう。となると、スキマセンサーの端末の状況を確認していくことになる。

スキマセンサーは志葉屋敷の座敷に設置されている受信機能を備えた本体と、各所の隙間に結び付けられた端末とから構成されている。隙間を通って外道衆がこの世と三途の川の間を移動すると、その隙間の端末がちぎれて落ちて、それを屋敷の本体が感知して鈴を鳴らし、おみくじ棒でその場所を示すシステムになっている。
だから、この学校に外道衆が現れているなら隙間を通って出て来ているのだから、普通はスキマセンサーに反応しているはずなのだが、そのような反応は起きていない。そうなると考えられる可能性は2つである。
まず1つ目は、第十九幕でシタリが使っていたスキマセンサーを無効化させる護符を使用している場合である。あの護符はあれ以来それほど使われていないようだから、そんなに多くは存在しないのであろうが、今回スキマセンサーの反応無しにこの学校に外道衆が出入りしているとしたなら、あの護符が使われている可能性はある。
もし、あの護符が使われているなら、何処か物陰にでもあの護符が貼り付けてあるであろうし、何処かの隙間に設置されているスキマセンサーの端末が千切れて落ちているはずだ。そういった痕跡が無いかどうか、流ノ介はロッカーの中などの隙間を探っていたのである。

また、もう1つの可能性であるが、外道衆がスキマセンサーの設置されていない隙間を通ってこの学校に出て来ている場合というのも有り得る。
この世に隙間は数限りなく存在し、間断なく生み出され続けている。その全てにスキマセンサーの端末を仕掛けるというのは大変である。志葉家は暗黙のうちに政府によってかなりの便宜を図ってもらえる立場であり、実質的にずっと無税待遇を受けている。もともと領主であったのでかなりの固定資産を有しており、それがほぼそっくりそのまま残っている。その不動産収入だけでもかなりの額となり、これを運用して巨大な財をなしている。おそらく日本でも有数の富豪であろう。その厖大な財力のほとんどを投入して、志葉家は黒子組織によるスキマセンサーの探知網構築事業を日々継続しているのだ。
それは当主の丈瑠の名のもとに行われているが、実質的に仕切っているのは彦馬である。そうして構築した探知網から上がってくる情報に従って出動する実力部隊が丈瑠率いるシンケンジャーなのである。つまり志葉家の事業のほぼ全てがその探知網構築に占められていると言っても過言ではない。そのため、普通では考えられないほどの緻密さ徹底さで、スキマセンサーの端末は各所の隙間に仕掛けられていっている。おそらく外道衆の出現の多い首都圏に関しては固定して存在している隙間にはほぼ全て、端末が設置されているであろう。
ただ、一時的に存在している隙間や、出来たばかりの隙間には端末が仕掛けられていない、探知網から洩れたものも多くある。たまたまそういう隙間を通って外道衆が出入りした可能性はあるのだ。だから、校内の隙間でそういう洩れのある隙間を探し、もしそういう隙間があれば、今からでも端末を設置していくのも、こうして校内に潜入した2人の任務でもある。今からでも設置すれば、外道衆が引っ掛かる可能性はあるからだ。
これらは黒子でも務まる任務ではあるが、とにかく外道衆と出くわす可能性が高いのが最初から分かっている場所である以上、モヂカラで戦えるシンケンジャーのメンバーが行く方が安全というものだ。流ノ介がロッカーの中を探っていたのは、これらの確認作業や設置作業を行うためであった。

ことはも時間を見つけてそれらの作業に取り掛からねばならないのだが、授業中は自由に動くことが出来ない。とりあえず自分が女教師に叱られたわけではなく、怪しまれてもいないと知って、ことははホッとして席についた。
その時、ことはの隣の席の女生徒がじっとことはの顔を見て、それから、ことはのカバンを指差して「・・・それ、何?」と小声で話しかけてきた。ことはは「えっ?」と驚いた。女生徒は先ほどカバンから姿を覗かせていたダイゴヨウを見ていたのだ。ことはは焦った。まさか正直に事実を言うわけにもいかない。これは潜入捜査であるし、変に任務に巻き込むと相手を危険に晒すことにもなるからだ。しかし、このまま答えなければ怪しまれてしまう。
何とか上手く誤魔化さねばならないと思い、「え〜っと・・・」と、何かカバンに入っていて不自然でないものを考え、咄嗟に「・・・お弁当!・・・そう!お弁当箱なんです!」と答えた。女生徒は目を丸くして「・・・すっごいね!」と驚く。あまりに弁当箱としては大きいように思えたので、ことはが見かけによらず大食漢なんだと思ったのである。ことははそう思われているとは知らず、何か褒められたと思い、ニッコリ笑って「はい!」と応えて頷く。
ことはの笑顔を見て、女生徒もニッコリ笑い「あっそうそう・・・あたし、高橋恵里!よろしくね!」と挨拶する。ことはも嬉しそうに笑い「はい!こちらこそ、高橋さん」と言うと、高橋さんは「恵里でいいよ、ことはちゃん」と言う。2人はクスッと笑い合った。
ことはは潜入調査のために偽装入学して、こんなに親しげに扱ってもらえるとは予想していなかったので、少し驚いたが、とても嬉しくなった。考えてみれば他の生徒から見れば、ことははごく普通の転入生なのだから、親切に接しても当たり前のことであった。ことはは任務をこなさねばならないという意識が強く、少し周囲に溶け込むことが疎かになっていたようだ。
というより、もともと、ことはは学校で周囲に溶け込むことが得意ではなかった。京都で通っていた小学校や中学校でも、不器用で気の弱いことはは周囲から苛められたりして、あまり学校に馴染めなかった。だから高校は行かず、侍修行と実家の家業の竹細工に専念していた。それでも内心、学校の友達と楽しくお喋りしたりする生活に対する憧れはあったので、こうして侍としての任務の仮初の学園生活とはいえ、親しくお喋りする相手が出来たことが素直に嬉しかったのだ。

ただ、恵里の方も、ことはに親しげに話しかけたのは、単にことはが気に入ったからというだけではないようだった。授業中ということもあり、また、周囲にあまり聞かれたくないようでもあり、恵里はぐっと身を乗り出してことはに顔を近づけて「・・・ねぇ・・・ビックリしたでしょ?リアクション少なくて・・・」と、チラチラと周囲を見ながらヒソヒソ話しかけてくる。
ことははハッとして任務のことを思い出した。生徒の謎の無気力状態のことを恵里は言っているのである。やはり恵里もこの状態を異常だと認識しているのだ。「みんな真面目になっちゃってさ・・・ホント、どうしたんだろ?」と不思議そうに恵里は愚痴る。どうも恵里が親しげにことはに話しかけてきたのは、クラスの友達が皆、元気が無くなってしまって面白くなかったので、転入生でまともそうなことはに興味が向いたからのようである。
ことはは恵里の言葉を聞いて、この状態は生徒たち自身にも異常な状態と認識されており、まだ正気を保っている生徒たちの間でも原因が何なのか見当もついていないことが分かった。つまり、校内で何も異常は確認されていないということだ。よほど外道衆が秘かに行動しなければ、誰かに目撃されるはずだが、何も目撃はされていないようだ。そうなると、よほど秘かに行動しているのだろう。だが、それでここまで大量の、およそ校内の半分ほどの生徒を自己の意識を奪われたような状態にすることが果たして可能なのだろうかと、ことはにはどうしても疑問であった。

さて、その頃、三途の川の六門船ではドウコクは相変わらず床に座り込んで酒をチビチビ呑んでおり、その前に立つシタリが、窓の外を眺めて突っ立っているアクマロに向かって「アクマロ!・・・ドウコクのために働いてくれるんじゃなかったのかい?・・・見ているだけじゃ三途の川の水は増えないよ?」と嫌味を言っていた。
1週間前、偉そうなことを言って送り出したドクロボウというアヤカシは、それなりに暴れはしたが、結局すぐにシンケンジャーに倒されてしまった。そんなに三途の川の水は増えなかった。あれほど自信満々で三途の川の水を増やしてみせると言っていたアクマロであるから、すぐに次のアヤカシでも連れて来るかと思いきや、あれから1週間、特に何の動きも無い。毎日、時々六門船にやって来ては無駄口を叩きながら窓から三途の川を眺めているばかりである。結局、アクマロなど口先だけの追従者でしかなかったのだとシタリは思った。こんな下らないヤツを信用したドウコクがどうかしていたのだと思い、シタリは呆れていた。
ところがアクマロは「心配御無用!」と余裕の態度で振り向くと、六門船の広間の端の方へ移動し「もう既に我の配下が動いておりまする!」と面白そうに両手を広げる。シタリとドウコクがどういうことかと思いアクマロの方を見ると、アクマロの背後に何者かが居ることに気付いた。何者かが六門船の端っこに座り込んで、何かをしている。
「こ・・・これは!?・・・何時の間に!?」とシタリは慌てた。まるで置物のようにじっとして、一匹のアヤカシが背中を向けて座っているのだが、何時からそのような者がいたのか、見当がつかない。「何だぁ?そいつはぁ・・・」とドウコクがアクマロに糺す。見慣れないアヤカシであった。もっとも、アクマロの配下のアヤカシは皆、見慣れないヤツばかりなのだが、ずっと座って気配も感じさせないで何か手だけ動かしてゴソゴソやっている。奇妙なヤツであった。ドウコクも少し気味悪さを感じたのである。
アクマロは「クグツカイにござります」とドウコクにアヤカシの名を答えるが、ドウコクが知りたがっているのはアヤカシの名前ではなく、何をしようとしているのかであることは分かっている。だがアクマロは「この船の一画をお借りして、面白き策略を練ってござります・・・」とだけ言って、具体的な作戦内容は言わなかった。「人間の悲しみ・・・一気に引き出す・・・お楽しみに・・・」と、そのクグツカイというアヤカシもブツブツと初めて口を開いた。
要するに、まだ作戦の準備段階のようである。だから、まだ成果は出ていない。成果が出るまでは作戦内容はもったいぶって言わないつもりのようだ。「今しばらくお待ちくださりませドウコクさん・・・果報は寝て待てと申しますれば・・・ホッホッホッホ・・・」と、アクマロは巧妙にドウコクの心理を誘導する。こうまで言われて「待てない」と言えば、ドウコクの器量が小さいということになる。
案の定、ドウコクは「・・・ま、好きにしな・・・」と貫禄を見せつけるように言い捨てて、また酒を呑むために席に戻っていった。そして、クグツカイの件についてはそれ以上は特に何も言わなかった。とにかくお手並み拝見しようと思ったのである。アクマロは「ホッホッホッホ・・・」と面白そうに笑う。内心ではドウコクとシタリの追及を上手くかわして時間稼ぎが出来たことをほくそ笑んでいた。作戦内容を言えば、もっと早くやるようにせっつかれる恐れがあったからだ。

アクマロはアヤカシを地上に派遣して三途の川増水作戦に従事させてもシンケンジャーと戦って倒されてしまう可能性が高いので、今回はクグツカイに地上に行かずに作戦の準備を進めさせている。それはなかなか時間がかかる作戦であったが、むしろ、その方がアクマロには都合が良かったのだ。
アクマロとしても三途の川増水作戦の方ばかりで忙殺させられて、配下のアヤカシを次々と消耗させられていくのは、あまり歓迎すべきことではなかった。アクマロが三途の川増水作戦を手伝うのは、あくまでドウコクに取り入って油断させるためであり、本来アクマロがやりたいことは別にあるのだ。そっちの方の準備でいろいろと調査などをしなければいけない。
だから、ここで三途の川増水作戦の方はわざとこうしてクグツカイに任せてペースダウンさせて、その間に自分はこそこそと動き回っているのである。そのことに気付かず、大物ぶって罠に嵌っていくドウコクを見て、嘲りの想いをアクマロは抱いた。

なお、もちろん、ここでアクマロやクグツカイに作戦内容を具体的に語らせていないのは、制作サイドの都合でもある。展開的に、このクグツカイの作戦が鷹白学院で起きている異常と何らかの関係があることは視聴者の目から見て明らかであり、鷹白学院の方のストーリーが謎解きミステリーの形をとっている以上、ここでそのネタばらしになるような作戦内容の詳細を語ってしまうわけにはいかないのである。それでアクマロやドウコクの性格設定を上手く利用して、このようにぼかすことにしたのである。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 19:08 | Comment(0) | 第三十幕「操学園」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

第二十九幕「家出提灯」その4

第二十九幕「家出提灯」その4
夜になって水切れを癒してドクロボウが再び出現したビル街は丈瑠たちの居た繁華街からそう離れた場所ではなかった。夜空に浮かび上がるビルの影の各所がいくつも爆発炎上していく。ビル街を飛び回るドクロボウの仕業であった。
地面に降り立ったドクロボウは「俺ってすっげえカッコいい!・・・うっとり!」と自画自賛である。そこに「御用でぇい!!外道衆!!」とダイゴヨウの威勢の良い声が響き、ドクロボウに向けて眩い照明の光があてられる。ハッとして光の方向を見るドクロボウの目に飛び込んできたのは、逆光の中でシンケンマルを肩に担いだシンケンレッドのシルエットであった。
シンケンレッド、すなわち丈瑠は「シンケンレッド、志葉丈瑠」と名乗りながら前へ進み出る。すると前から照らされた照明のあたる範囲に入り、その姿がハッキリと浮かび上がってくる。そして続いて今度は別の方向から強い照明がドクロボウにあたり、ドクロボウが振り向くと、同じように今度はシンケンブルー池波流ノ介のシルエットが浮かび上がっており、丈瑠と同じく逆光の中から名乗りを上げて前へ進み順光に照らされるという動きをなぞる。これを茉子、千明、ことは、源太と繰り返していく。

この一連の登場シーンは現実的には特に意味の有るシーンではない。「シンケンジャー」で初の夜間戦闘シーンということで、時代劇でよく使われる光の中を現れて名乗りを上げる様式美のシーンをやってみたというところだ。制作サイドがこのシーンをやりたいがために夜間戦闘という設定にしたのだとも言える。
ただ、この「光」を名乗り演出に用いるという趣向と、今回のエピソードにおいて「光」が重要なモチーフになっていることとは関係しており、そう考えると、このシーンをやりたいがために、今回のエピソードをダイゴヨウの家出話にしたのか、逆にダイゴヨウの家出話を象徴するシーンとして夜間戦闘時の光の中の名乗りシーンを考案したのか、どちらとも考えられる。
とにかく、6人とも普段の名乗りポーズとは微妙に違う、歩きながらの名乗りポーズを決めながら四方八方から現れ、気がつくとドクロボウを6人が円陣で包囲しながら迫り、丈瑠がシンケンマルをクルクル回しながら「天下御免の侍戦隊!」と言うと、ドクロボウを囲んだ6人が一斉に刀を剣舞のように回してドクロボウに突きつけて「シンケンジャー!!」と叫ぶシーンを真上から撮ったショットは、周りの夜の闇の中、円陣を組んだ6色のスーツだけが白い光の中で鮮やかに浮かび上がり、非常にカッコ良い。そして最後の「参る!!」はドクロボウに十手を突きつけつつ源太が言い、その手には赤く光るダイゴヨウが握られ、「御用!御用!!」と叫んでいる。
このカッコ良いシーンに負けじと、囲まれたドクロボウも「シンケンジャー・・・長きにわたる因縁の決着・・・今日こそつけさせて貰うぞぉ!!」と派手な身振りで応える。これにすかさず「何言ってんだ!今日会ったばっかじゃんか!」と千明がツッコミを入れ、「あいつは何か、それっぽいこと言いたいだけでしょ!」と茉子も冷たく突き放す。丈瑠も「・・・構うな」と、ドクロボウをシカト。自分達も大して意味の無い派手な登場の仕方をしておいて、結構酷い。まぁ実際、下らないお喋りをしている余裕はない。戦いはまた過酷なものになることが予想されるからだ。

ドクロボウは「出し惜しみは無しだ・・・一気に決めるぜ!俺、カッコいい!!」と叫ぶと、また大量の分身を出現させた。「ほうら・・・カッコ良くなっちまった・・・」と嘯くドクロボウであったが、もはやそれが本体なのか分身なのかもよく分からない。全部でやはり50〜60体ぐらいであろうか。
「また分身かよ!?」と千明は叫ぶが、丈瑠はこういう展開は想定内なので「全員を斬るつもりでいくぞ!!」と号令をかけ、ドクロボウの群れの中に斬り込んでいく。一人につき10体も倒せば全部倒せるはずであった。6人はそれぞれモヂカラを駆使した必殺技を繰り出し、およそ10体ずつぐらいのドクロボウを倒していった。
全てのドクロボウが消えたので、丈瑠たちは集まり「やったか・・・?」と呟くが、これはどうもおかしい。全部消えたということは、やはり全部が分身であったということだ。本体は倒していない。案の定、上空から「は〜ずれ!!」というドクロボウの声がして、見上げると「ここでした!」と言って攻撃してくる。
ところがこれが本体だけではなく何体もの分身も伴っているのだ。分身も含めた何体もの攻撃を避け切れず、6人は倒れ込んでしまう。地面に降り立ったドクロボウは勝ち誇って大笑いし「お前ら、カッコ悪い!」と6人をバカにする。そして再び100体も超える厖大な分身を出して「俺、カッコ良い!!」と調子に乗るのであった。
つまりドクロボウは丈瑠が分身の上限を60体ぐらいと読んで、一人で10体の分身を倒しにかかってくることを読み切っていたのだ。そして、わざと分身の密度を下げて、その分、多くの分身を出せるようにしておいて、最初の60体の分身に対して丈瑠たちの全力を無駄遣いさせて隙を作らせる作戦を立てたのだった。そして不意打ちを喰らわせてから、残りの分身を出して、密度は薄いながらも数の力で押し切ってやろうとしている。
ただ、これだけ密度の薄い分身ではシンケンジャーを倒すには至らないかもしれない。しかし仮にこれでシンケンジャーを倒すまでには至らなかったとしても、ドクロボウがこの場を逃げおおせるには十分であり、そうして再びまた別の場所で暴れ回ることは出来る。そういうことを繰り返していけば、徐々に三途の川の水は増えていくのだから、ドクロボウとしてはこの作戦で良いのである。一方、シンケンジャーはこの厖大な分身の中からドクロボウの本体を特定して倒さねばならないのだが、ここまで数が増えてしまうと、なかなかそれも難しかった。

窮地に陥ったシンケンジャーであったが、ここで源太が「みんな!ここは俺たちに任せろ!!」と言ってダイゴヨウを十手でバンバンと叩く。「源太!?」と茉子は驚く。源太とダイゴヨウには何か策があるようなのだ。源太は立ち上がると「ダイゴヨウ!思う存分、輝いて、俺たちに正しい道、示してくれ!!」とダイゴヨウに向けて語りかけ、「さぁっ!!」とダイゴヨウを高々と持ち上げ、前に向けてかざす。それに応えてダイゴヨウも「合点、承知!!・・・かあああああ!!」と叫んで、全身から強烈に眩しい光を放つ。例の目眩まし技の「ダイゴヨウ大閃光」であった。
すると、このダイゴヨウから四方八方に向けて発される強烈な光が、ドクロボウの分身を次々とかき消していったのである。慌てふためくドクロボウが強烈な光の渦の中から解放された時、暗がりが戻った辺り一帯で残っているドクロボウは本体自身、ただ1体だけであったのである。「すごい・・・」と、ことはは驚き、「分身が消えた・・・!」と流ノ介も茫然とする。
「カッコつけ野郎!本物はてめぇだ!!」と源太は驚き慌てるドクロボウ本体に飛びかかると、十手でドクロボウの剣を絡めて真っ二つにへし折った。そして「ダイゴヨウ十手打ち!!」と掛け声をかけ、十手でドクロボウの身体を叩きのめし、大きなダメージを与えて地面に転がしてしまう。

さて、ここでダイゴヨウの大閃光でドクロボウの分身が消えたのは、モヂカラの力によるものであった。モヂカラは外道衆の身体を滅する作用を有する。ダイゴヨウの身体もモヂカラのパワーで動き、モヂカラに満ちている。大閃光によって四方に向けて拡散される光もモヂカラのエネルギー波なのである。ただ、大閃光はエネルギーの密度としては極めて希薄なので、外道衆の身体を滅するほどの威力は発揮しない。
但し、それは相手が本体であった場合である。ドクロボウの自分のパワーを分けて作り出す分身のような密度の薄い個体に対しては、ダイゴヨウの大閃光のモヂカラ波でもダメージを与えることは出来るのである。特に、この時のドクロボウはシンケンジャーの裏をかくために最大限の分身を繰り出していたために、その個々の分身の密度は最も密度が希薄な状態にあった。これが仇となったのである。数が多いということは、それだけ個々の分身は脆弱だと気付いた源太は、ダイゴヨウの大閃光ならば、厖大な数のドクロボウの分身を本体だけを残して一瞬で全部消し去ることが出来るはずだと判断したのである。
つまり、これはその場の状況に応じてたまたま思いついた作戦であった。しかし、その作戦を発動するにあたって、源太はダイゴヨウに向かって「思う存分輝いて俺たちに正しい道示してくれ」と言って鼓舞したのである。これは、先ほど、焼き鳥屋台の前でダイゴヨウが茉子に向かって主張していた「暗い闇夜を明るく照らし、人の不安を消し去り、正しい道を示す」という、あるべき提灯の使命に対応している。
要するに源太は、たまたま思いついた作戦を、ダイゴヨウが提灯、すなわち正義のヒーローとしての本懐を遂げる晴れ舞台として提供したのである。正義のヒーローはこの世界にもしかしたら不要なのかもしれないが、それでも少なくとも、この時ばかりはダイゴヨウは間違いなく、正義の光で正しい道をシンケンジャーに示す、正義のヒーローとしての働きをすることが出来たのである。この源太の言葉によってダイゴヨウは単に大閃光で突破口を開いただけではなく、自分が確かに正義のヒーローになり得るのだと実感することが出来たのだ。そして、それは源太も同じ想いであったのだ。

そして、ここでこのような気の利いたセリフが源太の口から出て来るということは、源太はあの焼き鳥屋台の前での茉子とダイゴヨウの会話をやはり聞いていたのであろう。となると、あるいは、あの時のダイゴヨウの言葉が源太の頭の中に残っており、それがヒントになってこの作戦を思い付いたのかもしれない。
あの場の会話だけを聞いていて、源太の心の中までは分かっていない丈瑠などは源太の言葉を聞いてそう思った。そして、ならば、あの時、ダイゴヨウからあの言葉を引き出した茉子もまたこの戦果をもたらした功労者の1人であるように思えた。そう思うと、起き上がった丈瑠は、「茉子!」と言って、横で起き上がって源太の戦いを見ている茉子に向かってインロウマルを放り投げていた。
ハッとしてインロウマルを受け取った茉子に向かい、丈瑠はそれ以上は何も言わなかったが、茉子は少し黙って丈瑠を見つめた後「・・・任せて!」と応えて、インロウマルにスーパーディスクを装着して、そこから飛び出した陣羽織を纏ってスーパーシンケンピンクへと強化変身したのであった。

丈瑠が自分でインロウマルを使わなかったのは、まだ第二十六幕の十臓との戦いで右肩に負った傷が完全には治っていなかったからであった。前回、第二十八幕の際、丈瑠はインロウマルでスーパーシンケンレッドに強化変身してテンクウシンケンオーを一人で操縦したが、テンクウシンケンオーの本来の能力を発揮させることが出来なかった。つまり、まだ傷が完全に治っておらず本調子ではないということだ。
そういう自分がインロウマルを使うよりも、もうしばらくの間は他の者にインロウマルは託した方がいい。順当にいけば実力ナンバーツーの流ノ介というところであろうが、今回はダイゴヨウの件で奔走した茉子の功労も考えて、茉子に託そうと丈瑠は思ったのだった。
茉子の方はインロウマルを受け取って、丈瑠がまだ万全の状態でないことを悟り、インロウマルを託してくれた丈瑠の信頼に応えようと気合いを入れた。そしてスーパーシンケンピンクとなった後、ドクロボウにすぐさまトドメを刺すために、シンケンマルに取りつけたインロウマルに亀ディスクを装着し、「真・天空の舞」でドクロボウを両断し、一ノ目を撃破したのであった。

ここでドクロボウは二ノ目となり巨大化する。それに対抗してシンケンジャー側も、茉子がインロウマルに真・侍合体ディスクを装着し、ダイカイシンケンオーを組み上げて6人が乗り込む。同時に源太はダイゴヨウを大変化させて、十手を分割した両手をつけて両足も生やした巨大戦モードの巨大ダイゴヨウをも繰り出す。こうして夜間のビル街で3体の巨大戦が開始される。
まずダイゴヨウが軽快な動きでドクロボウにパンチやチョップを見舞い、よろついたドクロボウに迫ったダイカイシンケンオーが「二天一流・乱れ斬り」でドクロボウをメッタ斬りにする。それで吹っ飛んだドクロボウに更にダイゴヨウが追い打ちをかけ、あっという間にドクロボウはボロボロになる。
2対1でドクロボウに勝ち目などあるはずもない。仕方なく「これ以上カッコ良くなったらマズい気もするが・・・」と言ってドクロボウはまた分身を大量に発生させた。二ノ目になっても分身能力は使えるようである。ダイカイシンケンオーのコクピットでは「またそれ!?」と千明が呆れる。一度破られた術を性懲りもなく使ってくるドクロボウの学習能力の無さに呆れたのである。丈瑠も「源太!もう一度・・・」と、再びダイゴヨウの大閃光で分身を消し去る作戦をとるように指示しようとする。
が、源太は「いや!その必要はねぇよ!」と言う。そして「ダイゴヨウ!行け!!」と、ダイゴヨウに向かって手裏剣を投げるような動作で合図を送る。するとダイゴヨウは「合点!!」と指示を受けて「秘伝ディスク乱れ撃ちぃ!!」と叫び、胴体の蛇腹のディスク取り出し口から白っぽいディスクを連射し始めたのである。

ここで源太が先ほどのような大閃光で分身に対抗しなかったのは、ドクロボウの出した分身が今回は30体ほどで先ほどよりもかなり少なめで、大閃光のモヂカラ波ぐらいでは消滅しない程度には強靭であると思われたからだ。つまりドクロボウはまた裏をかこうとしていたのである。大閃光でも消えない分身に慌てたダイカイシンケンオーとダイゴヨウを分身の総攻撃で一斉に叩こうという作戦だったのだ。源太は分身の数の少なさを見て、そのドクロボウの作戦を読んで、光のモヂカラを込めた秘伝ディスクを撃ち込むことにしたのである。これならば単なる大閃光のモヂカラ波よりは破壊力が格段に上である。
但し、1枚のディスクの破壊力ではアヤカシを倒すまでの威力は無い。何枚ものディスクを連射して単一の標的に集束して敵を倒すのが「秘伝ディスク乱れ撃ち」の本来の使い方で、前回の第二十八幕の戦いではダイゴヨウはそのようにして切神を倒している。それを今回、ダイゴヨウは身体の向きを小刻みに変えながらディスクを散弾のように拡散して連射した。そうしてドクロボウの数多くの分身にそれぞれ1枚ずつのディスクを瞬時に命中させていったのだ。
本来ならそのような攻撃では敵を倒すことは出来ない。だが、今回は相手は分身なのであるから、ディスク1枚分の破壊力でも消し去ることが出来るのだ。30体ほどに分かれた分身の個々の防御力であれば、ディスク1枚分ぐらいの攻撃力で倒すのに適当であろうと源太とダイゴヨウは判断したのである。その読みは的中し、ディスクの当たった分身は次々と消滅していき、一体だけ、ディスクを弾いて無事であったドクロボウだけが残った。これがドクロボウの本体であった。
こうしてドクロボウの本体をあぶり出すことに成功したダイゴヨウは「見たか〜!!」と得意がる。ドクロボウはこうなってはもう万事休すである。「茉子!本物はあいつだ!」と丈瑠が指示すると、茉子は「了解!」と応え、烏賊、兜、舵木、虎の4折神を召喚してイカテンクウバスターを組み上げる。
「ちょっと待て!」と慌てるドクロボウであったが、もはや逃げることも出来ず、折神大開砲が発射されドクロボウに命中し、ドクロボウは「俺・・・カッコ悪い〜!」と断末魔の叫びを残し爆発して果てた。そして仁王立ちになるダイカイシンケンオーの前にダイゴヨウが「ごめんよ〜!」と入って来て「これにて、一件落着〜!!」と見得を切って、シンケンジャーの勝利を祝福したのであった。

エピローグは翌日のゴールド寿司での昼食シーン。屋台の軒先には元通りダイゴヨウが吊り下がっており、丈瑠たち5人がいつものごとく昼食を食べに来ている。「今日はダイゴヨウの戻ったお祝いだぁ!じゃんじゃん食べてくれ!」と源太が丈瑠たち5人に寿司を振る舞っている。ダイゴヨウの家出事件で皆に世話をかけた御礼とお詫びを兼ねて、源太のおごりで寿司を出しているようである。
「太っ腹〜!」と喜ぶ皆に向かい、源太は張り切って「よっしゃ〜!こっちもじゃんじゃん握らせてもらうぜ〜!!」と言いながら、寿司をぎゅうっと強く握り込む。それを見てダイゴヨウは「ああ〜っ!それはぁ・・・!」と、また源太の寿司の強く握るクセを指摘しそうになるが、源太がキレそうな顔でギロリとダイゴヨウを睨み返したので、ダイゴヨウは茉子に言われた「正しいことを言うことが他人を傷つけることもある」という言葉を思い出し、すんでのところで後の言葉を呑み込み、「・・・いやいやいやいや・・・」と誤魔化す。
ところが源太はダイゴヨウを見てニヤリと笑い、「ふんっ!!」と更に強く寿司を握り込む。もうシャリがネタからはみ出してしまっている。これはいくらなんでも酷い。「・・・だから!そ・・・いや、あ・・・」とダイゴヨウは思わず叫びそうになるが、やはり言ってはいけないという想いと葛藤し口ごもる。
いくら源太でもここまで無茶苦茶な握り方は普段しないので、源太はどうもワザとダイゴヨウに強く握る姿を見せつけているようである。昨日あんなことがあったものだから、ダイゴヨウが文句を言いたくても言えないのが分かっていて、源太がダイゴヨウをからかって遊んでいるのかと思い、丈瑠たちは少し眉をひそめて様子を窺う。

ところが源太は別にダイゴヨウをからかっているわけではない。「ハッハッハッハ・・・」と笑って誤魔化そうとするダイゴヨウを睨んで「おい!ダイゴヨウ!言いたいことがあるならハッキリ言え!」と口を尖らせて叱るのだ。ダイゴヨウはそれでも気を使って「いえいえいえ・・・オイラは別に・・・」と逃げようとするのだが、源太は「ウソつけぃ!!」と怒りだす。
源太は昨晩のダイゴヨウとの誓いを忠実に守って、ダイゴヨウの真っ直ぐさを尊重しようとしているのだ。昨晩の一件で「正しいと思ったことは真っ直ぐ貫き通せばいい」というポリシーを源太は再確認した。それが、この世界で「光の侍」「正義のヒーロー」を目指すと心に決めた自分のゆくべき道だと改めて確信したのだ。
そして自分の分身であるダイゴヨウも、共にその道を歩む相棒である。だからダイゴヨウにもその方針を貫かせようとしている。それで、わざとダイゴヨウに昨日と同じ、寿司の握りについて苦言を呈したくなるような場面を見せつけて、昨日の今日であるから遠慮するであろうダイゴヨウを叱りつけて、今後も遠慮は無用だということを教えようとしたのである。
しかし、源太はそれでいいかもしれなかったが、ダイゴヨウは困ってしまった。実はダイゴヨウは意外と柔軟な思考能力を備えている。意外と常識家なのだ。何せ生後1週間だから、昨日までは「正しいことを言って他人を傷つけることもある」という事実を知らなかった。そのため、頑なに自分の正論を押し通していたが、昨日、茉子によってそのことを教えられた結果、今後は臨機応変に上手くやっていこうという発想が芽生えてしまっている。意外と、作り主の源太ほど頑固者ではないのだ。
だから、ここは穏便に済まそうとしているのだが、源太がわざわざ苦言を呈するように強要してくる。これはダイゴヨウにとっては有難迷惑というもので、源太の攻撃から逃れようと、「姐さん、助けて!」とダイゴヨウは茉子の後ろに隠れる。それを源太が「このぉ!」と追いかけ、屋台の周りで源太とダイゴヨウの追いかけっこが始まり、皆はそれを見て大笑いするというところで今回は幕となる。

さて、結局、今回のエピソードは、提灯であること、真っ直ぐに本音を言うことを源太に否定されたダイゴヨウの家出騒動を通じて、源太とダイゴヨウが本音を言い合うことの大切さを再確認し合うようなお話にパッと見としては見える。だが、茉子がダイゴヨウを諭したように、真っ直ぐ本音を言うことが全面的に肯定されるとは限らず、親しき仲にも礼儀ありとする考え方も語られており、このエピローグのシーンにおいては、むしろ後者の考え方を受け入れたダイゴヨウの方が常識的な対応をしており、前者の考え方を貫く源太の方がややエキセントリックで浮いている扱いになっている。
つまり、シンケンジャーの作品世界では、正しいことが無条件で肯定されるような善悪がスパッと割り切れたような考え方よりも、善悪は問わず状況に合わせて上手くやっていくような考え方の方が支配的な思想であり、正しさにこだわって強引に突き進むような考え方は主流の考え方ではないことになる。ただ、そういう正しさ重視の考え方がシンケンジャーの仲間内で完全に誤った思想として排斥されているわけでもない。それはそれなりに有用なものとして扱われている。
そして、この2つの思想というのが、このエピソードにおいては表面的な人間同士の礼儀の問題のように扱われながら、その遣り取りの中における茉子や源太、ダイゴヨウなどの言葉の端々に浮かび上がる微妙なニュアンスを見ると、単に表面的礼儀の問題にしては取扱い方が深刻であることから、その表面的なニュアンスの2つの思想は何か別の奥の方にある思想の比喩として用いられていると推測される。
それが源太とダイゴヨウ側の「正義のヒーローを肯定し、悪の存在である外道衆を滅するために戦う思想」と、茉子をはじめとする従来のシンケンジャー側の「自らを悪を滅する正義のヒーローとはみなさず、世襲の使命を果たすためにずっと外道衆と戦っていく思想」のせめぎ合いの象徴としての比喩なのだということになるのである。

問題は、何故、ここでそんな回りくどい比喩表現を使う必要があったのかである。今回のエピソードに関して言えば、そんな比喩表現を使う必要性はほとんど無い。もっとストレートに正義のヒーローの是非についても言及し合った方が、茉子も源太もダイゴヨウも、その言動の意味は分かりやすかったはずだ。
それを何故あえて核心に触れないようなセリフばかり言わせたのか。それはエピローグでも表現されていたように、あくまでこのシンケンジャーの作品世界では茉子ら志葉一族の伝統的思想の方が支配的思想であるべきだからである。
もし、この思想を劇中のセリフのように表面的な礼儀作法の問題のようにオブラートに包むことなく、ストレートに「正義のヒーロー肯定思想」と「正義のヒーロー否定思想」の真っ向からの論争であることを示してしまえば、このスーパー戦隊シリーズという「正義のヒーロー物語のシリーズ」においては、間違いなく前者の方、すなわち源太やダイゴヨウの考え方の方が正しい印象を与えてしまう。
特にそれが客観的に描かれるのではなく、源太やダイゴヨウのような視聴者の感情移入しやすいような典型的な正義のヒーロー風のキャラによって語られている以上、その論理はヒーローシリーズの中では圧倒的な説得力を持ってしまう。実際、今回のエピソードにおける源太やダイゴヨウのセリフには説得力は十分であった。
しかし、それでは困るのである。だから、ここではあくまで表面的な礼儀に関する論争のように見せかける必要があったのだ。無論、よく読みこめば源太らのセリフの真の意味は分かるようになっている。特に「シンケンジャー」の物語全部を観終わった後ならば、それは分かる。しかし、この段階では隠しておく必要があったのである。

どうして隠しておく必要があったのかというと、それは、決して源太らの「正義のヒーロー肯定思想」を貶めるためではない。むしろ逆である。
第七幕の時にも示されたように、シンケンジャーの物語においては、源太らに代表されるような「個人的な正義感」と、志葉家に代表されるような「世襲の使命感」の2つの価値観がせめぎ合っていく。その決着はこの第二十九幕の時点でもついてはいない。この後、第四十三幕の時にもこの2つの価値観はぶつかり合うことになるが、基本的にはこの物語世界では「世襲の使命感」の方が支配的であり、「個人的な正義感」はあまり公式な存在ではない。それは終盤、第四十四幕以降の展開の中で薫姫の登場によって「世襲の使命感」の方が一旦勝利するように見える。しかし、そのままでは終わらない。
言わば「シンケンジャー」の物語というのは、「世襲の使命感」が支配的な世界であるからこそ、その中で「個人的な正義感」を持つということの意味が純化しクローズアップされていくという仕組みになっているのだ。
それが明らかになるのが物語の最終盤である。だから、それまでは「世襲の使命感」は絶対的に優位な価値観としての地位を保っていなければならない。こんな第二十九幕の段階で、源太やダイゴヨウのキャラの持つ説得力のために「個人的な正義感」の方が優位に立ってしまってはいけないのだ。それで、このエピソードでは源太やダイゴヨウが「正義のヒーロー」について語っているのだということは巧妙に隠す必要があったのである。あくまで表向きは、他人に本音で苦言を呈する時の態度の話にように見せかける必要があったのだ。

ちなみに、こうした配慮というのは、「シンケンジャー」物語最終盤までの構成が頭に入っていないと不可能であるし、やる必要も無いものである。また、茉子の不可解なまでのダイゴヨウへの肩入れも、その背景には幼い頃からの母親との確執が有るということを考慮に入れないと、どうも分かりにくいものとなる。しかし、この第二十九幕の時点で茉子の母親との一件はまだ視聴者には明らかになっていない。それが初めて描かれるのは第三十四幕にメインライターの小林靖子によってである。つまり、この第二十九幕の脚本というのは、全篇中4話だけ書いているサブライターの大和屋暁の手だけでは完成するものではないのである。
しかしスーパー戦隊シリーズでは脚本家同士が打ち合わせするということはないので、小林から大和屋が諸設定を聞いて書いたということはない。となると、やはりここはプロデューサーの宇都宮孝明が調整したということであろう。
スーパー戦隊シリーズの各作品は普通は複数の脚本家がエピソードを分担して書いて1年間を乗り切る。だいたいメインライターが半分書いて、残り半分を複数のサブライターが分け合って書く。そして先述のようにライター同士で打ち合わせはしない。
よって、メインライターと共に全体の設定と構成を考えるプロデューサー、特にチーフプロデューサーこそが作品全体を把握して参加ライターの書いてくる脚本のチェックをして調整を行う、その作品の真の作者の立場にあたるのだといえる。
ただ「シンケンジャー」の場合、メインライターの小林靖子がほぼ9割の脚本を書いているため、チーフプロデューサーである宇都宮孝明の影が他の作品に比べてやや薄く感じられるのであるが、こうしてサブライター執筆回の出来栄えを見てみると、宇都宮も立派にプロデューサーとしてのやるべき仕事を十二分にこなしていることがハッキリと分かるのである。宇都宮Pの功績は実は「シンケンジャー」においてはかなり大きい。当たり前のことなのだが、一応それに触れて今回のエピソードについての考察は終わりたい。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 21:19 | Comment(0) | 第二十九幕「家出提灯」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

第二十九幕「家出提灯」その3

第二十九幕「家出提灯」その3
茉子は、まだダイゴヨウはそう遠くには行っていないと思った。先ほどの河原での遣り取りの中でダイゴヨウはまだ源太との仲直りに未練が有るように見受けられたからである。それで、さっきダイゴヨウがうろついていた街の辺りをもう一度捜し回ってみることにした。
また、茉子は知らないが、丈瑠、流ノ介、千明、ことはの4人も手分けしてダイゴヨウを捜し回っていた。茉子がダイゴヨウを仲間として気にかけて行方を捜しているのなら、自分達もダイゴヨウを捜すべきだろうと考えたのだ。茉子1人で捜すよりも5人で手分けして捜した方が早く見つかる。そうしてダイゴヨウを見つけたら茉子にその場所を知らせてやろうと4人は思っていた。
こういう戦いとは直接関係の無い行動というのは、以前は丈瑠は加わらないことが多かったのだが、今回は丈瑠が指揮しているようである。これはやはり、第二十六幕以降に特に顕著になった丈瑠の変化で、仲間の絆があってこその戦いであるという認識が固まっているのだ。サブライター執筆回ではあまり丈瑠の内面が掘り下げられることはあまり無いが、これぐらいの変化はここでもちゃんと描かれている。

一方、源太は茉子や丈瑠らが街でダイゴヨウを捜し回っているため、こっそりダイゴヨウを捜すことが出来ず苛立っていた。仕方なくゴールド寿司の屋台に1人で戻った源太は、苛立った表情で座り込んで溜息をつき、さっきの茉子の言葉を思い返していた。
ダイゴヨウが素直に謝れないのは、心が傷ついてしまっているからであり、傷つけてしまったのは源太の言葉なのだ。そのことは認めざるを得ない。そして、どの言葉によってダイゴヨウが傷ついているのかについても、さっきの茉子から聞かされたダイゴヨウの言葉からだいたい想像はついていた。だいたい「提灯は眩しいだけで夜にしか役に立たない」というような意味の源太の言葉によってダイゴヨウは傷ついている。
どうして、その言葉によってダイゴヨウは傷ついているのか、源太にはだいたい理解出来た。それは単にダイゴヨウ個人を貶しているに止まらず、提灯の存在意義をも否定するような酷い言葉であり、提灯であるダイゴヨウがそれを聞いたら、さぞ辛いことであろうと源太には想像出来た。自分はそこまでダイゴヨウに酷いことは言われていない。寿司屋としての未熟を貶されはしたが、寿司屋そのものを否定まではされていない。だから、自分がダイゴヨウに言われた言葉よりも、自分がダイゴヨウに言った言葉の方が、より酷い言葉であり、自分の何倍もダイゴヨウの方が傷ついているのだと源太は思った。
そう思うと源太の心は痛んだが、だが、それでも、それだけならば源太も自分が一方的に悪いとは思わない。もともとはダイゴヨウが売ってきたような喧嘩なのであり、その結果、何倍もの反撃を喰らってしまったとしても、それはダイゴヨウにも責任はあるはずだ。
源太が深刻に考え込んでいるのは、ダイゴヨウが源太のその言葉に傷ついている別の理由に心当たりが有るからであった。そして、それは源太自身がその言葉を言ったことに対する正当性を疑わせるに足るものであった。そこに考え至ると、源太は自分の心を見つめ返し、ダイゴヨウの居なくなったゴールド寿司の屋台を見つめると、心を決めた。

結局、茉子や丈瑠たちがそれぞれ手分けして捜してもダイゴヨウはなかなか見つからず、とうとう夜になり、辺りは暗くなってしまった。それでもまだ茉子はダイゴヨウを捜し続けており、繁華街を通りかかった。
すると聞き覚えのある威勢の良い声が「らっしゃい、らっしゃ〜い!」と響いているのが茉子の耳に聞こえてきた。その声のする方へ近づいていくと、一軒の焼き鳥屋の屋台の軒先にダイゴヨウが吊り下がり、その身体を赤く光らせて「今日は軟骨がお奨めだよ〜!」などと客の呼び込みをしていた。
よく見ると、その胴体の赤い蛇腹部分に「侍」と大きく書かれた部分の上には、その文字を隠すように紙が貼ってあり、その紙には「やきとり」と書いてある。どうやら焼き鳥屋の主人に頼みこんで仕事させてもらっているようである。ダイゴヨウもようやく、なんとか仕事にありつけたようだ。

ダイゴヨウを見つけて、茉子は歩み寄った。ダイゴヨウも茉子の姿に気付き、「・・・あ・・・姐さん・・・」と、呼び込みは中断して胴体の灯りを消して黙り込んだ。茉子は微笑んで「立派にやってるみたいね!」と声をかけつつ、ダイゴヨウに一歩近づく。ダイゴヨウは決まり悪そうにそっぽを向き「・・・ほっといてくれって言ったはずでさぁ!」とこぼす。茉子はそれに対して「そういうの得意じゃないとも言ったはずだけど?」と切り返す。
確かに「ほっといてくれ」というのはダイゴヨウが一方的に言っただけのことで、茉子はダイゴヨウを捜さないと約束したわけではなく、捜すのもまた茉子の自由であった。それをダイゴヨウに止める権利は無い。首だけ少し茉子の方に振り向いて、しぶしぶダイゴヨウは「・・・何の用ですかい・・・?」と小声で訊ねる。微笑んだまま茉子は「そんなの・・・言わなくても分かってるでしょ?」と言う。
決まり悪そうにはしているが、ダイゴヨウは迷惑そうにはしていない。それに、晴れて新しい仕事も決まったのであるから、もっとさばさばして自慢げであってもよさそうなものだ。それなのに、ダイゴヨウは焼き鳥屋で仕事している自分の姿を茉子に見られることがバツが悪そうなのである。やはりどうもダイゴヨウ自身、これが本来自分のやるべき仕事とは思っていないし、自分の居るべき場所とも思えていないのである。だから、茉子が戻るように説得しに来たと分かっていても、さほど強く拒絶しようとはせず、内心少し安心しているようにも見える。本当は戻りたいのだろうと茉子は思った。

実際、ダイゴヨウは焼き鳥屋の主人に頼み込んで屋台の赤提灯と呼び込みの仕事にありついてからも釈然としていなかった。結局は昼の仕事ではなく夜の仕事になってしまったが、それでも提灯として役に立つ仕事である。提灯の価値を認めないような源太の下で働いているよりもよほどマシだと思えた。
そのはずなのだが、自分が提灯として本当にやりたかったことは、これとはどうも少し違うのだと思えてしまう。それは、こうして焼き鳥屋の呼び込みをやっていても出来ないことなのだ。自分が提灯として本当にやりたいことは、やはり源太と一緒にシンケンジャーの一員であってこそ実行出来ることだったのだ。だから本当はダイゴヨウはゴールド寿司に、源太の許に戻って、提灯として精一杯の使命を果たしたいのだ。
ところが、その肝心の源太がもはや自分のそうした提灯としての使命や存在意義を認めてくれようとはしていない。そうなるとダイゴヨウは帰る場所も無く、使命を果たす場所も無い。無為な人生を他所で送るしかないのだ。それがなんとも情けなく、悲しかった。茉子が戻って来るように求めてくれるのは嬉しかったが、源太がダイゴヨウの提灯としての価値を認めない限り、そこはダイゴヨウにとって帰るべき場所にはなり得ないのだ。
いや、源太だけではない。茉子も含めて丈瑠たちシンケンジャーの面々も、ダイゴヨウから見れば、提灯の本当の価値が分かっているようには見えなかった。むしろ、ダイゴヨウの考え方とは対極に位置するようにすら見えて、ダイゴヨウは不満であり、その中で源太だけは自分の良き理解者でいてくれているとダイゴヨウは信頼していたのだ。それなのに、その源太に裏切られ、見捨てられた。
ダイゴヨウは孤独であった。誰も提灯の意味を分かってくれないし、分かってくれようともしていないように思えた。そんな場所に戻ったところで仕方ないと思えた。それなのに戻れと言う茉子に対してもダイゴヨウは腹が立ってきて、この場でやり場の無くなっていた鬱憤をぶちまけたくなった。

「・・・オイラは提灯なんでぇ!・・・でも親分は言っちゃいけないことを言ったんだ!」と、蛇腹を折り曲げて俯きながらダイゴヨウは絞り出すように言った。ダイゴヨウの声が悲痛な響きを帯びてきたのを感じ、茉子は「ダイゴヨウ・・・」と辛そうな顔で見つめる。ダイゴヨウは茉子の方をさっと振り向くと「姐さん・・・提灯ってのは何だか分かりますかい?」と問いかける。
茉子は無言である。源太が何か言ってはいけないことを言ってしまい、そのせいでダイゴヨウが深く傷ついていることは茉子にも分かっている。そして、それが源太の口にした「提灯が眩しい」というような類の悪口だということも察しはついている。だが、どうしてそれがダイゴヨウをここまで深く傷つけているのか、それは茉子にはよく分からない。ダイゴヨウの「提灯」というものに対する思い入れが茉子の提灯に対する認識とはどうも違うようなのだ。そこがこの騒動の核心部分であった。その核心がようやくダイゴヨウの口から語られようとしている。茉子は黙ってダイゴヨウの言葉を待った。
するとダイゴヨウは何も答えない茉子に向かって「提灯ってのは・・・提灯ってのは、世界を照らすものなんでさぁ!!」と、一気にまくしたてたのだった。最後の方は悲痛な叫びとなっていたが、しかし茉子にはこれだけでは、まだあまり意味が分からない。茫然と立ち尽くしてダイゴヨウを見つめた。
その茉子の後姿越しにダイゴヨウを少し離れた物陰から丈瑠、流ノ介、千明、ことはの4人が並んで見つめていた。丈瑠たちもこの繁華街へやって来ており、茉子とほぼ同時にダイゴヨウの姿を見つけていたのだ。丈瑠たちもダイゴヨウの言葉の意味があまり分からず、言葉の続きを待った。
ダイゴヨウは丈瑠たちの存在には気付いておらず、目の前の茉子しか目に入っていない。黙って見つめる茉子に向かって、続けざま「暗い闇夜を明るく照らし、人の不安を消し去り、正しい道を示すために・・・オイラ提灯は・・・そのために生まれて来たんでぇ!!」と、一言一言噛みしめるように叫んだ。
茉子はこれではっと気付いた。ダイゴヨウが言いたいことがようやく納得いったのだ。そして、ダイゴヨウが何にこだわり、苦しんでいたのか得心し、「ダイゴヨウ・・・!」と感極まって涙目となり声を上げる。ダイゴヨウもすっかり涙声になり「・・・それなのに親分は・・・それなのに・・・夜しか役に立たねぇだとか・・・眩しいから光るなだとか・・・!」と悔しそうに嘆き、堰を切ったように悲痛な気持ちを吐露し続けるが、その言葉を遮るように茉子はガバッとダイゴヨウに抱きつくと「もういい!・・・もういいから!」と、ダイゴヨウをギュッと抱き締めながら茉子自身泣きそうになりながら必死で慰めた。
ダイゴヨウはそう言われると、もはや感情を制御することは出来ず、言葉は途切れ、ただただ大声を上げて泣き崩れるのであった。大声で号泣するダイゴヨウと、それをずっとギュッと抱き締める茉子、この2人の姿を物陰から丈瑠たちが黙って見守っていた。丈瑠たちにもダイゴヨウの想いは伝わったのであった。

さて、ここでダイゴヨウは何を言っているのか。言葉を文字通り受け取れば、ダイゴヨウが提灯が人々を明るく照らす照明器具であることに誇りを持っており、その部分を源太に否定されたので許せないのだということを、単に提灯の立場で説明しているように解釈出来る。実際、そういう解釈でもこの会話は成立するし、今回のエピソード全体もそういう解釈でも成り立つようには作ってある。
しかし、そんな意味の薄いエピソードを作るというのも、今までの「シンケンジャー」全体の濃厚な構成から見ても不自然である。それにダイゴヨウ自身はともかくとして、茉子や丈瑠たちのリアクションが重い感じなのも、単なる照明器具の話にしては不自然である。これは照明器具としての提灯の話にかこつけて、別の何かの話の比喩をしているのだ。
どうしてそんな回りくどいことをしているのか。ダイゴヨウや茉子はそんな回りくどいことをする必然性は無い。ストレートに本来のテーマで語り合っても劇中の誰にも迷惑などかけない。実は回りくどくする必然性を持っているのは制作サイドの方である。茉子やダイゴヨウがストレートにテーマを語ってしまうと何かと制作面で支障が生じるので、ダイゴヨウや茉子は劇中人物として、制作サイドの思惑によってわざわざこうした回りくどいセリフを言わされているだけのことである。

それがどういう事情なのかはここではとりあえず置いておくとして、ここで提灯に譬えられているものとは何なのか。ここでダイゴヨウが言う提灯の役割は「暗い闇夜を明るく照らし、人の不安を消し去り、正しい道を示す」ということで、これはつまり、悪を倒して世界を救って正義を実現する救世主のような存在、要するに一言で言えば「正義のヒーロー」である。正義のヒーローの役割を提灯の照明器具としての役割に引っ掛けて述べているのがダイゴヨウの言葉だ。
いや、これは別にダイゴヨウが言葉遊び的に上手いことを言っているわけではない。そもそもダイゴヨウは単なる軒先で灯りを灯す提灯として作られたわけではなく、源太が自分の分身としてシンケンジャーの一員として戦わせるために作り出したものなのだ。
源太にとって、その戦いとは、外道衆という悪の闇を打ち倒してこの世に正義の光を実現するための正義の戦いだ。だからこそ、源太のモヂカラは「光」なのである。つまり源太の戦いは「暗い闇夜を明るく照らし、人の不安を消し去り、正しい道を示す」ための「光」の戦いなのである。その源太の戦いを源太の分身として遂行するために作り出されたダイゴヨウは、まさに「光」を象徴する存在でなければならない。
ダイゴヨウを作った第二十八幕時点で源太の身近にあった事物で、最も「光」を象徴する事物がゴールド寿司の軒先でいつも夜になると灯りを灯して闇夜を明るく照らしてくれている提灯だったのである。だから源太は提灯をベースにしてダイゴヨウを作った。
その「提灯=光の戦士=正義のヒーロー」という源太の論理は、ダイゴヨウの中にプログラミングされている。だからダイゴヨウにとって、自分が提灯であることと正義のヒーローであることは切り離しては考えることの出来ない混然一体となった認識となっており、しかもそれは源太とも共通したポリシーで繋がっているという自負がある。
ゆえに、源太によって提灯の「光」の役割を否定されたことは、自身の正義のヒーローとしての生まれて来た意義を否定されたことに等しく、しかもそれを生みの親であり、同じ認識を共有した同志であるはずの源太によってなされたというのはダイゴヨウにとっては、有ってはならない裏切り行為であったのだ。
まだダイゴヨウは生まれたばかりの小さい子供のようなものだ。そんな小さい子供が親から信じられないような裏切りを受けて捨てられる。それがどれほど辛いことであるか、茉子には痛いほど分かった。茉子自身がその痛みをよく知っているからだ。だから、ダイゴヨウを放ってはおけなかったし、見ていていたたまれず、思わず抱き締めて慰めたくなった。

しかし、ここでの茉子の行動の意味はそれだけではない。単なる同情心によるものだけではないのだ。それだけならば、もっと明るく元気づけてやればいいのだし、ダイゴヨウの言い分がもっともだと思うのなら、全肯定して励ましてやればいい。
なのに茉子は「もういいから」とダイゴヨウの言葉の迸りを抑えるようにして切なそうに抱き締めてやることしか出来ていない。つまりダイゴヨウの言い分を全面的に肯定することは出来ないが、かといって否定も出来ない。とにかくこの問題で思い詰めてはいけないのだと諭しているように見える。そしてダイゴヨウを追い詰めてしまった罪悪感にも苛まれているようにも見える。それだけ、このダイゴヨウの提起した問題は難しい問題なのだ。
そもそも、茉子はダイゴヨウが詳しく述べるまで、提灯に「世界を照らす正義のヒーロー」という意味が込められているということに気付いていなかった。それは物陰で聞いている丈瑠たちも同様である。つまりシンケンジャーにおいては「正義のヒーロー」というものに対する意識は非常に薄いのだ。
大体にして、シンケンジャーは自らを「正義のヒーロー」「正義の味方」だと自称したことは無いし、自らの戦いを「正義の戦い」と位置づけた発言もしたことは無い。シンケンジャーは「外道衆からこの世を守る使命」を果たしているに過ぎず、それを「正義」だと認識してはいないのだ。つまりシンケンジャーは基本的に「正義のヒーロー」ではない。

スーパー戦隊シリーズに出て来る戦隊はだいたいは基本的に皆「正義のヒーロー」である。それは「行いが正しい」とか「正義の心を持っている」というような意味ではなく、「悪を倒してこの世に正義を実現することを目的とするヒーロー」という意味においてである。
シンケンジャー以前の戦隊で唯一、その定義に当てはまらない戦隊がボウケンジャーで、これはそもそも古代の秘宝、つまりプレシャスというものを回収することが目的であり、敵と戦うのはその目的を邪魔しようとする相手を排除するためであり、敵と戦うこと自体は目的ではなく、敵を倒して正義の勝利を目指しているわけではない。
それでもプレシャスを回収して第三者に悪用させないことが「正義の実現」なのだと彼らが信じているのなら、それは一応「正義のヒーロー」ということにもなるのだが、どうもボウケンジャー自体にそういう意識は希薄で、「俺たちは正義の味方じゃない」と言い切ってしまっており、プレシャスの回収もあくまでサージェス財団という雇用主から与えられたミッション、つまり業務として割り切っている。
それが社会にとって有益な業務だという意識は一応有るのだが、善なのか悪なのかということ自体あまり深くは考えない。何か釈然としない想いを残す場合もしばしばなのだが、それでもプレシャスの回収という業務自体は成し遂げたことによって一応最悪の事態を避けるためにベターな決断をしたということで良しとされる。まぁ結構、大人な戦隊なのである。

「ボウケンジャー」という作品を貫く思想というのは極めてクールなものである。毎回、物語の焦点となっているプレシャスの争奪戦が繰り広げられるのだが、このプレシャスというものが正義の存在でも悪の存在でもなく、全くニュートラルな存在として描かれているのだ。使う者次第で正義にも悪にもなり得るのである。
他の戦隊作品の場合、もともと正義側のアイテムというものがあり、それを戦隊メンバーが手中に収めるまでのストーリーが描かれることもあるが、これは手中にした後は当然ながらその戦隊の武器として正義の実現のために使われる。そのアイテムが正義でも悪でもないニュートラルな存在であった場合でも同じことである。手に入れた者の特権として、そのアイテムは正義の戦隊の武器として使用されるのが普通である。
ところがボウケンジャーの場合、せっかく手に入れたプレシャスを武器として有効活用することは極めて稀である。それは誰にも悪用されないようにサージェス財団に渡されて厳重に保管される。財団がそのプレシャスを分析した結果得られた新たな技術を活用した武器がボウケンジャーに支給されることもあるが、とにかくプレシャスはそのままボウケンジャーの所有物にはならないのだ。
これはつまり、ボウケンジャーはプレシャスよりも価値が高い存在とは見なされておらず、彼ら自身もそういう意識は希薄だということだ。プレシャスを正義のためなどという大義名分を振りかざして自由に使えるだけの権限も資格も彼らには無い。彼らに出来ることは、プレシャスを悪の手には渡さないことでしかなく、それ以上の権限は無い。プレシャスの中立性を冒す権利は彼らには無い。つまり彼らは絶対正義の存在ではなく、プレシャス同様、ニュートラルな存在でしかないのだ。
彼ら自身もそれを受け入れており、あくまでプレシャスの悪用阻止を目的として行動し、悪の組織を壊滅させて正義に満ちた世の中を作るために積極的に行動しようなどという意識は持っていない。だから、ボウケンジャーは他の戦隊のような「正義のヒーロー」ではないのである。

ただ、そんな財団の手先みたいな連中の日常業務を延々と1年間描写したところで面白くもないわけで、「ボウケンジャー」という物語のメインテーマはこれとは別のところにある。いや、こうした「正義のヒーロー」ではない自覚を持っているからこそ、それでありながら過酷なミッションをこなし凶悪な敵と戦わねばならない彼らが、いったい何を拠り所にして不屈の闘志を維持しているのかを描くのが「ボウケンジャー」の主題なのである。
その彼らの拠り所となっているのが「冒険魂」というもので、これはつまり、「真理を求める好奇心」のことである。「真理」とは善でも悪でもないニュートラルな概念で、それは作品中ではニュートラルな存在であるプレシャスに象徴される。そして、その「真理」を求める好奇心もまたニュートラルなものでなければならず、それは好奇心の体現者であるボウケンジャーのニュートラル性として象徴されているのである。
実は「真理」と「正義」は共に社会にとって有益なものではあるが、相矛盾する面もある。「真理」は必ずしも「正義」ではない。「正義」を貫くためには「真理」を無視せねばならないこともある。「真理」を追求するためには「正義」にこだわっているわけにいかないこともある。「正義」の名のもとに行われる暴虐の罪を暴くのは「真理」の力であり、「真理」追求のために行われる暴挙を抑止するのは「正義」による道徳心である。このように「正義」も「真理」も、共に大事なものなのであり、子供たちに教えなければいけない価値観なのだ。
ボウケンジャーは「正義のヒーロー」ではないが、言わば「真理のヒーロー」のようなものである。「真理のヒーロー」とは、つまり真理の中立性を守るヒーローだといえる。だからボウケンジャーはプレシャスの中立性が悪の手によって汚されることを阻止し、同時に自分たちも正義の名のもとにそれを利用することは自粛するのだ。このように「ボウケンジャー」は、真っ直ぐな好奇心をもって「真理」を追求する者のあるべき姿勢を子供たちに示すことをメインテーマとした作品なのである。
この「ボウケンジャー」の場合は「プレシャス」というニュートラルな存在と真っ直ぐ向き合う存在としてボウケンジャーを描いたために、ボウケンジャーもニュートラルな存在、つまり「正義のヒーロー」ではなく「真理のヒーロー」として描くことが可能であった。ボウケンジャーはこういう構図によって、真っ向から「正義のヒーロー」であることを拒絶することが出来たのだといえる。

さて、延々と「ボウケンジャー」の話に脱線してしまったが、ここで「シンケンジャー」に話を戻すと、シンケンジャーの場合はボウケンジャーのように真っ向から「正義のヒーロー」であることを拒絶することが出来るわけではない。
シンケンジャーが向き合っている相手はニュートラルなプレシャスではなく、明らかに悪の存在である外道衆だからである。外道衆と戦う以上、ニュートラルな存在ではあり得ない。外道衆を倒してこの世を守ることが目的となる。それは正義の戦いと呼んでも差し支えないのではなかろうか。他の戦隊作品でもそのように世界を冒そうとして侵略してくる悪の存在を倒して世界を守ろうとする戦いを「正義のための戦い」と定義してきたのであり、そのために戦う戦隊は「正義のヒーロー」だったはずである。シンケンジャーがそれらと何が違うのか?という疑問は当然あるだろう。しかし、明らかに違う点があるのだ。
「正義のヒーロー」ならば、平和な世界に侵略してくる悪い敵を倒して正義の勝利をもたらして世界の平和を回復するものでなければいけない。少なくとも、それを目的として戦う存在でなければならないはずだ。実際、ボウケンジャーを除く他の戦隊は皆、そのような存在であった。突然出現する悪の侵略者たちを倒して平和を取り戻すために集結する正義の戦士たちというのが各作品における戦隊の姿であった。
しかしシンケンジャーの場合、敵である外道衆は突然出現した未知の敵ではない。昔から三途の川に存在し、地上に繰り出してきては暴れ回ってきた存在である。そして、シンケンジャーもまた今まで十八代もの世代に受け継がれて外道衆と戦い続けてきた。言い換えれば、シンケンジャーは十八代もの間、外道衆を倒すことが出来ていないのである。
それはシンケンジャーが弱いからではない。外道衆を滅することがそもそも不可能だからである。もちろん、個々のアヤカシやナナシなどは滅することは出来る。しかし、三途の川の穢れが存在する限り、そこから外道衆は次々と生み出されてくるのだ。三途の川の穢れの源になっているのはこの世において生み出される人間の執着心やエゴである。つまり、この世で人間が活動している限り、外道衆は生まれ続け、そしてこの世へやって来て人間に危害を加えるのだ。
シンケンジャーはその外道衆と戦ってこの世を守るのだが、そうして守ったこの世の人間の活動によってまた外道衆が生み出されてくるのだ。これでは堂々巡りである。シンケンジャーがこの世を守る行為が外道衆をまた生み出す手助けとも言えるわけで、これではシンケンジャーのこの世を守る行為が正義なのだとは言い切れなくなってくる。少なくとも、今までシンケンジャーの戦いによってこの世に外道衆がいない世界が実現し正義の勝利がもたらされるということにはなってこなかった。
ただ、それでも、目の前でこの世の人々が外道衆の暴虐に蹂躙されることを看過することは出来ない。出来る限り、この世を、人々を守りたいという想いを持ち、たとえ虚しい堂々巡りであろうとも、目の前の人々を救うために誰かがやらねばならないのなら自分がやろうと思って立ち上がったのが志葉烈堂を筆頭とした志葉一族の先祖たちであり、三途の川の有る限り終わることのない戦いを永続していくために、その戦いを一族の世襲の使命として引き継いでいくことにしたのだ。それがシンケンジャーなのである。

茉子たちにとって、自分たちの戦いは「外道衆からこの世を守るための戦い」であるという意識は有るが、それが正義の戦いだという意識は無い。この世が外道衆を生みだす源になっているのだから、この世を守ることが正義を実現することだとは思えないし、実際、この世をいくら守っても外道衆を滅して正義の勝利で戦いが終わるわけではないのだ。
正義の戦いではないが、それでもこの世を守って戦いたい。それが志葉一族の代々の願いであり、使命である。茉子たちはそれを先祖から受け継いで、子孫に引き渡していくのが宿命なだけである。茉子たちはそうした宿命を受け入れてきただけであり、自分を外道衆を倒して戦いを終わらせてこの世に正義の勝利をもたらす「正義のヒーロー」だなどと思ったことはないのだ。
現在ドウコクの活動が特に活発化してこの世が重大な危機に陥っているためにこうして招集されて戦っており、ドウコクを倒すか封印すれば一旦家臣達は戦いから解放はされる。だが、それで外道衆との戦いが終わるとは家臣達の誰も思ってはいない。志葉一族と外道衆の戦いは丈瑠を中心に続いていくし、家臣達もまた何時招集されるか分からない。子供を作り修行をつけて次代の戦いに従事する侍を育成することも重大な使命である。自分の代で戦いが終わらせることが出来るという意識は微塵も無い。流ノ介も千明もことはも同じであった。
このような「この世の邪気を養分にして何度も甦ってくる敵」という設定の戦隊としては他にガオレンジャーもあるが、ガオレンジャーの場合、このシンケンジャーのように世襲の事業として敵と戦うという徹底した意識は無かった。
また善と悪の戦いが何千年も続いてきたという設定としては他にダイレンジャーもあるが、これにしても戦隊側はハッキリとした形で世襲であったわけではない。カクレンジャーも先祖から戦う資格を受け継いでいるが、戦いの開始自体は突発的なものであり、子孫に引き継ぐという意識も無かった。世襲の事業で自分の代で戦いが終わるわけではないという醒めた意識がこれほど強調された戦隊はシンケンジャー以外には無いのである。
もちろん彼らシンケンジャーとて人並み以上の正義感は持ち合わせているが、ダイゴヨウが言うような、「闇夜を照らして正しい道を示す」というような正義の光の戦士のような強い特別意識は無い。むしろ、そのような「正しさ」「正義」に必要以上にこだわり、自分を絶対正義とするような我の強さこそが、この世においてより多くの執着心やエゴを生みだして三途の川で外道衆を生み出す基になるとさえ思っている。

実際、「正義」の名のもとに歴史上どれだけの巨大なエゴによる暴虐が行われてきたか数知れない。「正しいことが人を傷つけることもある」のである。そうした茉子の認識が、さっき河原でダイゴヨウへの説教となって語られたのだ。ダイゴヨウの「正しいことをして何が悪いのか」というエゴが源太を傷つけ、源太の頑なな心を生み出して更なるエゴを生み出しているのだ。
ダイゴヨウも茉子に指摘されたことによって、「正しいことが悪いのかもしれない」というふうに自信を失いかけている。だから、茉子に対して提灯が正義のヒーローであるべきだということを強弁しながらも、内心ではどんどん弱気になってきており、それで涙声になってきている。
源太に酷い裏切りを受けたが、もしかしたら本当は自分の方が間違っていて、源太の言っている「提灯(正義のヒーロー)なんて眩しいだけで役に立たない」という意見の方が正しいのかもしれない。茉子だってきっとそう思っているのだろう。そんな風に思うと、ダイゴヨウは喚きながら悲しく虚しくなってきて、涙声となってきたのだ。
そのダイゴヨウを抱き締めた茉子は、そのようなダイゴヨウへの哀れみで抱き締めたわけではない。そうではなく、申し訳なく思ったのだ。茉子はダイゴヨウが自らを正義のヒーローとすることに存在意義を見出していたことを初めて知り、それによって、自分の先ほどの河原での説教がダイゴヨウを深く追い詰めてしまっていたということに初めて気付いたのだ。
茉子は軽い気持ちで「正しいことが人を傷つけることもある」と諭しただけであり、自分の説教でそこまでダイゴヨウが自分の存在意義を否定するまで思い悩むとは思っていなかったのだ。だからダイゴヨウの嘆く姿を見て、申し訳ない気持ちになり、「もういいから!」と抱き締めたのである。もうそんなに自分を責めないでいい。そう茉子は言いたかったのだ。

しかし、茉子がそのような気持ちになったということは、ダイゴヨウの嘆きに同調したということである。茉子が正義のヒーローなど不要だという認識のままであったなら、ダイゴヨウが悲しむ姿に同情はするであろうが、基本的にダイゴヨウの辿り着こうとしている結論は正しいと茉子は認識するのであるから、「もういいから!」と、その思考を止めさせようとはしないはずである。
つまり茉子はダイゴヨウの言うような「正義のヒーロー」の存在を完全に肯定することは出来ず、自分がそのような存在ではないという認識は維持しながらも、ダイゴヨウの「正義のヒーロー」であろうとする気持ちにも理解を示し、ダイゴヨウが「正義のヒーロー」の意義を否定しようとすることを思わず制止している。茉子自身、揺れているのだ。
茉子も第一幕でシンケンジャーとして初めて実戦に招集された時点では、シンケンジャーをやる事については世襲の使命という割り切り方をしていた。第一幕で丈瑠に覚悟の有無を問われた際に「子供の頃から決められたこと」と答えていることからも、それが窺える。他の流ノ介、千明、ことはの3人も似たようなものだった。
しかし彼らはシンケンジャーとして戦い始めてから少しずつ変わっていった。それは丈瑠の影響であった。丈瑠の一見クールに見えて内面に秘められた、あまりにも強い「この世を守る」というひたむきな意思が、世襲の使命という域を超えて、自分自身の正義感に強固に基づいたものであることを彼ら家臣たちは感じ取っていき、それに影響を受けて、世襲の使命ではなく、この殿と共にこそ「この世を守る」戦いを遂行したいと思うようになっていったのだ。
そのあたりは第七幕の流ノ介のエピソードに象徴的に現れている。あの時、流ノ介が海岸で知り合った漁師の朔太郎は実は志葉家の元黒子で、彼もおそらく世襲の使命として先代殿に仕えていたのであるが、先代殿の死後、全てが虚しくなって黒子を辞めていた。その朔太郎が流ノ介に向かって、侍といっても親に言われたままにやっていることで、その教科書通りの道が崩れた時、虚しさだけが残るのだと忠告した。
これは過去の自分の経験も踏まえて、まさに侍など世襲の使命に過ぎないのだと痛烈に批判しているのだが、これに対して流ノ介は苦悩した後、丈瑠が強い意思と力で外道衆からこの世を守る戦いを実行していることに言及し、そうした殿と共に戦いたいというのは自分が決めたことだと言い返している。流ノ介はここで世襲の使命ではなく自分の意思で戦おうと決めたのだ。そうさせたのは、丈瑠もまた自分の意思で戦っているからであった。このような過程を家臣たちはそれぞれ経ていき、第十二幕で丈瑠と家臣たちは世襲の使命を超えた個々の固い絆で結ばれることとなるのである。

ここで丈瑠が世襲の義務感を超えた自分自身の強い正義感を保持しているのは、当主の立場ゆえの格別の責任感ゆえであろうと、流ノ介たちは解釈している。確かにそういった要素も有るであろう。しかし、これは実は丈瑠が影武者であることにも大いに関係しているはずだ。
確かに丈瑠ももちろん当主に成りきるために、当主らしい責任感も身につけようと努力はしたであろう。また、誰よりも志葉家のこと、シンケンジャーのこと、外道衆のこと、三途の川のことなどを学んだであろうから、シンケンジャーの世襲の使命についても誰よりも深く理解していたはずだ。それが安直に「正義のヒーロー」などと呼べるようなものでないことも当然、分かっている。実際、第二幕でも「一生懸命だけでは誰も救えない」と、正義感に流されることないクールな発言もしており、たびたび善悪にこだわらないクレバーな戦い方を実践している。
しかし、それでも、実際には世襲の使命感というものを心底実感することは丈瑠には出来ない。実際は志葉家とは血縁関係の無い丈瑠には、そんな宿命を負う必然性は無いからだ。しかし、それでも丈瑠は亡き父、亡き先代殿、そして彦馬との約束を果たすために、志葉家当主の代役としてこの世を守るために命を賭けようとした。そのためには、世襲の使命だけではなく、やはり丈瑠個人の正義感も育むしかなかったのである。

個人的な正義感が丈瑠の戦いの大きな部分を支えてきた。それが流ノ介や茉子など家臣たちにも影響を与えてきた。影武者云々のことは分からないながらも、茉子にもそのことは分かっている。そして、これは茉子にはハッキリとは分かっていないが、実は丈瑠の正義感とダイゴヨウの正義感は根っこは同じなのだ。
何故なら、丈瑠の幼き頃に培った個人的な強固な正義感が幼馴染の源太に影響を与え、源太というもともと侍として戦うべき必然性を全く持たない人間を、「外道衆からこの世を守る戦士になる」という強固な正義感を持った人間に変貌させたからだ。
この侍としての伝統的な使命というものがよく分かっていない源太という人間にどういうわけか外道衆を倒すという熱い正義の心だけが強く備わっていることの謎については第十九幕で流ノ介をしきりに不思議がらせていたが、これは幼い日に丈瑠から影響を受けた結果であり、しかも源太の場合、流ノ介たちのように世襲の使命というものに全く縁が無い。源太に影響を与えた丈瑠の場合、まだ当主の代役という擬似的な世襲の使命を感じることは出来たが、源太には本当に個人的正義感しか無かった。それゆえ、源太は丈瑠譲りの個人的な正義感のみを極端に肥大化させ、自らを「正義のヒーロー」として定義するに至ったのだ。
そして、その源太の分身として源太の手によって作られたダイゴヨウにも、その源太イズムともいうべき「正義のヒーロー」思想は注入されており、それが今、ダイゴヨウの口から茉子に向かって語られているのだ。

この源太とダイゴヨウの熱く真っ直ぐ過ぎる正義感は、時には押しつけがましく他人を傷つけたり、互いに正しさを主張して譲らず喧嘩を引き起こしたりする、多少困ったものではあるが、それでもシンケンジャーにとって世襲の使命感と併せて個人の意思による強い正義感もまた必要なものではないかと茉子は最近は思うようになっている。
何故なら、まず実際に共に戦い始めてから丈瑠の個人の意思による強い正義感が自分たちに良い影響を与えてきたことを身をもって感じていたからである。また、侍としては甘い部分は多く、後に第四十三幕では大きな失敗もすることにはなるのだが、それでも正義感の塊のような源太の侍らしからぬ発想が何度もシンケンジャーの危機を救ってきたことも茉子は認めていたというのもある。これは前回、千明も「源太がいてくれて良かった」と認めた部分でもある。
そしてまた、戦い始めてから侍の戦いのあまりの過酷さを実感した茉子は、第二十六幕の時に、戦いと並行して夢や希望を持ち続けることが侍にとって必須のものだという認識に達したのだが、それならば、このダイゴヨウの言うような、いくらか能天気とも言える「正義のヒーロー」像という夢想も、それに振り回されて甘さになってしまうことさえ用心しておけば、侍の胸に秘めておくのも悪くないとも思えた。
また、これは茉子の認識しているところであるかは不明だが、先ほどの朔太郎の実例からも個人的な正義感が世襲の使命感と共に必要であることが分かる。それは、朔太郎が先代殿の死後に何もかも捨てて現実から逃避してしまったのは、心が辛さの極限に達した時に、自分の戦いを「親に決められたことだから」という他人のせいにして逃避することが出来てしまったからだ。
朔太郎がそのような考え方に逃げ込むことになったのは、世襲の使命感しか持っていなかったからである。個人的な正義感が無かったとは言わないが、少なくとも朔太郎は自分の中の個人的な正義感について深く突き詰めるという作業をしていなかった。それゆえ、先代殿の死によって精神的に追い詰められた時、簡単に心が折れて現実逃避してしまったのだ。こういう事態を防ぐためにも、世襲の使命感と併せて個人的な正義感というものも自覚して持っておいたほうがいい。
実際、朔太郎も流ノ介の言葉から個人の意思に基づく正義感を思い出すことになり、その結果、黒子として復帰し、現在に至っている。朔太郎は一度挫折した後、世襲の使命感と個人の正義感の両方の価値を再確認し、より強い心を持って黒子として戦いに復帰している。そして、物語の最終盤、世襲の使命感と個人的な正義感に基づく絆とが分裂して苦悩している流ノ介の前に姿を現すことになるのである。

さて、朔太郎の話はここでは関係ないので置いておくとして、とにかく茉子はダイゴヨウが熱い正義の心を持っており、それゆえにシンケンジャーにおいて疎外感を抱いていたことに気付いた。そして、それは決してシンケンジャーにとって邪魔なものではないのだということを伝えてやりたいのだが、茉子自身が世襲の使命感と個人的な正義感の折り合いをどう付けるべきか試行錯誤中でもあり、また、あまりに自分とダイゴヨウとでは立場やバックボーンが違い過ぎるため、なかなか、かけてやるべき適切な言葉が出て来ない。
それで、泣き崩れるダイゴヨウをただただギュッと抱き締めるしか出来ないでいる。自分が不必要な存在なのではないかと落ち込むダイゴヨウと、幼い日に親から要らない子のように捨てられた自分の姿も重なって見えて、茉子は夢中でダイゴヨウを抱き締めた。
その茉子とダイゴヨウを物陰から見守る丈瑠たちもまたダイゴヨウの話を聞いて茉子と同じようにダイゴヨウの気持ちは理解し、ダイゴヨウの正義感が決して不要なものでもないとも思っているのだが、やはり、あまりに立場が違い過ぎて、かけるべき言葉が見つからない。
ここはやはり、ダイゴヨウと同じように純粋なる個人的正義感の塊である源太しか、ダイゴヨウに言葉をかけてやれる者はいないであろう。そう思って丈瑠は茉子とダイゴヨウに背を向けて数歩進み、おもむろにショドウフォンを取り出すと、ゴールド寿司の屋台に居るであろう源太のスシチェンジャーに連絡を入れ、応答を確認するなり、いきなり「もしもし、俺だ・・・折入って頼みがある・・・焼き鳥を買ってきてくれ・・・!」と言った。
ここの丈瑠は何か妙に面白い。大真面目のシリアスモードなのだが、真顔で言うセリフにしては「焼き鳥を買ってきてくれ」というのは、なんとも唐突で間抜けな印象である。丈瑠がいきなり焼き鳥が喰いたくなって源太に買い出しを頼むというシチュエーションが普段想像出来ないだけに、ギャップが大きすぎて笑えてしまう。
しかし従来このように他人のために細やかに気を利かせるという作業に手慣れていない丈瑠としては精一杯の知恵を絞った不器用な工作なのである。とにかくダイゴヨウと会うことを意地を張って拒む源太とダイゴヨウを会わせるために、買い出しを口実にこの焼き鳥屋まで源太を呼び出すための苦肉の策なのだ。

ところが丈瑠の耳をあてているショドウフォンの受信口から聞こえてくる源太の返事は「その必要はねぇよ!」というものであった。そして、その源太の声は受信口からだけではなく、丈瑠のもう片方の耳にも肉声として聞こえてきた。ハッとして丈瑠が前方に目をやると、目の前の路地から寿司屋の格好の源太がスシチェンジャーをしまいながら現れた。源太はゴールド寿司の屋台に居たのではなく、丈瑠たちのすぐそばまで来ていたのだ。
いきなり源太が現れたので驚いた流ノ介、千明、ことはも駆け寄る。千明は「源ちゃん・・・」と絶句し、ことはも「源さんも捜したはったんや・・・」と意外そうに呟く。源太が特に用事もなさそうな繁華街まで寿司屋装束のままで現れているということは、あれほどダイゴヨウを捜すことを拒んでいた源太が実はダイゴヨウを捜し回っていたということだ。いったいどういう心境の変化なのだろうと丈瑠たち4人は不思議に思ったが、源太は4人には目もくれずにその横を素通りし、そのままスタスタと歩いて茉子とダイゴヨウの居る焼き鳥屋台の方に進んだ。

茉子に抱き締められたまま号泣していたダイゴヨウはいきなり源太が目の前に現れたので「お・・・親分!?」と驚く。茉子もダイゴヨウの言葉を聞いて振り向き、源太の姿を見て驚く。どうして源太がいきなり現れたのかは分からなかったが、ともかくこれは本来、茉子が望んでいた形であった。茉子は源太とダイゴヨウをサシで話し合わせるために、すっとダイゴヨウから手を離し、焼き鳥屋台の前を去った。入れ替わりに源太がダイゴヨウと相対する形となる。
真っ直ぐ立ったまま「ダイゴヨウ・・・」と厳しい表情で源太はダイゴヨウを見つめる。ダイゴヨウはまた叱られるのではないかと思い、少したじろぐ。ところが源太がいきなり「すまない!・・・俺が間違ってた・・・!」と謝るので、ダイゴヨウは「親分・・・」と驚く。更に源太はガバッとその場に跪き、「お前の気持ちも分かろうとせずに、一方的に好き勝手言っちまった・・・」と、泣きだしそうな顔でダイゴヨウを見上げてひたすら謝り続ける。
そして「俺は・・・俺はお前のことをこれっぽっちも分かろうとしてなかった!」と叫ぶと、地面に額を激突させるほどの猛烈な勢いで土下座し、「俺が悪かったっ!!・・・この通りだぁっ!!」と額を地面に押しつけたまま、源太は懸命にダイゴヨウに謝罪したのであった。最初はただただ驚いていた茉子や丈瑠たちも、その源太のあまりに真摯な謝罪の態度を見て、いつしか心を動かされて見入っていた。

源太は先ほどのダイゴヨウの茉子への告白を聞いて自分の過ちに気付いたわけではない。ダイゴヨウが茉子に提灯について述べている時点では源太はこの場にはまだ到着していたかどうかは定かではない。泣き崩れてから到着したのかもしれないし、あるいはダイゴヨウが語り出した時点ではその言葉が耳に入る位置に到着していたのかもしれない。
しかし、そんなことはこの際どっちでもいいことである。源太が屋台から離れてダイゴヨウを捜しに出掛けた時点で、既に源太はダイゴヨウの気持ちには気付いて、自分の過ちも認識していたはずだからである。だから、この場でのダイゴヨウが茉子に言ったようなことは源太には既に分かっている内容なのであり、この場でそれを聞いたかどうかなど、どうでもいいことなのである。
源太は志葉屋敷で茉子からダイゴヨウの様子を聞いた時点で、ダイゴヨウが「提灯=正義のヒーロー」という自負を持っており、源太の提灯を否定する発言によって自らの存在意義を否定されたような気分になり深く傷ついているのだということは覚っていた。そのことについて源太は罪悪感を覚えたが、それでもまだその時点では、相手を傷つけるような発言をしたという意味ではダイゴヨウも同じことであり、お互い様だという想いがあり、源太は自分から頭を下げることには抵抗があった。
しかし、屋台に戻って一人で考え込んでみると、そもそも源太がダイゴヨウが「提灯=正義のヒーロー」という認識を持っていることを知っているのは、源太自身がダイゴヨウをそのようにプログラミングしたからであったことに思い至った。そうしてダイゴヨウを懸命に作っていた時の自分を思い出した。そして、あの時の自分自身もまた提灯こそが正義の光で世界を照らす自分の分身である戦士に相応しい素材なのだと固く信じていたということを思い出したのだった。
ダイゴヨウはそうした源太の願い通りに、ひたすら真っ直ぐに正直に自分の意見を述べたまでのことなのだ。それは確かに無思慮に他人を傷つける、あまり褒められたものではなかったが、ダイゴヨウにそのようになって欲しいと願ったのは源太自身なのであり、またそれは源太自身の姿でもあったのだ。ダイゴヨウはただ源太の意図を実現して源太の分身であろうと懸命であったに過ぎない。ダイゴヨウはただ真っ直ぐで、そこに嘘は無かった。

それに比べて、源太は自分自身の行いを省みて愕然とした。源太は提灯こそ正義のヒーローと信じていたはずだ。ダイゴヨウはそれに共鳴しているに過ぎない。それなのに、源太はダイゴヨウに正論で痛いところを突かれた腹いせに、提灯のことを役に立たない代物だと小馬鹿にしたのだ。それはダイゴヨウの誠意に対する裏切りであると同時に、源太自身の真意とも全く逆の意見であり、源太は自分自身の心をも裏切っていたのだ。
源太は提灯が役立たずだなどと本心では思っていない。正義のヒーローが不要だなどと思ってはいない。思ってはいけないのだ。そんなことを思ってしまえば、源太自身がどうして「光」のモヂカラを駆使してシンケンジャーとして戦っているのか分からなくなってしまう。だから、源太の言葉はダイゴヨウだけでなく、自分自身に対しても唾を吐きかけるような暴言であり、ひいては自分に正義の心を教えてくれた丈瑠に対しても極めて失礼な発言でもあった。
そのような自分を偽って自分を取り巻く世界を貶めるような愚かな発言を、ただ単にダイゴヨウを言い負かすためだけに吐いた自分を、源太は途轍もなく醜いと思った。そんな自分の醜さに気付いてしまった以上、源太はそんな自分を恥じることなくふんぞり返っていることは出来なかった。とにかく早くダイゴヨウに会って自分のしでかしてしまった不始末の落とし前をつけないわけにはいかなかったのである。それで繁華街を捜し回っていたところ、丈瑠たちが集まって茉子とダイゴヨウが一緒にいる場を見守っている現場に出くわしたというわけである。

ダイゴヨウの方は、ここまで派手に源太に謝られてしまって、さっきまであんなに悔しがっていたはずが、すっかり毒気を抜かれてしまい、源太に対する怨みや怒りは消え失せてしまった。
「面を上げてくだせぇ・・・親分・・・」と、ダイゴヨウは穏やかに源太に声をかける。源太もそれに応じて、土下座の姿勢のまま、「ダイゴヨウ・・・」と泣きはらした顔だけを上げる。ダイゴヨウは「悪かったのは、こっちの方で・・・もとはといやぁ、オイラがあんなことを言いさえしなきゃ・・・」と首を振る。
ダイゴヨウも茉子に言われて、とっくの昔に源太への失礼な態度を深く反省していた。だが源太に裏切られた怨みが邪魔をして素直に謝ることが出来ていなかったのだ。その怨みや怒りが氷解した今、ダイゴヨウはむしろ悪かったのは自分の方であったのだと素直に口にすることが出来たのであった。
こうして互いに自分の過ちを認め合い謝り合えば、互いに許し合って和解することが出来る。そのようにダイゴヨウは茉子にも諭されていた。茉子や丈瑠たちもそのような解決を願っていたし、そのような解決に至るものだと思っていた。
しかし源太はそのダイゴヨウの言葉を即座に「そうじゃねぇ!」と否定する。「お前は俺のことを想って言ってくれたんだ!・・・お前は何にも悪くねぇ!」と源太は断言した。源太は、相手をやりこめるために自分自身の心を偽るよう発言をしていた自分に比べれば、正直に相手のためを想って発した発言が多少失礼であったダイゴヨウの方が遥かに正しいと思っている。そして、その正直さ、真っ直ぐさはもともと源太自身がダイゴヨウに期待したものなのだ。だから、とにかく自分だけでも源太はそれを肯定してやらねばならないと思っている。
「・・・親分・・・」と声を詰まらせるダイゴヨウに向かい、「だから頼むダイゴヨウ!・・・戻ってきてくれ!!」と源太は再び土下座した。互いに間違っていたことを許し合い和解するなどというつもりは源太には無かった。源太はダイゴヨウの真っ直ぐさは全面肯定した上で、全て非は自分にあるとして許しを乞い、ダイゴヨウに戻ってくれるように伏して懇願するという形をとったのだ。

しかしダイゴヨウは自分に確かに非があったことは分かっている。正しいことを言ったことによって他人を傷つけることだってあるのだ。そのことは茉子に教わった。正しいことがいつも肯定されるとは限らない。正義のヒーローがいつも歓迎されるとは限らないのだ。それがこの世界の真実だった。
それを既に理解してしまったダイゴヨウは、それでもあえて自分の真っ直ぐさを肯定してくれようとする源太が無理をしているように見えた。こんな出来損ないの自分を作った責任を感じているのかもしれないとも思った。「こんなオイラなんかで・・・よろしいんですかい?」と、ダイゴヨウは源太に思わず訊ねる。
すると源太は顔を上げて「何言ってんだ!・・・お前は俺の分身じゃねぇか!」と答えた。源太はダイゴヨウを作った責任を取ろうとしているわけでも、ダイゴヨウを憐れんでいるわけでもない。ダイゴヨウの目指す真っ直ぐさ、正義のヒーローであろうとする気持ちは、もともと源太自身の願いでもあるのだ。この世界で他の誰もが正義のヒーローなんて要らないと言ったとしても、源太はダイゴヨウと2人であくまで真っ直ぐ正義のヒーローを目指して戦っていくと決意したのである。
それは茨の道であるかもしれないが、自分と自分の分身であるダイゴヨウの2人力を合わせれば、きっと成し遂げられると源太は信じている。だから共に同じ道を歩んでほしいと、源太はダイゴヨウに懇願しているのである。その源太の熱い気持ちはダイゴヨウにも伝わった。「・・・合点!」とダイゴヨウは応える。それに対して源太はニッコリと笑顔で応えた。

そうした2人を眺めて、茉子は少し呆れた。茉子が想い描いていたのは、2人が互いに大人になって謝るべきところは謝り合うような和解の形だったのだ。正しいことを言う場合でも遠慮や礼儀はわきまえるのが当然で、正義だからといって何でも通るわけではない。正義のヒーローなんてなかなか有り得るものではないのだ。そういう常識を2人が理解することで和解が成立するはずであった。
ところが、結局この2人は、正しいことには遠慮は無用というような結論に基づいて和解してしまった。こんなのは子供の理屈である。しかし、それだけこの2人が子供っぽい正義のヒーローという目標にこだわっていこうとしているのだということが茉子には分かった。なんと子供っぽく意地っ張りの2人なのかと茉子は呆れたが、同時に、そういう2人がシンケンジャーにはやはり必要なのだろうとも思えて、思わず笑みが漏れる。
「結局、似た者同士の意地の張り合いだったってことよね!」と微笑みながら茉子が言うのを聞いて、丈瑠たち4人も笑みが漏れる。彼らもだいたい茉子と同じような感想のようである。
そこに突然、丈瑠のショドウフォンの呼び出し音が鳴り響いた。屋敷から外道衆出現を知らせる連絡であった。またあのドクロボウに違いない。「行くぞ!」と丈瑠が号令すると、4人の家臣たちと共に、ダイゴヨウを手にした源太も力強く頷き、闘志を漲らせた。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 20:38 | Comment(0) | 第二十九幕「家出提灯」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月08日

第二十九幕「家出提灯」その2

第二十九幕「家出提灯」その2
志葉屋敷のスキマセンサーに反応を起こさせたのは、先ほど六門船で顔見せしたドクロボウであった。ドクロボウはあの後ほどなくしてアクマロの命を受けて隙間を通って地上に現れ、その際にスキマセンサーに引っ掛かったのである。
ドクロボウがアクマロから受けていた指令は、志葉屋敷からそう遠く離れていない都心のポイントに出現して、せいぜい大暴れして人間達を苦しめ、出動してくるシンケンジャーと戦い、出来るならば倒しても構わないということであった。まぁ至って普通の指令といえる。しかし、この普通な感じが今回の指令のポイントで、いかにも今までドウコクやシタリの遂行してきた三途の川増水作戦を忠実に踏襲しているかのように見せて、ドウコクの信頼を勝ち取ることがドクロボウの使命なのである。
だから、もちろん戦果も大きい方が良い。シンケンジャーも倒せるなら倒せるに越したことはない。だがアクマロとしてもそう簡単にドクロボウが水切れという時間制限のある中でシンケンジャーを倒せるとも思っていない。それでもドクロボウの特殊能力をもってすれば、かなりシンケンジャーを撹乱することは可能であり、ドクロボウもそう簡単に倒されはしないであろう。そうして何度もドクロボウが出撃してシンケンジャーを苦しめ、人々の嘆きを増幅させていけば、ドウコクも喜んで自分達のことを信用し油断していってくれるはずだとアクマロは計算していた。ドクロボウもそのことはアクマロから言い含められてきている。

まず手始めにドクロボウは、とある工場に出現して従業員たちを追い立てて大暴れしていた。するとそこに陣太鼓が鳴り響き陣幕が張られ、シンケンジャー6人がさっそく駆け付けた。先ほど河原で連絡を受けた茉子も、そして源太も急いで合流していた。
「そこまでだ・・・外道衆!」と真ん中に立つ丈瑠がドクロボウを睨みつけながら言うが、まだ変身前の姿であるのでドクロボウには彼らが何者なのか分からないようで、「んん?」と首を傾げる。さっそく「一筆奏上!」「一貫献上!」と6人が変身してシンケンジャーの戦闘スーツ姿になると、「ふう〜ん・・・お前らがシンケンジャーか?」とドクロボウは訊ねてくる。戦闘スーツ姿を見て、さすがに一般人ではないということは理解したようであるが、今回は6人がいちいち名乗りをしていないということもあり、まだ6人がシンケンジャーであるという確信がドクロボウには無いようである。
「・・・何者だ?」と逆に丈瑠が不審そうに訊ね返した。大抵の普通のアヤカシならば志葉家の陣幕を見た時点でシンケンジャーと気付くはずであるし、スーツ姿を見てもまだシンケンジャーと分からないというのは少し異常である。どうもいつもの地上に来て暴れている普通のアヤカシとは違うようだと丈瑠は思ったのである。
それを聞いてドクロボウは相手がシンケンジャーだとようやく確信し、「俺は筋殻のアクマロ様の命を受けてやって来た、外道衆一カッコいい・・・ドクロボウ様だ!」と投げキッスしながらカッコつけて名乗った。「アクマロ?・・・この間のヤツか!」と流ノ介が前回、第二十八幕の際に北関東の山中で戦った新たな外道衆の幹部のことだと思い出し、反応した。
丈瑠もアクマロのことを思い出した。あのアクマロの配下ならば、シンケンジャーのことをあまりよく知らないというのも納得は出来る。アクマロは「地上に出て来るのは久しぶり」と言っていた。おそらくアクマロ一派というのは、あまり地上には出て来ないアヤカシの集団なのであろう。
実際、丈瑠は前回の戦いの後、その地上に今まであまり出て来なかったアクマロがどうして急にドウコクと手を組んで地上に出て来たのか不審に思っていた。何か特別な目的が有るのではないか。あまり人口が密集していない山中に現れたのも何か意味が有るのではないか。そのように考えて、古文書などで調査しようとも考えていたところである。
しかし今回、特に深い意味の無さそうな都心の工場にこうしてアクマロの配下のアヤカシがアクマロの命令で出現したということは、アクマロもまた単にドウコクの三途の川増水作戦に従事しているだけのことであろうと丈瑠は思った。もちろん、ドクロボウがわざわざ「アクマロ様の命を受けて」と言ったのは、アクマロにそのように言うように命じられてのことである。アクマロはそうやって自分が特に深い意図を秘めていないように見せようとしたのであり、丈瑠はまんまとアクマロの術中に嵌ったといえる。

丈瑠が慎重にそのような考えを巡らせている間、千明はアクマロがどうのこうのということにはあまり興味は惹かれず、ドクロボウが自身のことを「カッコいい」と言ったことに引っ掛かったようである。さすがはシンケンジャーのツッコミ担当である。「何処がカッコいいっつんだよ!」と鋭いツッコミを入れつつ千明は一人でシンケンマルを振るってドクロボウに突っ込んでいった。というか、カッコいいとか悪いとか、そういうこと自体、千明にはどうでもいい。目の前の敵をただ倒せばいいというシンプルな思考でしかない。
千明とドクロボウの刃が交錯し、何度か斬り結ぶ。しかし「ロクに挨拶も無しか?・・・だが、そいつは俺のカッコよさを引き立てるためのスパイス!」とドクロボウは余裕綽綽である。「・・・ふざけんなっ!!」とドクロボウの刃を弾いて、千明はドクロボウを袈裟斬りにした。手応えは十分であった。「ぎゃああああっ!!」と断末魔の叫びを残してドクロボウは崩れ落ちる・・・はずであった。
が、ドクロボウは崩れ落ちそうな身体をひょいっと立て直し「・・・なぁんてね!」とおどけると、すっと一瞬にして姿を消してしまったのだ。「・・・消えた!?」と驚く千明に駆け寄る他の5人。その背後に何時の間にか現れたドクロボウが「さすがはシンケンジャー・・・だが、その強さも俺の強さを引き立てさせるだけ!」と楽しげに言う。
ハッとして振り向く6人の中、すかさず流ノ介が前転しながらウォーターアローを構えて「今度は私が!」と叫び、素早くドクロボウを射抜く。何かドクロボウが未知の術を使っているのは確かであったので、懐に飛び込むことは避けて遠隔攻撃で様子を見たのだ。その素早い判断の中に前転でフェイントを入れるなど、さすがは達人の流ノ介らしい見事な攻撃であった。
ウォーターアローの連射を受けて「ぐああああ!!」と膝をついたドクロボウであったが、今回もそのまますっと立ち上がり「・・・と言いたいところだが」と言って姿を消し、またシンケンジャーたちの背後に現れて「・・・本当の俺はここに居たりする・・・カッコいいだろ?」とおどける。どうやら攻撃を受けても全くダメージも受けていないようである。しかし手応えはあったはずだ。どうも単に攻撃を受けた後に素早く移動して死角に回り込んでいるというわけではなさそうである。
戸惑う6人に対してドクロボウは得意そうに「どうなってると思ってるんだろう?・・・それはつまり、こういうことだ!」と言うと、その姿を何十体に増やしてみせたのである。6人は驚いた。「分身した!?」と茉子も驚き、そして納得した。今まで戦っていた相手はドクロボウの本体ではなく分身だったのだ。だから斬っても本体にはダメージは与えられず、次から次へと生み出される分身と戦わされていたのである。アクマロが先ほど六門船でドウコクに言っていたドクロボウの「なかなかの術」というのは、この分身の術のことであった。

「俺のカッコよさを思い知るがいい!」と、本体と思しきドクロボウが号令をかけると、一斉に何十もの分身のドクロボウが6人に向けて突っ込んでくる。それに向かって丈瑠たち5人も真っ直ぐ迎え撃つ。そして一人、千明だけ「え?・・・ちょっ・・・」と戸惑ってから後に続いたのだが、これは、分身を斬っても本体にダメージが与えられないと分かっていて斬り合うことに意味が有るのか疑問だったからである。
しかし丈瑠や流ノ介らは考え無しに分身と戦おうとしているわけではない。分身にダメージを与えても意味は無いことは分かっている。しかし、今目の前で号令をかけているドクロボウが単純に本体であるとは丈瑠らは思わなかった。案外、分身の群れの中に本体が潜んでいる可能性もある。また、襲いかかって来る分身から逃げていても仕方ないし、斬り合うことによって分身と本体を見分ける方法が発見出来るかもしれなかったからである。
こうして6人のシンケンジャーと何十体ものドクロボウとの乱戦となった。もはやどれが分身でどれが本体か分からない。とにかく斬って斬って斬りまくる状況となった。斬られたドクロボウは姿を消していく。それはつまり分身であったということだ。しかし、そのように姿を消すまでは分身とは分からない。ちゃんと手応えもあるし、相手の攻撃もちゃんと実体を伴ったものであったからである。つまり本物と全く区別がつかない。「どれが本物!?」と、複数のドクロボウと斬り合いながら茉子も混乱する。

しばらくの乱戦の末、全てのドクロボウを斬り倒して消滅させた。本物も一緒に倒したのかとも一瞬思ったが、そうではない。本物なら倒した後、普通に倒れて爆発するはずである。全て姿を消しているということは、全て分身だったということだ。
いったい本物は何処にいるのかと戸惑う疲労困憊の6人を見降ろす鉄塔の上にドクロボウが現れて「こっちこっち〜!!」と小馬鹿にするようにせせら笑い、「行くよ!」と両手からエネルギー弾を連射し、6人を狙い撃つ。どうやらこれがドクロボウの本体のようで、ずっと物陰に隠れて6人が疲れるのを待っていたようである。分身との戦いで疲れ切った6人はこの攻撃を避けきれず、ダメージを受けて倒れ伏してしまう。
作戦が成功して有頂天のドクロボウは「俺ってなんてカッコいいんだ!」と調子に乗って鉄塔から飛び降りてきて、「それに比べてお前ら、カッコわりぃ!」と刀を構えて「トドメだ!」と近づき、トドメを刺そうとする。ところがここでドクロボウは水切れを起こして、悔しそうに「水切れか・・・どうやら命拾いしたようだな!」と捨て台詞を残して隙間に消えていったのだった。
まぁこれは一見、シンケンジャーがたまたま幸運を拾ったようにも見えるが、要するにドクロボウの予想以上にシンケンジャーが強かったために分身たちとの戦闘で6人がなかなか消耗せず、6人が疲れきるまで待っている間にドクロボウの身体が水切れ寸前になってしまったということであるので、ドクロボウとしてもシンケンジャーを倒すことは困難であることは思い知ったことになる。ただ、分身を使った作戦を繰り出せば、少なくとも簡単にシンケンジャーに負けることは無いという自信は深めたのであった。これで好きなように地上で暴れることが出来そうだ。また水切れが癒えたら地上に出て来て暴れてやろうとドクロボウは思った。

さてドクロボウとの戦いの後、志葉屋敷に戻って来たシンケンジャー6人は傷の手当てを受けていた。皆、軽傷ではあったがドクロボウとの激しい戦いによって、あちこちに傷を負っている。千明は彦馬に包帯を巻いて貰っているが、「痛っ!もっと優しくやってくれよ!」と文句をつけて「これぐらいで弱音を吐くな!男だろ!」と叩かれる。今回、彦馬の出番はこれだけである。
傷の手当てが終わり、座敷で服を着ながら流ノ介が丈瑠に向かい「殿・・・あのアヤカシの分身の術・・・厄介ですね」と静かに言う。丈瑠も「確かにな・・・」と同意する。2人が深刻に感じているのは、ドクロボウの分身の術が一般的な分身の術とはどうも勝手が違うからだ。こうして皆が負っている傷は、最後にドクロボウの本体の攻撃を受けた時についた傷だけではない。その前に分身たちと斬り合っていた時に負った傷も含まれているのだ。
つまりドクロボウの分身は、目の錯覚や幻術などで生み出した非実体的な現象なのではなく、ちゃんと実体を伴っているのである。確かに斬ればすぐに消滅するところからも、本体よりはかなり弱体な存在のようではあるが、それでもれっきとした実体がある。おそらくドクロボウ自身のパワーを分け与えて生み出している、本体よりは密度は希薄でありながらも本体と同質の存在なのであろう。目の錯覚ではなく、まさに文字通り「分身」だといえる。ドクロボウのパワーも無限ではないだろうから、無限に分身を生み出せるというわけでもないだろうが、それでもあれだけの数の分身を作り出せるのは脅威であった。
ただ、数の多さが脅威なのではない。おそらく数が多くなればなるほど個々の分身は弱体化する。倒すのはそう難しくはない。問題は、それらが皆、本体と同質の存在なので本体と区別がつかないことである。つまり戦いの中で本体を見つけ出すことが出来ないのだ。そうなると今回のように分身との戦いに疲弊したところを本体が狙い撃ちしてくる可能性もあるし、そうならなかったとしても、とにかく本体を倒さないことには事態は解決しないのだ。これはなかなか厄介であった。

「・・・ま、分身全てを斬るつもりでやれば・・・一人十体ってとこか・・・」と丈瑠は軽く呟く。これには千明は唖然とし、流ノ介は厳しい顔で考え込む。ことはは「十体か・・・気合い入れな・・・!」と身体に力を込める。なんとも強引な方法のようであるが、これが現時点での丈瑠流の最善の解決法であった。
とにかく分身と本体の見分けがつかない以上、全部斬ってしまえばいい。その中に本体が混じっていればベストだし、もし全部分身だったとしても、そこでドクロボウも作戦は遂行出来なくなる。ドクロボウも無限に分身を生み出せるわけではないのだ。一度に生み出せる分身を全て斬ってしまえば、そこで打つ手は無くなる。さっきの戦いで生み出した分身の数は四十体ぐらいだったが、上限はもう少し上だとしても、まぁおそらくシンケンジャーの一人につき十体ぐらい片付けたら、6人がかりであれば事足りるぐらいであろう。
問題はそれが可能であるかという点である。千明は無理だろうと驚いたようであるが、丈瑠は十分に可能だと思っている。分身が多くなればおそらく個々の分身は弱体化する。だから数が増えても対処は出来るはずだと思った。ただ流ノ介が心配したのは、また疲れたところを本体に狙われるのではないかということであった。もちろん丈瑠もそれは想定している。大事なのは一人で十体の分身を倒してもなおかつ疲れたりせずにスキを見せないことである。
そして、それも丈瑠は可能だと思っている。さっきはドクロボウの分身の術に関する予備知識の無い中での手探りの中での戦いであったのでペース配分が上手く出来ず余計な疲労が蓄積してしまったのだ。次は、ドクロボウの分身の数や個々の強さなどもだいたい予測のつく中での戦いとなる。ならば個々人が疲労しないように上手くペース配分をしながら十体の分身を倒すことも十分に可能なはずである。要は戦いに対する目的意識と集中力の勝負である。ことははそうした丈瑠の意図を汲んで「気合い入れな」と心に言い聞かせている。

ところで、この座敷の場に茉子と源太だけは居ない。2人は傷の手当てを終えて座敷の外に出て廊下の端で何やらコソコソと話をしている。どうやら、茉子が源太を呼び出して、先ほどの河原でのダイゴヨウとの遣り取りについて伝えているようである。
ダイゴヨウが源太への伝言を茉子に託していたので、それを伝えがてら、ダイゴヨウとの会話を茉子は源太に説明した。他の皆から隠れて2人きりで話しているのは、源太が皆の前だと意地を張って素直になってくれないだろうと茉子が配慮したからであった。
「・・・そっか・・・ダイゴヨウがそんなことを・・・」と源太は腕組みをして深刻な表情で考え込む。茉子から源太が聞かされたのは、「ダイゴヨウが眩しすぎる」と源太が言っていたことを知らされたダイゴヨウが「親分にはオイラの気持ちなんか分からない」とこぼして、「オイラは親分の助け無しでも、昼だろうと夜だろうと、立派にやっていってみせます。二度と会うことは無いでしょう」と茉子に言伝して去って行ったということであった。
ダイゴヨウが本格的に出て行ってしまったことも源太にはショックであったが、源太が深刻な表情でいるのは、それだけが理由ではないようだ。どうもダイゴヨウの心情に何やら心当たりが有るようである。
「・・・相当、思い詰めた喋り方してた・・・捜しに行ってあげたら?」と茉子は源太に提案するが、源太は一瞬考え込んで、ぷいっと横を向いて「・・・何でだよ!」と声を荒げる。確かにダイゴヨウのことは気にかかるが、源太はついさっき「どうせすぐに帰ってくる」と皆の前で啖呵を切ったばかりである。それが数時間後には源太の方からダイゴヨウを捜し歩くようでは、男に二言が有るということになってしまう。そんなカッコ悪いことが出来るものかという意地が源太にも有る。少なくとも、もし捜し回るにしても、それを茉子や皆に宣言するわけにはいかない。
それに対して茉子は「戻ってきてほしいんでしょ?」と指摘する。先ほどからの源太の深刻な表情を見て、源太もダイゴヨウが決別しようとしていることに動揺していると判断したのだ。つまりは、戻ってきてほしいのだと茉子は解釈した。これに源太はカチンときた。戻ってきてほしいとか、離れたくないとか、そういうウェットな感傷ではないのだ。「いや!・・・俺は別にっ・・・!」と言い返そうとするが、源太は口ごもる。
源太が言いたかったのは、ダイゴヨウが今落ち込んでいることに関して自分の言葉に責任を感じているということであり、その責任感、罪悪感ゆえにダイゴヨウの行方が気になっているのだということだ。別に感傷ではないのだ。しかし、それを言ってしまうと、自分の過ちを認めてしまうことになる。
それに、今のダイゴヨウの傷心の原因は自分の言葉にあるとしても、そもそも今回の事件の発端はダイゴヨウの無礼な態度にあるのだ。ダイゴヨウが己の非を認めて謝らない限り、自分の方から戻ってきてほしいなどと言えるわけもないし、自分の非を認めるわけにもいかないと源太は思った。だから慌てて源太は言葉を呑み込み、「てゆーか、これは俺とアイツの問題だ!ほっといてくれ!」と茉子に言い捨てて背を向け、話を終わらせてその場を立ち去ろうとした。

しかし茉子は源太の肩を掴んで振り向かせ、「ごめん!・・・それ無理!」と真剣な眼差しで言う。茉子もこうしてダイゴヨウの伝言を源太に伝えれば、もう後は2人の問題だということは分かっている。これ以上は余計なおせっかいだとも思っている。しかし、それでも放っておけないのだ。さっきダイゴヨウにも言ったように、茉子はそういうのは得意ではないのだ。
目の前で親子関係のような2人の気持ちが擦れ違って離れ離れになろうとしているのを見て、茉子はどうしても放ってはおけなかった。特に、さっきダイゴヨウの心を理解しきれずに逃げられてしまったことを悔やんでおり、このまま2人が離れ離れになるのを黙って見過ごすのは忍びなかった。
こうした茉子の妙なこだわりは、茉子自身の幼児期の体験から来ているのだが、茉子自身そういうことまでは無自覚である。ましてや源太には何のことやら分からない。どうして茉子がここまでしつこく自分とダイゴヨウのことに介入してくるのか不思議に思い、茉子の必死な顔を見て首を傾げた。

茉子は源太の正面に立ち、肩に置いた手を離すと「・・・あのさ、あたし、源太の気持ち、分かるよ」と語り始めた。「あたしも料理、下手だから!」と茉子は言う。源太は「・・・も?・・・」と少し驚いて茉子の顔を覗きこむが、「ダメなものはダメってハッキリ言われると、結構凹むもんねぇ・・・」と茉子は源太に構わず横を向いて語り続ける。
つまり茉子はさっきダイゴヨウに言ったのと同じように、ダイゴヨウの言葉で傷ついた源太の心情に理解を示したのである。それは茉子もまた少し前に自分の手料理にダメ出しをされた辛い経験から来ているので、そのことも茉子は率直に言っている。しかし源太にとっては、気持ちを理解してくれているのは嬉しいが、その譬えはあまり嬉しくはなかった。
茉子の料理が酷く不味いことは千明たちから聞いて知っている。そりゃあ確かに「ダメ」と言われても仕方のない代物なのであろう。しかし自分の寿司は、ダイゴヨウは「ダメ」だと言っていたが、実際は流ノ介たちも「普通」だと言って平気で食べてくれている。茉子の料理と同列にされて「ダメなものはダメ」などと言われるのは、少し心外であった。
「・・・いやぁ、俺、別にダメじゃなくて・・・普通・・・普通?」と少し苦笑いしながら横を向いて源太はブツブツと文句を言ったが、茉子は別に源太の寿司の味の話をしようと思っているわけではない。本題はまた別であった。茉子は源太がブツブツ言っているのには構わず、「でもさ、それってダイゴヨウも同じなんじゃないの?」と言いつつ、源太の方に振り向いた。源太もその言葉を聞いて「え・・・!?」と驚いた顔で茉子の方を振り向いた。
つまり、茉子がここでやろうとしていることは源太への説得なのである。さっき河原で茉子はダイゴヨウを説得して、まずはダイゴヨウから源太への謝罪の言葉を引き出そうとした。しかしどういうわけかダイゴヨウが急に心を閉ざして飛び去って行ってしまった。そこで仕方なく、茉子はまずは源太を説得して、源太の方から非を認めてダイゴヨウを捜しに行かせようとしている。
しかし源太も意地を張ってそれに応じようとはしない。そこで茉子は、まずは源太がそのように頑なな気持ちになってしまっていること自体には理解を示した。ダイゴヨウに言われた言葉で傷ついてしまったので源太は頑なになっているのだということを指摘しつつ、それに心情的に理解を示したのである。そして、その上で、それはダイゴヨウだって同じなのだということを源太に教えたのだ。
ダイゴヨウだって源太に言われた言葉に傷ついて心が頑なになってしまって、それで素直に謝れない状態なのである。源太もダイゴヨウも同じような状態で心を閉ざしてしまっている。その源太の頑なな心を茉子が理解したのと同じように、ダイゴヨウの頑なになってしまった心も源太が理解してあげてはどうだろうか?と茉子は源太に提案しているのである。

「ねぇ源太・・・そろそろ仲直りしてもいいじゃない?」と茉子は源太に提案した。源太も茉子が言おうとしていることは理解した。ダイゴヨウが素直に謝ってこないのは、自分がダイゴヨウの心を傷つけてしまったからなのだということに源太は気付いた。確かにそれならば自分にも現在の事態へ至った責任の一端は有る。事態の解決のためには、まずは自分がダイゴヨウの心を理解し慰めてやることが必要なのかもしれないとも思えた。
しかし、それはまさに茉子の言うように、ダイゴヨウもお互い様のはずである。自分だってダイゴヨウの言葉に傷ついたのだ。それなのに、どうして自分が先に折れなければいけないのか。そう考えると源太はやはり納得出来ず、腹が立ってきた。茉子は単に仲直りするように言っているだけなのだが、源太は茉子が自分に謝るように迫っているように思えて、癪に障った。
源太は顔をしかめて茉子に背を向け「やなこった!・・・俺はぜってぇ謝らねぇ!」と強情に言い張った。この場で茉子の提案に従うことは、自分にとって敗北のような気がして、源太は拒絶するしかなかったのだ。ただダイゴヨウの心を理解してやる必要が無いと思っているわけではない。この場では茉子の提案は拒絶しつつも、後でこっそり街にダイゴヨウを捜しに出て、とにかく一度落ち付いてダイゴヨウと話をしてみてもいいとは思っていた。

ところが茉子は源太のあまりの頑固さに呆れ、「あっそう!・・・だったら、あたしが捜しに行く!」と言うなり、ぷいっと外へ飛び出していってしまった。源太があくまで歩み寄る意思が無いのなら、もう頼んでも仕方ない。やはりダイゴヨウを捜し出して、もう一度ダイゴヨウを説得するしかないと、茉子は思ったのだ。
それだけ、さっきダイゴヨウの気持ちを理解してやれなかったことを悔やむ気持ちが強かった。ダイゴヨウを救ってやりたいという想いにどうしても茉子はこだわっていた。それに、ダイゴヨウが妙にこだわっていた「提灯が眩しい」という言葉が何か茉子には引っ掛かっていた。茉子にはその意味は分からなかった。分からないからこそ、それは自分にとって、いや、シンケンジャーという仲間にとって、重大な意味を持った言葉なのではないかという気がしていた。
何故なら、ダイゴヨウもまたシンケンジャーの新しく加わった仲間だからである。ダイゴヨウが大切にしてこだわっている言葉だからこそ、ダイゴヨウを真の意味で仲間に迎えるためにはシンケンジャーの皆が理解しなくてはいけない言葉であるように思えた。だから、ダイゴヨウと会って、あの言葉の意味を聞かねばならないと、茉子は思った。
茉子がダイゴヨウを捜しに行ってしまったので、源太は「あっ・・・ちょっ・・・おいっ!!」と慌てたが、茉子はさっさと出て行ってしまった。源太は「くそっ!!」と苛立った。後でこっそり街にダイゴヨウを捜しに行こうと思っていたのに、茉子がダイゴヨウを捜してウロウロしていては、鉢合わせしてしまう。そうなったら決まりが悪い。これではダイゴヨウを捜しに行くことが出来ない。仕方ない。屋台に戻るしかない、と源太は苛立ちつつ、諦めた。
一方、その背後で、丈瑠たち4人と彦馬も出て行く茉子の後姿を見送っていた。廊下の隅で茉子と源太が何やら口論をしているのに途中で気付き、聞き耳を立てていたのである。その茉子の後姿を見送る丈瑠たちの表情は神妙なものであった。そういえば自分達はドクロボウとの戦いのことばかり考えていて、ダイゴヨウのことをすっかり忘れていた。ダイゴヨウだって、茉子があれほど一所懸命になるくらい、大事なシンケンジャーの仲間だったはずなのだ。
まだダイゴヨウのことを真の意味で仲間としてピンと来ていない丈瑠たちであったが、だからこそ、こういう時にダイゴヨウのことを理解しようとする姿勢を示すべきであったのだと、茉子の行動を見て気付かされたのであった。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 22:51 | Comment(0) | 第二十九幕「家出提灯」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月06日

第二十九幕「家出提灯」その1

第二十九幕「家出提灯」その1
今幕から2幕分、メインライターの小林靖子はお休みで、2人のサブライターが1幕ずつ脚本を担当する。小林靖子はこの空いた期間を使って、おそらく後述の「シンケンジャーVSゴーオンジャー」の脚本を書いたのであろう。
サブライターが「シンケンジャー」の脚本を書くのは第十六幕以来のことである。第十六幕が5月末放送で、この第二十九幕が九月中旬の放送であるから、およそ3ヶ月半ぶりぐらいのサブライター執筆回ということになる。数多い戦隊シリーズ作品の中でも、これほどメインライターの執筆回の率が高いのは、小林靖子がメインライターを務める作品のみに見られる際だった特徴であるが、特にこの「シンケンジャー」はそれが極端であるといえる。
まず今回は大和屋暁が脚本を担当している。大和屋はこれまでに第十四幕と第十六幕を書いており、この後、第三十六幕も書いている。全部で4つのエピソードを書いていることになるわけだ。この4つのエピソードというと、第十四幕がシンケンジャーファンの外人が弟子入り志願してくる話、第十六幕が黒子の日常業務にスポットを当てた話、そして今回は源太と喧嘩したダイゴヨウが家出する話、ちなみに第三十六幕は源太がカレー屋に転業しようか迷う話である。
いずれも一話完結ネタで、「シンケンジャー」のメインストーリーとの関連性は極めて薄い。それぞれ他のエピソードとの繋がりはほとんど無く、独立性が高いエピソードである。そしてシンプルで勢いのあるストーリー展開の中にシュールなギャグが散りばめられていることも共通した特徴である。ただ、これらの特徴は、大和屋が戦隊シリーズで書くエピソードでよく見られる特徴であり、「シンケンジャー」において特に際立った特徴というわけではない。

「シンケンジャー」における大和屋の担当エピソードの特に際立った共通の特徴は、いずれも小林靖子が作った「シンケンジャー」の作品世界から一歩距離を置いている点である。言い換えれば「シンケンジャー」の作品世界の支配的思想とはまた異質な論理をぶつけて、それによってメインライターの小林靖子とはまた別の切り口で「シンケンジャー」という作品世界を覗いてみようという試みがなされているといえる。
つまり、「シンケンジャー」という作品世界における支配的思想の体現者とは言うまでもなくシンケンジャー、すなわち志葉家の侍たち(源太含む6人)なのだが、その侍たちとはまた違った思想の持ち主や、そうした異質な考え方そのものを侍たちの中に闖入させて掻き回し、そこから小林靖子の描く6人の侍の姿とはまた違った角度から、6人の侍たちの魅力を描き出そうというのが大和屋暁の「シンケンジャー」における自己に課したテーマであるように思える。このあたり、もう一人のサブライターである石橋大助があくまで小林靖子の作った世界観の中でストーリーを動かしていこうとしているのに比べて、際だって挑戦的といえる。
例えば大和屋脚本回のうち、第十四幕では一般の外国人で侍に憧れてシンケンジャーに弟子入り志願してくるリチャード・ブラウンが侍とは異質な考え方を持ちながらシンケンジャーに関わり、彼らを掻き回しつつ、結局はブラウンの行動を通してシンケンジャーたちが侍の「決して諦めない」という精神を思い起こすというお話になっている。また第十六幕では侍とは違って戦いには参加出来ない立場ながら侍のサポートに徹する黒子たちの姿を見て、シンケンジャーたちが侍同士も適材適所で役割を分担しながら戦うことの重要性を再確認するお話となっている。
なお第三十六幕は少し異質で、源太の「寿司屋の店を持ちたい」という価値観が「カレーの店を開く」という別の価値観によって掻き回される話なのだが、ここで主体になっているのは「侍としての源太」ではなく「寿司屋としての源太」である。ただ、源太が寿司屋で店を持ちたいという夢はこの頃になるとシンケンジャー全員の願っているところでもあるので、これもまたシンケンジャー世界の支配的な価値観の1つだといえる。それが異質な価値観によって一旦揺らぎ、結局はより強固な決意となって再確認されるというお話になっている。つまり第十四幕や第十六幕と基本的な構造は同じである。

そうなると、この第二十九幕も同じように「シンケンジャー」の作品世界の思想から見た何らかの異分子が登場して「シンケンジャー」的なるものを掻き乱すのだということになる。そして、この第二十九幕におけるその異分子というのがダイゴヨウなのである。
ダイゴヨウは前回、源太によって作り出されたばかりで、まだシンケンジャーの仲間の中では新参者で、既に考えの一致している6人の侍たちから見れば、十分に異分子たる資格は有るのだ。ただ、ダイゴヨウがどういう意味合いの異分子役としてここで描かれているのか、そのあたりがこの第二十九幕の場合、他の大和屋脚本回とは違って、あまり明確な言葉で説明されてはいない。かなり物言いが象徴的、比喩的で、ストレートに意味が伝わるようにはなっていない。
一見すると、単に源太とダイゴヨウが些細な口論から大喧嘩してダイゴヨウが屋台を飛び出して失踪してしまい、茉子の仲裁などもあり、結局は二人ともお互い悪かったところを素直に謝り合って和解し、ダイゴヨウも戻ってくるというお話で、それと並行してドクロボウというアクマロ配下のアヤカシとの二度にわたる戦いも描かれるのだが、これは源太とダイゴヨウのストーリーには関わりはほとんど無く、単にバトルシーンを描かねばならないというシリーズの必要性のために出て来ている印象である。
つまり今回のストーリーは源太とダイゴヨウの喧嘩と仲直りが中心であり、そこから導き出される教訓は「正しいと思って言った言葉が相手を傷つけることもあるが、それが相手のためを思って言った言葉であれば、貴重な忠告となる。だが礼儀は大事だよ」というような子供向け番組としては非常に良好なテーマとなっている。このように、一見、かなりシンプルなストーリーで完結しているように見える。そしてダイゴヨウがブラウンや黒子のように効果的に「異分子」役を果たしているようには、あまり見えない。
もちろん、この子供向けの教訓話として今回は9割方は作ってあるのだろう。しかし、よく見てみると、1割ほどであるが、それだけでは割り切れない不自然さが感じられる。源太やダイゴヨウの言動がやや唐突で、随所に思わせぶりなセリフが配してあり、このストーリーは実はそうシンプルなものではなく、一筋縄ではいかないことが分かる。
つまり何か裏テーマがあり、そこではやはりダイゴヨウがシンケンジャー世界における異分子として、このエピソードにおいて何らかの役割を果たしていると思われるのだ。それがどういう役割で、そしてそれが何故、あまり明確に描写されていないのかについては本編のストーリーを追って行きながら考察していこうと思う。

まず冒頭は、前回、第二十八幕にダイゴヨウが誕生し、同時に寿司恐怖症も治って営業再開してから1週間後のゴールド寿司の屋台にシンケンジャー5人が昼食を食べに来ているシーンから始まる。
丈瑠たち5人は源太の寿司を美味しそうに食べている。まぁ味は相変わらず普通なのだが、稽古で腹が減っているのであろう。その5人の様子を見て源太は満足そうに頷き、更に5人に食べさせるための寿司をぎゅっと握っている。すると、屋台に吊るされているダイゴヨウが「あ〜あ〜あ〜・・・強く握りすぎでぃ!それじゃシャリが可哀想でさぁ!」と横から口を挟む。
これに源太はカチンときた。「ダイゴヨウ・・・いいから黙ってろ!」と源太は怒りの形相でダイゴヨウを睨みつけた。たった一言でここまで源太がキレるというのも不自然なので、おそらくダイゴヨウは近頃しょっちゅうこうして源太の寿司の握り方にケチをつけていたのであろう。確かに源太の寿司の握り方は力が入り過ぎている面はあり、ダイゴヨウの指摘は正しいのであるが、子分格のダイゴヨウにポンポンと無遠慮にダメ出しをされて源太が気分が良かろうはずもない。しかも正論であるだけになかなか叱り飛ばすことも出来ない。そうして積もり積もっていた源太の憤懣が、丈瑠たちの前で面目を潰されたことによって遂に臨界点に達して爆発したのであった。
もちろんダイゴヨウは納得出来ない。「おいらは本当のことを言ったまででぃ!!」と必死で言い返す。源太が自分の分身として作ったダイゴヨウは、源太と同じく真っ直ぐな性格に作ってあるのだ。相手が親分格とはいえ、正論に対して理由も言わずに黙るように言われて、はいそうですかと引き下がるような性格ではないのである。
しかし、そのダイゴヨウの真っ直ぐな言葉によって更に源太は面目を潰された形となってしまった。「そ・れ・が!余計だって言ってんの!!」と源太は怒鳴り返す。それに対しダイゴヨウは「てやんでぃ!!」と吐き捨て、身を震わせて、絶対に納得出来ないという姿勢を示した。ダイゴヨウは正論を言うのがどうして余計なことなのか、どうしても納得出来ないのだ。しかし、源太も源太で短気で直情型の性格であるので、こうなるともう完全に短気な江戸っ子同士の喧嘩が店先でおっ始まってしまった様相になる。

面白いのは、この源太とダイゴヨウの2人のテンションの高さに比べて、丈瑠たち5人のテンションが非常に低いことである。流ノ介は身を震わせるダイゴヨウの横で寿司をつまみながら「よく喋るようになったなぁ」としみじみと感心して呟く。
確かに前回のラストまではまだダイゴヨウは「御用でぇい!」「ヘイらっしゃい!」「合点!」など、決まりきった言葉を繰り返すだけでしかなかった。それが1週間で、ここまで源太と丁丁発止の遣り取りまでするようになるとは、恐るべき成長ぶりであった。源太の組んだ電子モヂカラのプログラムがそれだけ優れているということであり、流ノ介は目の前の喧嘩よりも、純粋にそのことに感心しているのである。しかし、そのしみじみとした物言いはまるで孫の成長を見るお爺ちゃんのようでもある。
その横に座ってお茶を呑む丈瑠に向かって、ことはが少しハラハラした様子で「殿様・・・止めんくていいんですか?」と小声で囁くが、丈瑠は全く興味無さげに「子供の喧嘩だ。ほっとけ」と言い捨てて寿司をつまむ。喧嘩の原因があまりに低レベルすぎてお話にならないと丈瑠は思っている。子供同士の突発的な言い合いのようなもので、時間が経って感情の高ぶりが収まれば自然に仲直りするだろうと丈瑠は予想しており、流ノ介も同じ考えのようだ。
男の子というのはそういう喧嘩をよくするもので、丈瑠や流ノ介、千明も、そういう意味であまり心配してはいない。一方、女の子同士の喧嘩は男の子の場合よりは後で根に持つ場合が多く、そういう意味でことはは少し心配なようである。それにしたところで、ことはも決して源太やダイゴヨウに感情移入して一緒になってカッとなったりはしていない。2人が必死になって自分が正しいと信じて譲ろうとしていない意地のようなものが取るに足りないつまらないものだという認識では丈瑠たち男性陣と同じなのである。
ただ、女性であることはは、そんなつまらない意地を張って後々まで尾を引くようなことになりはしないかと心配しているだけのことである。つまり、ダイゴヨウの言い分が正しいのか正しくないのかなど、ことはにとっても、丈瑠たちにとっても、どうでもいいことなのである。

しかしダイゴヨウは自分は間違ったことは言っていないと意固地になっており、源太も頑固者なので反抗的態度をとりながら悪びれることなく一向に減らず口を止めないダイゴヨウに対して怒り心頭となり「・・・ったく!ああ言えばこう言う!俺はお前をそんなふうに育てた覚えは無ぇ!!」と怒鳴りつける。
するとダイゴヨウは「こちとら生後1週間!育てたもへったくれも無ぇでしょうが!!」と源太の言葉の挙げ足を取るようなことを言う。確かにダイゴヨウの言う通りである。しかし源太が言っていることの本質はそういうことではなく、目上の者に対する態度がなってないということを言いたいのである。それを言葉尻をつかまえて小馬鹿にするような返し方をされたものだから、真っ赤になって怒っていた源太の顔色がさっと血の気が引いて真っ青になり引きつった。
それに気付かずダイゴヨウは一本取ったと思い、更に追い打ちをかけるように調子に乗って「それに親分!ダメなものにダメと言って何が悪いんでさぁ!?」と源太を刺激するようなことを言った。ダイゴヨウも源太をわざと怒らそうとしているわけではなく、正直に思ったことを言うことが何が悪いのか、心底分からないのである。しかし、これは源太の寿司を面と向かって否定したことになる。源太もこれで我慢の限界を超えた。
1週間前は寿司屋廃業の危機の中で形見のつもりで生み出したダイゴヨウと、思わぬ形で一緒に寿司屋をやっていくことになったことに心からの喜びを表明していた源太であったが、たった1週間でここまでダイゴヨウがペラペラと生意気な口を叩くようになるとは思っていなかった。それでも何とか我慢していたのであるが、こうまでハッキリと自分の寿司を否定されてはもう我慢の限界であった。
そりゃ源太も自分の寿司が完璧だなどとは思っていない。しかし、たとえ本当のことであったとしても、一緒に寿司屋をやっていく仲間として、ダイゴヨウの言葉は言ってはいけない一線を超えていると源太には思えた。「なんだとぉ!?」と調理台をバンッと叩き、源太はダイゴヨウを睨みつけ「もういい!お前なんかクビだ!クビ!!出てけ!!」と勢い任せに言い切ってしまった。

突然のクビ宣告にダイゴヨウは驚いて黙り込み、丈瑠たち5人もさすがにビックリして、千明が源太の服の袖のあたりを掴んで「え?おい・・・源ちゃん落ち着けよ・・・」と声をかけて源太の頭を冷まそうとしたが、源太は今更ダイゴヨウに対して折れるつもりなどさらさら無く、くるりと皆に背を向けて「は!!・・・どうせ夜にしか役に立たねぇ提灯だ!要らねぇ要らねぇ!」とダイゴヨウを小馬鹿にしたような口調で、あっち行けという感じで片手を振った。
源太は自分の寿司を否定された意趣返しのつもりで、ダイゴヨウこそゴールド寿司で大して役にも立っていないということを指摘してやったのである。半人前の役立たずが偉そうに親方の腕前を否定するなど言語道断、とても一緒に仕事などしていられないと源太は言いたかった。このあたり、いかにも江戸前の職人気質である。
しかし、これはダイゴヨウにとっては大変な屈辱であった。自分が役立たずだと言われたことももちろん悔しかったが、それ以上に源太の言葉は提灯そのものを侮辱するものであり、提灯であることに大きな誇りを持つダイゴヨウには耐えがたいものであったのだ。
そういう意味では源太の言葉はダイゴヨウの言葉よりも酷いものであったとも言える。ダイゴヨウは源太の寿司屋としての腕前を否定はしたが、寿司屋そのものは否定していない。しかし源太はダイゴヨウが寿司屋の提灯として役に立たないというだけでなく、提灯そのものが不要であるかのように言っているのだ。
これは源太がダイゴヨウを提灯をベースにして作った当初の志と矛盾している。源太があえて提灯をダイゴヨウの素材として選んだということは、源太が提灯が重要なものであると思っていたからであり、提灯に大きな意義が有ると思っていたからであるはずだ。そうした源太の想いがプログラムに反映されて、ダイゴヨウは自分が提灯であることに誇りを持っている。それはもともとは源太の提灯に対する想いであったはずなのだ。
ただ、ここでは源太は怒りの大きさのあまり、当初の自分の想いを忘れてしまっている。それで提灯など不要であるかのように言ってしまったのだが、提灯であることに誇りを持つようプログラムされているダイゴヨウにはこれは我慢ならないことであった。「ぐっくぅ〜・・・!くああああ!!」と叫んでダイゴヨウは突然、全身を激しく発光させた。
これは前回の切神とのバトル時にも使った「ダイゴヨウ大閃光」という目眩ましの技だが、今回は別に目眩ましのためというわけではなく、単に怒りの激しさの余り、身体が自然に発光したのであろう。その激しい閃光に源太や丈瑠たち6人が思わず目を瞑った一瞬の間にダイゴヨウは屋台の上空に浮かび上がると「合点承知!!こんな所こっちから願い下げでぇい!!」と悪態をつき、「あばよぉ!!」と捨て台詞を残し、物凄い勢いで空の彼方へ飛び去って行ったのであった。

一堂は呆気にとられてダイゴヨウが消えていった空の彼方を見上げた。丈瑠が一言、ポツリと「飛べるのか・・・!」と意外そうに呟く。丈瑠はダイゴヨウがあんな勢いよく空を飛べる能力を備えているとは思っていなかったようで、素直に驚いたようだ。
まぁ源太の電子モヂカラはもともと烏賊折神のモヂカラの解析から始まっており、烏賊折神にはもともと飛行能力が有るのだから源太は飛行能力を発現させる電子モヂカラも解析してそのプログラムも組めるのであり、ダイゴヨウに飛行能力が有ってもそんなに意外なことではない。
というより、この場面はダイゴヨウが飛べることに驚くべき場面ではなく、ここで問題視すべきはダイゴヨウが家出してしまったことの方であろう。丈瑠はやはりどうも少しズレている。それに比べ「・・・行っちゃった・・・」と呟いた茉子は丈瑠に比べてやはりまともな感覚なのだといえるが、それに対して源太は「なぁに!しばらくすりゃあ戻ってくるさ!」と事もなげに言い放つ。
もともと「出てけ」と言ったのは源太であるのだから、ダイゴヨウが飛び出して行ったからといって狼狽するわけにもいかない。内心は穏やかではなかったが、ここは皆の手前、平然として見せる以外無い。それに、どうせ世間知らずの提灯一つ、何処にも行き場所などあるわけもなく、ゴールド寿司に戻ってくるしかなくなるに決まってると、源太はタカをくくっている。
源太はダイゴヨウが深く傷ついたことには気付いておらず、単に口喧嘩の勢い余って飛び出して行ったのだと軽く考えているのである。源太がダイゴヨウの気持ちを慮る余裕が無いのは、ダイゴヨウに対する苛立ちや怒りの方がまだ大きすぎるからであった。「・・・ったく!昼間っからピカピカ眩しいっつんだよ!」と、まだ言い足りないとばかりに源太は苛立った様子で悪態をついた。
それは先ほどのダイゴヨウの突然の大閃光に対する腹立ちであると同時に、正論だか何だか知らないが、あまりに真っ直ぐに押しつけがましいダイゴヨウの態度に辟易している源太の内心を提灯に引っかけて吐露したものでもあった。そして源太は「それに、ちったぁ世間の荒波に揉まれた方が、あの減らず口も治るってもんよ!」と忌々しそうに吐き捨てた。源太はダイゴヨウがあのような無礼者になってしまったのは、ゴールド寿司の屋台に吊り下がっているだけで世間の常識を知らないからだと思い、いっそ外の世界で少々痛い目にあえば反省して戻ってきて少しは態度も改まるだろうと思ったのだ。

それを聞いて千明も「ま・・・それもそっか!」と軽く納得し、再び何事も無かったかのように寿司を食べ始めた。確かに喧嘩はお互い様という感じではあったが、ダイゴヨウがあまりに無遠慮に源太に恥をかかすような言葉ばかり言ったのも悪い。源太があそこまで怒るというのも余程のことである。少しはダイゴヨウも反省して然るべきであるのに、全く反省する様子も無かった。少しは世間の荒波に揉まれた方がいいのかもしれないと、千明も源太の言う事に一理あるように思えたのだ。
それに、千明自身、かつて第三幕の時や第十幕の時、まだ未熟だった頃、丈瑠や彦馬と口論をして志葉屋敷を飛び出して、一人で頭を冷やしてから気持ちが落ち着いて、その後、物事の見方が変わったりした経験があったからでもあった。ダイゴヨウもまたこれからシンケンジャーの仲間として一緒に外道衆と戦っていく以上、もう少し成長する必要があるように千明にも思えた。
というか、千明も含めて、丈瑠たちシンケンジャーのメンバーは源太のやや薄情ともいえる悪態に対して、諌めるような反応をするでもなく、何となく無反応であった。ダイゴヨウの突然の家出に対してどのようにリアクションすべきなのか、ちょっと戸惑っている感じであった。それで丈瑠も「飛べるのか」と間抜けな発言をしたりしているのだ。
つまり彼らはまだダイゴヨウのことがよく分からない。何せ生後1週間で、一緒に戦ったのも1週間前の1回きりなのだ。新参のダイゴヨウのシンケンジャーの中における存在意義というものがピンときていないので、それがいきなり不在になったからといって、それがどういう意味を持つのか実感が湧かないのだ。
源太だけはダイゴヨウの生みの親であり、1週間だけとはいえ常に一緒に屋台に居た仲であるから内心穏やかではないが表面上は強がっている。千明などはその源太の表面上の薄情な態度にとりあえず合わせて薄情な対応をしてみるしかないというところであった。他の皆も同じようなものであった。

しかし脳天気に寿司を喰い始めた千明の横で、一人茉子だけは浮かない顔で「そうなのかなぁ・・・?」とポツリと呟いた。茉子にもこの時点でダイゴヨウの存在意義というものがピンときているわけではない。だが、まず、茉子には源太が本当はダイゴヨウが出て行った事に動揺しており、それを隠そうとして無理して強がっていることが分かっていた。そして、源太が予想しているように簡単にダイゴヨウが帰って来るとは限らないとも思っていた。見通しはそんなに甘くは無いのだ。だから源太もここはあまり意固地になるべきではないと思い、茉子は源太の態度に疑問符を投げかけている。
何故、茉子が源太や千明のように事態を楽観視していないのかというと、この源太とダイゴヨウの喧嘩は源太が思っているよりも実は根深い深刻なものなのだと茉子は思っているからである。
そもそも、源太とダイゴヨウの口論の内容にはあまり興味を示していなかったシンケンジャー5人の中で、茉子だけは口論の途中から既に態度が違っていた。ダイゴヨウが「ダメなものにダメと言って何が悪い」などと言っていた辺りから、茉子は辛そうな顔をしてダイゴヨウを見て、そして心配そうに源太の顔を覗きこんでいたのだ。
これは実際、茉子はダイゴヨウの言葉を聞いて心が痛かったのである。ダイゴヨウは源太の寿司を「ダメな寿司」だと断じてしまっているのだが、茉子もまた第二十五幕の時に自分の手料理を男性陣にダメ出しされてしまい心が深く傷ついたのがつい最近であり、ダイゴヨウの心無い一言は茉子に第二十五幕の時の気持ちを思い出させ、茉子は胸が締めつけられるような想いにさせられた。だから茉子は自分以上に傷付いているであろう源太の気持ちを気遣って、その表情を思わず覗きこんだのだ。
すると、今度は源太がお返しとばかりにダイゴヨウのことを役立たず呼ばわりしてダメ出ししてしまった。茉子はこれによってダイゴヨウも深く傷ついたことが想像出来た。源太とダイゴヨウは互いに相手のことをダメな奴扱いして、互いに心を傷つけ合っている。これは単なる口論よりも案外、根は深いのではないかと茉子は危惧したのであった。

その頃、三途の川の六門船では例によって血祭ドウコクがナナシに酌をさせて酒盛りの最中であった。ドウコクは盃を満たした酒を一気に飲み干し、「不味い!・・・だがもう一杯寄越せ!」と言い、杯を突き出してナナシに酒を注がせる。これは完全に青汁のCMのパロディで、普段の小林脚本回ではドウコクがこのようにふざけた描写をされることは無く、大和屋脚本回ならではの趣といえる。と言っても、ふざけ過ぎてドウコクのキャラが台無しになっているというほどでもなく、普段のキャラとのギャップで不意打ち的に笑わされる、程よい趣の違いだといえる。
ところがナナシの持つ徳利の酒が尽きたようで、ナナシがモタモタしている。その間に少し離れた位置でシタリがドウコクに背を向けて立ち、ドウコクに聞こえないような小声で「不味いなら呑まなきゃいいだろうに・・・」とボソッと軽くツッコミを入れ、それがドウコクに聞こえていて、「うるせぇ!!」とドウコクが杯をシタリに投げつける。「聞こえてたのかい!?」と慌てて取り繕うシタリには構わず、ドウコクは「黙って持ってこい!!」とナナシをぶん殴り、ナナシは大慌てで酒を取りに倉庫の方へ走る。
何時に無くコミカルな六門船の様子であるが、このあたりはあるいは大和屋がおおまかにコミカルなシーンという指定だけして、後は監督の指示のもとでスーツアクターや声優さん達のアドリブで作りあげたシーンではなかろうかと思う。実際、本編のストーリーには全く関係無いシーンである。関係してくるのはこの後、アクマロが出て来てからである。

アクマロは前回、ドウコクに上手く取り入って六門船に同乗することを許された。つまりドウコクの配下となったわけだが、実はアクマロにはドウコク達には秘密で進めている或る計画があり、ドウコクの三途の川増水作戦の手伝いをするというのは見せかけで、実際はアクマロは自分の秘密計画の下準備を進めるために地上で公然と活動する口実が欲しかっただけなのである。それで上手くドウコクに取り入って、さっそく前回はアクマロ自身が地上に出て1つ下準備を進めたのであるが、1週間後の現時点ではアクマロは一転、慎重姿勢に転じている。
この夏パワーアップしたアクマロは、いざとなればドウコクとも対等に勝負出来るという自信を持ち、それゆえこうして大胆に六門船にも乗り込んできたのであるが、蓋を開けてみれば、アクマロ以上にドウコクもまた凄まじいパワーアップを成し遂げており、アクマロはドウコクに全く太刀打ち出来ないという現実を前回悟ることになった。そうなると少しでもドウコクに不審に思われては計画が台無しになる危険があった。石橋を叩いて渡るような慎重さが今は必要であった。
また、地上でアクマロの計画を邪魔し得る存在であるシンケンジャーのことも当初アクマロはすっかり舐めきっていたのだが、前回、当代のシンケンジャーと初めて戦ってみて、ドウコクほどの圧倒的な敗北感こそ覚えなかったものの、彼らにも未知数の強さがまだ秘められていることも悟った。戦えば勝つ自信はあったが、不確定要素も多い。シンケンジャーにも秘密の計画を勘付かれることは極力避けなければならなかった。
そういうわけでアクマロは最大限慎重に計画を進める方針に転じた。出来るだけドウコクやシンケンジャーに疑われないよう、自らは基本的に六門船に留まって、配下のアヤカシを貸し出して、ただ忠実にドウコクの三途の川増水作戦を遂行しているように見せかけていき、その中に少しずつ自分の計画の下準備をそれとは分からないように混ぜていくことにしたのだ。その目眩まし作戦の第一弾を、アクマロは今回仕掛けようとしている。

ナナシやシタリに当たり散らして荒れているドウコクの前に物陰からアクマロが現れ「ドウコクさん・・・見たところ今日のお酒はお口に合わない御様子・・・」と、相変わらずのんびりとして少し嫌味な感じの公家言葉で声をかける。
「アクマロか・・・何の用だ!?」とドウコクはそっけない態度をとる。配下に加えはしたが、まだアクマロに気は許してはいない。用が無いなら来るな、とでも言いたげな冷たい態度である。アクマロはそれに構わず、「我の配下のドクロボウを連れて参った次第・・・」と用向きを伝え、自分の後ろを指し示す。確かによく見ると、アクマロの背後には一匹のアヤカシが静かに立っている。
「・・・知らねぇ面だな・・・?」とドウコクは不思議そうに呟く。そのドクロボウと呼ばれたアヤカシの姿はドウコクには見覚えの無いものであった。ドウコクは三途の川から人間界へ行って暴れていたようなアヤカシならば皆知っていたのだが、この前のアベコンベといい、今回のやつといい、アクマロの配下のアヤカシというやつは、どうもそういう場面で見たことの無い連中ばかりなのだ。
外道衆でありながら人間界に行って人間達を苦しめることに興味が無いのか、どうも変わり者の集まりなのか、それとも単にドウコクの知らないところで人間界に出て暴れていたのか。そういえばアクマロは三途の川の底にずっと居たと言っていた。ならば、この配下の連中も三途の川の底にずっと居たのだろうか。
三途の川の底になど何も有りはしないはずだ。そんな場所に甘んじていたような連中・・・要するに覇気の無い、大した実力も無い連中なのではないかとドウコクは思った。実際、以前のアベコンベというアヤカシは大きな口を叩いた割にはシンケンジャーの年若い2人にあっけなく負けたのだから、ドウコクとしてもあまりアクマロの連れてくるアヤカシに期待感の膨らむ心境ではなかった。

ドウコクのそうした期待感の無さを察したかのようにアクマロは「この者、なかなかの術を持っておりますゆえ、ドウコクさんもきっと、美味しいお酒を呑むことが出来るかと・・・」と、すかさずフォローを入れる。ならばドウコクとしても、そこまでアクマロが自信満々で推してくるのであれば、ここは一つ、ちょっと期待しつつお手並み拝見してみようかという気になってくる。「フッ!・・・ま、見せてもらおうじゃねぇか!」と、ふんぞり返ってアクマロに作戦を一任することにした。
すると、それまで黙って突っ立っていたドクロボウが突然「お任せあれ!」と胸を張り、ドウコクの前に進み出ながら「この俺のカッコ良さで人間どもを死ぬほど悶えさせてやりましょう!」と言い、愉快そうに高笑いし始めたのだった。実はかなりおしゃべりなアヤカシのようである。しかもシャレコウベのような不気味な顔をしていながら自分のことを「カッコ良い」などと言い切るとは、相当変なヤツである。それに、笑い続けながら一人で勝手に投げキッスまでしている。どうもかなりナルシストで変態のようである。
ドウコクは少し呆気に取られ、シタリも「なんだか気持ち悪いヤツだねぇ・・・」と、途方に暮れたようにドクロボウを見上げる。その様子を見てアクマロは「ホッホッホッホッホ・・・」とほくそ笑む。これでともかくドウコクの作戦に自分が協力するという形は作ることが出来たのだ。これを繰り返していけば、ドウコクの自分に向ける警戒心も緩んでくるであろう。そうすれば、また秘かに少しずつ自分の計画を進めていくことも出来るというものである。

さて地上では、先ほどゴールド寿司を飛び出したダイゴヨウが街をうろついていた。どうもそんなにゴールド寿司や志葉屋敷からは離れてはいない場所のようであるが、源太に役立たずと言われて悔しいダイゴヨウは、提灯でも昼間も役に立つことを証明してやろうとして、源太が驚くような立派な仕事に就こうとして、さっそく就職活動に励んでいた。
ダイゴヨウはやはり自分のことより、むしろ提灯をバカにされたことを根に持っているようで、昼間の仕事で役に立って、源太の提灯に対する認識が間違っていることを証明したいようであった。つまりダイゴヨウの就職活動は単に自分の生活(?)のためでもなく、自分のプライドのためというわけでもなく、とにかくひとえに、提灯の名誉回復のためであったことになる。
しかしダイゴヨウの一途な想いとは裏腹に、就職活動は連戦連敗であった。このダイゴヨウの就職活動シーンは大和屋脚本の得意とするシュールギャグの連発シーンとなっている。まずダイゴヨウが何故か履歴書を持参して面接を受けており、そもそもこの履歴書、手の無いダイゴヨウがどうやって書いたのか不明だが、汚い字で名前欄に「ダイゴヨウ」、住所欄に「ゴールド寿司」、生年月日欄には「2009年9月6日」、つまり前回の第二十八幕放映日の日付が書いてあり、年齢は「0歳」となっている。そして職歴・学歴欄には「なし」とだけ書いてあり、こんな履歴書をいきなり喋る提灯が持ってきたとして、採用する面接官など存在するわけがない。
それでも立て続けに何かの会社の営業職、自動車整備工場、警察などに出向いてダイゴヨウは流暢なトークで何とか自分を売り込もうとするのだが、そもそも提灯の需要が無いのだから、そんなところに相手にされず、悉く門前払いとなってしまうのであった。

数時間後、ダイゴヨウは河原で一人、溜息をついていた。結局、勢い込んで飛び出してきたものの、源太の予想した通り、世間の荒波に揉まれてしまったようである。やっぱり提灯に昼間の仕事は務まらないのであろうかと、さすがにダイゴヨウも弱気になった。いやまぁ、それ以前に昼間であろうが夜であろうが提灯に普通の仕事の需要が有ると思う方がおかしいのであるが。
そのダイゴヨウの背後に誰かが近寄って「こんなとこで何してんの?」と話しかけた。茉子であった。茉子はダイゴヨウのことが気になって、街に探しに出ていたのだ。すると何やらブツブツ言いながら空飛ぶ提灯が街で噂になっていたので、すぐにダイゴヨウの行く先は分かり、どうやら就職活動を繰り返していることも分かった。ダイゴヨウが何を考えてそんなことをしているのかは茉子にはよく分からなかったが、どうせ失敗して世間の厳しさを知ることになるだろうと思い、様子を見守っていたところ、元気の無くなったダイゴヨウが河原でうなだれたので、そろそろ頃合いと見て、声をかけたのだった。世間の厳しさを知って、少しは反省した頃であろう。今なら説得して帰るよう促すことも容易であろうと茉子は思った。
いきなり背後から茉子に話しかけられて、ダイゴヨウは一瞬驚いたが、すぐに決まり悪そうに「・・・おいらはもう、皆さんとは関わりの無ぇ、ただの提灯でさぁ・・・ほっといてくだせぇ!」と、そっぽを向く。茉子が戻るように言いに来たことはダイゴヨウにも容易に想像はついた。確かにこのように就職活動も連戦連敗では、戻った方が得であることはダイゴヨウにも分かる。
しかし源太が「出て行け」と言ったから自分は出てきたのである。源太が戻ってきてほしいとでも言わない限り、自分から帰りたいなどと言うのはダイゴヨウの意地が許さなかった。これは自分と源太の問題なのである。いくら源太の仲間であるからといって、所詮は第三者である茉子にいくら説得されてもダイゴヨウはこの点では聞く耳は持つ気は無かった。自分に戻るように言うのなら源太が来るべきであり、源太が来ないということは、自分の戻る場所は無いということであった。

しかし茉子はニッコリ笑って「ほっとけって言われても、そういうのあんまり得意じゃないんだよね!」と言いつつ、ダイゴヨウの目線の高さに合わせてしゃがみ込んで、ダイゴヨウを優しく覗きこんだ。これは別にカッコつけて言っているわけではなく、本当に茉子はそういうのは得意ではなかった。余計なおせっかいであることは重々承知のことではあったが、それでも茉子は子供が親から離れて寂しそうにしている姿を無視することがどうしても昔から出来なかったのだ。
茉子自身も自分にそういう傾向が有ることは自覚していたが、それが自分の幼児体験、すなわち両親に捨てられたという想いに起因するものであることまではハッキリ自覚していたわけではない。それでもとにかく親と一緒に居ることが出来ずに寂しそうにしている子供を見ると心が痛み、何とかしてあげたいという気持ちが募った。
それは本当は自分自身の傷付いた幼児の頃の心を救いたいという衝動であったのだが、茉子はそれを弱っている者、特に小さい者たちを慈しむことで代替してきた。それで実益も兼ねて侍修行の傍ら、保育所でバイトなどもしていたのである。もちろんこうして外道衆との実戦に招集された今となってはバイトは辞めて戦いにのみ没頭する日々ではあるが、寂しそうな子供や弱っている者を放っておけない性癖は健在で、流ノ介やことはや源太などが弱っている時、思わず抱き締めたりしてきた。
まぁ今のダイゴヨウが抱き締めてあげたくなるほど切羽詰まっているようには茉子には思えなかったが、それでもダイゴヨウはまだ生後1週間の赤ちゃんのようなもので、源太はその生みの親であった。小さな子供が親に捨てられたと思って拗ねているようなものであり、そういうのを茉子は放ってはおけなかった。なんとか仲直りさせてダイゴヨウが屋台に戻れるようにしてあげたいと思ったのである。

茉子の優しげな雰囲気に触れて、ついダイゴヨウも目の前の川を見つめて「・・・おいらはただ、正しいと思ったことを言ったまででさぁ!」と心中を吐露した。もちろんダイゴヨウだって本当はゴールド寿司の屋台に戻れるものなら戻りたい。しかし自分は間違ったことは言っていないのだ。間違っていないのに源太にクビだと言われた。間違っているのは源太である。ならばダイゴヨウが自分から戻してくれなどと意地でも言えるわけもない。源太が自分の非を認めて戻ってきてくれと言ってこない限り、戻ることは出来ない。いや、出来れば源太の方がそのように一言謝罪するよう、茉子の方から説得してくれないものかとダイゴヨウは言おうとしたのである。
しかし茉子はそれに対して「そうかもね・・・でも、それでも他人を傷つけることって、有るんだけどな・・・」と返した。もちろん茉子もダイゴヨウの望んでいることは大体察しはついていたし、源太にももう少し頭が冷えたら言い過ぎたことを謝り和解するように説得はするつもりであったが、茉子は決してダイゴヨウの言い分を鵜呑みにしているわけではないのだ。ダイゴヨウにも非は有り、それをダイゴヨウが認めて反省しない限り、源太を説得することも無理だと思っていた。
ダイゴヨウの非とは、たとえそれが正論であったとしても、他人を傷つける言葉を言ったことである。もちろん正論なのだから言うこと自体は良いのだが、もし源太と仲直りをしたいと思っているのなら、まずダイゴヨウがその内容はさておき源太を傷つけたこと自体は詫びるべきじゃないのかと茉子は思った。
少し前、第二十五幕の時に茉子が男性陣によって手料理のダメ出しをされた際に、茉子はかなり傷つきはしたが、それでもあの時、男性陣が必死でフォローして優しく気遣ってくれたことが救いになって、すぐに立ち直ることが出来た。
あの時は男性陣は茉子に聞かせようと思ってダメ出ししていたわけではなく茉子がたまたま彼らの会話を聞いてしまっただけであり、彼らは茉子を傷つける意思は全く無かった。それでも茉子はかなり傷ついたのである。一方、今回ダイゴヨウは源太に向かって直接ポンポンとダメ出しをしており、しかも丈瑠たち5人の目の前で源太の寿司を貶しているのである。源太の受けた屈辱はあの時の茉子の比ではなかろう。
それなのにダイゴヨウはあの時の男性陣とは違い、全く何のフォローも無く屋台を飛び出してしまっている。あの時の自分の心境と比べてみて、茉子は今の源太の心が頑なになっているのも仕方ないと思えた。正論は正論として撤回したくないならしなくてもいい。しかし、まずはダイゴヨウが源太に対して失礼な物言いで傷つけたこと自体は謝らないことには、源太の心も氷解しないであろう。源太を説得するなら、ダイゴヨウのそうした謝罪の言葉を貰ってからであると茉子は言いたかったのだ。

茉子の指摘を受けてダイゴヨウは「え・・・?」と驚いて茉子の方を振り向いた。自分の言葉が源太の心を傷つけていたとは想像していなかったのだ。ダイゴヨウは正義のために戦う戦士としてプログラミングされて生まれた。つまり正しいことをするのが使命である。そしてその使命を与えたのは作り主である源太だ。だからダイゴヨウは自分が正しい行いをしていれば源太は喜んでくれるものだとばかり思っていた。だから自分が正しいと思ったことを遠慮なく述べたのだ。ところがそうしたところいきなり源太が怒りだしたのでダイゴヨウは驚いてワケが分からなくなってしまったのである。
1週間で言葉をだいぶ喋るようになったことから見て、ダイゴヨウはまず基本プログラムが有って、そこに更に学習機能で新しい知識や認識をプラスしていく仕様になっているようだ。だからダイゴヨウはまだ基本プログラムの「正しいことは良い事だ」という認識しかない状態で、茉子の言うような細かな人情の機微というものはまだ認識していない状態であった。それで源太との間に行き違いが生じたのであるが、こうして茉子に優しく諭されて、初めてダイゴヨウは自分の正論が言い方次第では相手を傷つけることも有り得るのだということを学習したのである。そして自分が源太を傷つけたことを知り、戸惑った。そんなつもりはダイゴヨウには無かったのだ。源太も喜んでくれると思っていた。それが逆に源太を傷つけていたという事実にダイゴヨウは愕然とした。
しかし内心とは裏腹に言葉が過ぎたのはダイゴヨウだけではない。源太もまた同様なのである。茉子は愕然としているダイゴヨウを慰めるようにニッコリと微笑んで「源太はあなたのことが眩しすぎるって言ってた」と言葉をかけた。
源太は「夜しか役に立たない提灯」とダイゴヨウを貶したが、それは別にダイゴヨウが憎くて言ったわけではない。ダイゴヨウの正論が耳に痛かった、つまり眩しすぎたので、つい感情的になって悪態をついてしまっただけなのだ。源太だって本当はダイゴヨウの指摘が正しかったことは分かっている。正しかったからこそ耳が痛かったのだ。それで言葉が過ぎた。
源太だってダイゴヨウを傷つけたかったわけではないし、心の底から役立たずだとバカにしているわけではないのだ。それなのに酷いことを言ってしまったという意味では、源太もダイゴヨウも同じような状況なのだ。だから、お互いに言葉が過ぎたことを謝り合えばいいじゃないかということを茉子はダイゴヨウに言おうとしたのであった。

ところがダイゴヨウは茉子の言葉を聞いて何を勘違いしたのか、源太が自分のことを褒めてくれていると思ったようである。提灯であるダイゴヨウにとって「眩しい」というのは最大級の賛辞なのであろう。「そうですか!親分がそんなことを・・・」と声を弾ませて、そのボディの蛇腹部分をほわ〜んとピンク色の光に染めて照れたのである。なかなか面白機能がついている。
しかし完全に勘違いである。茉子は源太がダイゴヨウの歯に衣着せぬ物言いに戸惑っているということを伝えたかったのである。茉子は苦笑して「いや、そういう意味じゃなくて実際にね!」と言う。眩しいというのは褒め言葉としての比喩ではなく、実際ダイゴヨウが先ほど大閃光で目潰しをしたみたいに、やや空気の読めないストレートさを源太や皆が迷惑に思っているということなのである。そして、それを今後は少し控えめにしてくれれば問題は無い。そういうことを茉子はダイゴヨウに伝えたいのだ。
ダイゴヨウも自分が勘違いしていたことに気付かされ「あう!・・・わ、分かってまさぁ!!」と慌てて言い繕うので、茉子は「なら、いいんだけど」と微笑む。ダイゴヨウもようやく自分の反省すべき点を理解してくれたと思ったのだ。これでダイゴヨウから素直な謝罪の言葉を引き出せれば源太にとりなすことが出来ると、茉子は一安心した。

しかしダイゴヨウは「眩しいかぁ・・・」と溜息をつく。ダイゴヨウも自分が源太の心を傷つけたことは理解し反省もしたのであるが、それでもなお、「眩しい」という本来は提灯にとっての褒め言葉を全く逆の意味で源太に使われたことが心に引っかかっているのである。いや、ハッキリ言って失望していた。
まさか源太が「眩しい」という言葉を自分に対する非難の言葉として使うなど想像もしていなかったために、ダイゴヨウは思わずその言葉だけ聞いて源太が褒めてくれたものだと勘違いしてしまったぐらいなのである。それだけ自分と源太の間には「眩しい」という言葉を通じて深い絆が有るのだとダイゴヨウは信じていた。
それが幻想に過ぎなかったのだと、ダイゴヨウは失望し、悔しそうに「・・・所詮、親分にゃあオイラの気持ちなんて分かりゃしねぇんでぇ!」と呟く。茉子は「え・・・?」と意外そうに問い返す。ダイゴヨウがどうして突然そんなことを言い出したのか分からなかった。
ダイゴヨウは自分が源太を傷つけてしまったことは理解してくれたはずである。そして源太がダイゴヨウが憎くてクビだと言ったわけでも本心から役立たずだと思っているわけでもないということもダイゴヨウは理解してくれたはずだ。それらを踏まえて茉子は2人の仲直りを仲裁するつもりであった。そのこともダイゴヨウは理解してくれていると思っていた。だからダイゴヨウの口からそんなやけっぱちな言葉がいきなり出て来たのは意外であった。
戸惑う茉子の方に向き直りつつ宙に浮かんだダイゴヨウは、決意したように「親分に伝えてくだせぇ!・・・オイラは親分の助け無しでも、昼だろうと夜だろうと、立派にやっていってみせますって!」と一方的にまくしたてた。ダイゴヨウにとってはこの問題はもはや単なる口論がいき過ぎただけの問題ではなかった。互いに言い過ぎを謝罪して和解したところで、そんなものは表面的なものとしか思えなかった。もっと根本的な2人の間の絆が断たれてしまったのだとダイゴヨウには思えてしまったのだ。こんな気持ちで屋台に戻っても、もはや意味は無い。
今までは源太を見返してやりたい、反省させてやりたいと思って家出していたダイゴヨウであったが、ここに至って、もう完全に源太と決別する覚悟を固めてしまった。提灯の価値を認めてくれないような源太と一緒に居るよりも、自分一人でも、昼の仕事でなく夜の仕事であったとしても、とにかく提灯としての誇りを持ってやっていく方が断然マシだとダイゴヨウは思った。「もう二度と会うこともねぇでしょう!・・・それじゃあ!!」と茉子に言うと、ダイゴヨウは空を飛んで去って行ってしまった。

茉子は慌てて「ちょっと待って!」と数歩追いかけようとしたが、あっという間にダイゴヨウが飛び去っていってしまったので、すぐに立ちつくして見送るしかなかった。そして、どうしてこんなことになってしまったのか考えた。
茉子はダイゴヨウの気持ちを全部理解しきっているつもりでいたのだが、それはとんだ思い上がりであったのだと思い知った。茉子には理解出来ない、源太に対する何らかのわだかまりがダイゴヨウの心中に存在していたことを茉子は気付いてやれていなかった。それで不用意にダイゴヨウを刺激して、ダイゴヨウをいっそう追い詰めてしまったようなのだ。茉子は自責の念にかられ自分の傲慢と軽率を後悔した。
そして同時に、親に対してわだかまりを持った子供の気持ちを救うことが出来なかった自分が、茉子は無性に悔しかった。自分が未だ同様の状態であるからだ。ダイゴヨウのことも心配だったが、それと同時に無意識的に自分の心の閉塞感も感じられて息苦しさを覚えたのであった。結局、自分は誰も救えないし、自分自身も救うことは出来ないのか・・・心の深い部分で茉子はそうした暗澹たる想いに苛まれた。それは表層意識にハッキリとは浮かび上がってはきていない。ただ単に言いようのない苛立ちが湧きあがってきていた。
そのムカムカした気分に割り込むようにショドウフォンの呼び出し音がけたたましく鳴り、茉子は少し尖った口調で「・・・もしもし?」と応答する。そして、「え!?・・・外道衆が?」と驚く茉子。その連絡は外道衆の出現を告げる屋敷からの連絡であったのだ。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 23:01 | Comment(0) | 第二十九幕「家出提灯」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月03日

第二十八幕「提灯侍」その4

第二十八幕「提灯侍」その4
アクマロの作りだした巨大な切神とアクマロ本人との連携攻撃によって追い詰められていたシンケンジャー5人であったが、丈瑠がインロウマルでスーパーシンケンレッドに強化変身し、1人で侍巨人を操って切神を食い止め、残り4人でアクマロを食い止めるという、巨大戦と等身大戦の同時進行作戦をとることにした。
ここで普通に考えれば、全員で侍巨人に乗り込んでアクマロを攻撃すればいいようにも思えるが、これはスーパー戦隊シリーズの不文律として「正義のヒーローは等身大の敵を巨大ロボで攻撃しない」というのがあって、ダメなのである。やっぱり子供向け番組なので、あまりに弱い者いじめみたいに見える行為を正義の味方にさせるわけにはいかないのである。
ただ、稀にその掟が破られることもあり、「シンケンジャー」でも第三十一幕ではその掟が破られるが、その時は敵があまりに卑劣な作戦で弱い者を狙い打ちにするような行為に及んだために、シンケンジャー側の弱い者いじめのような作戦も正当化されるという構成になっている。この第二十八幕のアクマロはそこまで卑劣な戦い方をしているわけではないので、さすがに何でもアリの侍戦隊といえども、スーパー戦隊シリーズの不文律まで破ることは出来ないのだ。

さて、ともかく巨大戦と等身大戦の同時進行ということになり、ここで丈瑠はインロウマルに「真・侍合体ディスク」に似ているが何処か微妙に違うディスクをセットして「超・侍合体!」と掛け声をかけ、テンクウシンケンオーを組み上げて一人でそれに乗り込んだ。そのディスクは新登場の「超・侍合体ディスク」であったのだ。これは「真・侍合体ディスク」を応用して、スーパーシンケンジャーが一人でも獅子・龍・亀・熊・猿・兜・舵木・虎の8つの折神を召喚してテンクウシンケンオーを組み上げ、それを一人でも操縦出来るように源太が新たに作りあげたディスクであった。
これが作られたのは、おそらく第二十六幕と第二十七幕の間ぐらいで、その製作動機はそんな深い意味というのは無く、例えば局面によってはシンケンジャー全員が揃わない状況で巨大戦の二正面作戦を強いられた場合に、テンクウシンケンオーとダイカイオーを同時運用して対応出来るようにするためであった。
実際、第二十五幕ではシンケンジャーはバラバラになって複数の敵と戦う羽目になっていたわけで、もしあの時、複数の二ノ目戦が同時発生していたらインロウマルと真・侍合体ディスクだけでは対処出来なかったのである。その後、第二十六幕の直後には丈瑠が怪我でしばらく戦線離脱を余儀なくされ、そのため急遽、源太がこの超・侍合体ディスクを作って急場に備えていたのであった。
その「超・侍合体ディスク」をこの局面で切神に対処するために使ってテンクウシンケンオーで戦うというのは、少し考えるとおかしいようにも思える。ここは普通にダイカイシンケンオーでも良さそうなものである。ただ、丈瑠としてはこれは考えがあってのことであった。
もともと怪我で万全の状態でないところにアクマロの意外なまでの強さに翻弄されてダメージが蓄積し過ぎており、スーパーシンケンレッドとしての能力を存分に発揮することも難しい状況であったのだ。そんな状態であったのでダイカイシンケンオーを一人で十分に操るのは難しいと判断し、それよりは少し負荷の少ないテンクウシンケンオーを選択したのであった。

切神と戦い始めたテンクウシンケンオーを見上げて、アクマロは「なるほど・・・まだまだ我を楽しませてくれるということでござりまするな・・・」と余裕たっぷりに面白がっている。だが、アクマロの内心は少し違っていた。まず、あのような白い羽織姿のシンケンジャーはアクマロは過去に見たことは無く、一人で侍巨人を操るシンケンジャーというものも初めて見るものであった。また、切神と戦う侍巨人の姿はアクマロがかつて見たことの無い姿のものであった。
どうやら自分が三途の川の底に潜んでいた間に、地上ではシンケンジャーにも何らかの変化があったようだ。この未知のシンケンジャーの行動は過去の記憶から予測することは出来ない。そう思うと、アクマロの心に微かに焦りが生じた。その焦りを隠すために、わざと余裕たっぷりのフリをしているのである。実際は戦いが長引くのは良くないと感じ、出来るだけ早くシンケンジャーを倒してしまおうとアクマロは思っていた。
「・・・ありがたいこと!」と言ってアクマロは掌から球形のエネルギー弾の塊を出すと、それを毬状にして、蹴鞠の要領で足で何度も蹴りあげた。まるでサッカーのリフティングのようである。アクマロに対峙していながらダメージのため立っているのがやっとの流ノ介たち4人は、アクマロの異様な仕草に呆気に取られて見入る。
するとアクマロはポーンと蹴りあげた毬を身体を一回転させて豪快に蹴りおろし、4人に向けて物凄い勢いのエネルギー弾に変えて撃ち込んできた。流ノ介たちはこの不意打ちにシンケンマルを弾き飛ばされて丸腰となってしまい、その後追い打ちをかけてきたアクマロの雷撃の前に無抵抗でその身を晒すことになってしまった。
一方、丈瑠の操るテンクウシンケンオーの方も動きは鈍く、得意の空中に飛び上がっての攻撃も繰り出さず、地上で切神と刃を合わせていた。テンクウシンケンオーの動きが精彩を欠いていたのは、やはり丈瑠が万全の状態ではなかったので一人ではテンクウシンケンオーの全能力を引き出すことが出来なかったからだった。
結局、動きの鈍いテンクウシンケンオーは切神の口から出す雷撃をまともに浴びて、その衝撃で兜・舵木・虎の3折神が剥がれて、シンケンオーの形態になってしまう。これで少しは身軽になったが、それでも切神との斬り合いでは競り負けてしまう。やはり切神はアクマロの分身というだけあり、かなり強く、丈瑠の状態はかなり悪いのだった。シンケンオーは兜を飛ばされ、地面に倒れ伏してしまい、その背中を切神が調子に乗って何度も踏みつけ、シンケンオーは起き上がれない状態となってしまった。これほどシンケンオーが絶体絶命の窮地に追い込まれたことは、かつて無かった。
一方、少し離れた位置での等身大戦の方も、アクマロの猛攻の前に遂に立ち上がれなくなってしまった4人に「ホッホッホッホッホ・・・もう終わりでござりますか?」と嘲笑いながら、アクマロが刀を構えて迫ってくる。トドメを刺すつもりであった。立ち上がらねば殺されると分かっているのだが、なかなか身体が動かない4人はもがくが、アクマロはまず茉子の首元に刃を突きつけ「では・・・さらば!」と刃を突き刺そうとする。

その時、空を切り裂いて飛んできた灰色のディスクがアクマロの刀を弾き飛ばした。「うっ!?」とひるんだアクマロはディスクの飛んできた方向を見る。流ノ介、茉子、千明、ことはの4人もその方向を見て仰天した。「待て待て待て〜い!!」と叫んでシンケンゴールドが走ってきていたからだ。しかも右手にはいつものサカナマルではなく長い十手のような棒、そして左手には「侍」と書かれた真っ赤な御用提灯のようなものを持っており、何だかその提灯が「御用でぇ御用でぇ御用でえ〜い!!」と声を発しているようにも聞こえる。
その奇妙な持ち物を構えて立ち止り、アクマロを睨みつける源太に向かって千明は「源ちゃん!!」と思わず叫び、茉子は「変身出来たんだ・・・」と驚いたように呟く。奇妙な持ち物よりも、4人にはまず源太がシンケンゴールドの姿に変身していることの方が驚きであった。確か寿司恐怖症でスシチャンジャーで変身出来なくなっていたはずなのに、どうして変身出来ているのだろうか。切神に踏みつけられて動けないシンケンオーのコクピット内の丈瑠も源太の到着に気付き「源太!!」と叫ぶ。
さっきまで東京のゴールド寿司の屋台の前に居たはずの源太がどうして遠く離れた北関東のこの場所に来ているのかというと、これもおそらく烏賊折神か何かで一気に飛んできたのであろうが、源太にはこの場所のことは今回報せていないはずである。それ以前に、確か寿司恐怖症が治らないまま屋台の前で提灯を仕上げようとしていたはずである。そこに彦馬が黒子達と共に現れたところまでは劇中で描写されていたが、その後のシーンが抜けて、こうして源太が変身して戦いの場に現れている場面となっているものだから、視聴者にもいったい源太の身に何が起こってこうなったのか分からない。
しかし、ここはもう勢いで押し切るシーンであるので、そういう細かい説明は後回しでいいのである。源太はとにかく変身してこの場に駆け付けたところ、シンケンジャーの大ピンチの場面であったので、ここは自分がなんとかせねばと思って燃えている。アクマロが何者であるのかは詳しくは分からないが、とにかくアヤカシであることは分かる。敵だから倒す。それだけのことである。

源太は美味しい場面で登場した主人公さながらに「これ以上、お前らに手出しはさせねぇ!このダイゴヨウが助けになるぜぇ!!」と見得を切り、左手に持った赤い御用提灯を突き出す。すると提灯が明滅しながら「その通り!!出番でぇ出番でぇい!!」と叫ぶ。やはり先ほどからの江戸っ子訛りの合いの手は、この提灯が声を出していたのである。
それを見てアクマロは「ほ〜お・・・これはまたおかしな物が・・・」と茶化すように言い返した。確かにこのダイゴヨウと源太が言う、江戸っ子訛りをまくしたてる赤い御用提灯は、かなり「おかしなもの」であり、アクマロだけでなく、丈瑠たち5人も同じような感想を持ったが、アクマロの言う「おかしなもの」は何もこの提灯だけではない。
そもそもアクマロはこのような金色のシンケンジャーというもの自体をかつて見たこともないのであって、源太の存在そのものがアクマロにとっては「おかしなもの」であったのだ。どうも当代のシンケンジャーには次から次へとアクマロの記憶には無いイレギュラーな要素が現れるので、アクマロの内心には次第に不安が浸透してきていた。その不安を隠すため、余裕のあるような態度を保っているアクマロは、不安要素は早々に潰しておこうと、「・・・我の趣味では、ありませんなぁ・・・」と言うと、例の毬を取り出し、思いっきり源太目がけて蹴り込んできた。
その毬を源太は右手に握った十手を「おおおりゃ!!」と気合いを込めて一閃し、真っ二つになった毬は源太の両側後方で大爆発して散った。これにはアクマロも「うっ!?」と驚いた。どうもただの十手ではない。シンケンマルよりもかなり強靭に作ってあるようである。それでもアクマロの実力からすれば、これだけでさほど恐れる必要も無いはずであったが、新たな不確定要素の出現に、アクマロの内心に封じ込めていた積み重なった不安が遂に表面化し、少しアクマロは狼狽した。
その一瞬の隙をついて、源太は例のダイゴヨウという赤い御用提灯を構え、「秘伝ディスク発射!!」とダイゴヨウに指令を出す。するとダイゴヨウから黒い秘伝ディスクが連射されてアクマロを攻撃する。ダイゴヨウにはディスクを発射する能力があるようで、つまり先ほど茉子のピンチにアクマロの刀を弾き飛ばした灰色のディスクもダイゴヨウが発射したものであろう。
しかしさっきの灰色のディスクと今回の黒いディスクは微妙に違うようで、灰色の方は誰かの危機に助太刀する時に使う「助太刀ディスク」といい、黒い方は敵を攻撃する時に使う「攻撃ディスク」という設定になっているらしい。ただ、劇中では大して厳密に使い分けられていないので、まぁどうでもいい。
とにかく、いきなりディスクの連射で攻撃されたアクマロはひるんだ。そこに源太は突進し、ジャンプしてアクマロに向けて十手を振り下ろす。そしてアクマロは対応が遅れ、源太の十手の一閃はアクマロの左肩を強く打ちすえた。といっても、それだけではアクマロにとってさほどのダメージになるはずもなかった。だが、アクマロは「ぐ・・・ああ!?・・・」と激痛にこらえきれず、思わずよろめいて後ずさりした。
何故なのかアクマロにも分からなかった。確かに油断してクリーンヒットを許してしまったが、たった一撃、肩の装甲の上に浴びただけである。パワーアップした自分がこれしきの打撃でよろめくはずはない。その時、アクマロの脳裏に、先ほど六門船でドウコクに受けた一撃の記憶が甦ってきたのである。

そういえば、あれも左肩への一撃であった。しかし、あれはわざとドウコクに撃たせた一撃であり、完全に予測して受け流したはずである。ダメージを受けてはいないはずだ。しかし、現にこれだけのダメージが残っていたから、今の十手の打撃だけで傷が開いてしまったのである。しかも、かなりの重傷である。
もちろん、まともにドウコクの一撃を受けてなどいない。まともに受けていればその場で倒れていたはずだ。受け流せたからこそ、その後こうして動き回ってシンケンジャーとも戦えていたのである。確かに受け流した。それなのに、これだけの重傷を負っていたのだ。ならば、もしドウコクは本当の本気で撃ち込んできて、受け流せなかった場合はどうなるのか・・・そう考えると、アクマロはゾッとした。
あれがドウコクの本気だとはアクマロも考えてはいない。しかし、もし本気で撃ち込んできても、それほど自分にとっては圧倒的なものではあるまいと、甘く見ていた。しかし、どうやら読み違っていたようだ。自分とドウコクの実力差がここまで大きく開きが有るとは、アクマロも予想していなかったのだ。

「・・・さすがはドウコクさん!・・・浅く受け流した筈が・・・!」と悔しげに呻くアクマロを見て、源太は(もしかして、かなり効いているのか?)と思い、更に攻撃を加えようとする。それをアクマロはバッと片手を出して制し、「よろしい!・・・腕慣らしは、ここまでに・・・」と言うと、そのまま地面の隙間に消えていった。ドウコクに負わされた重傷の傷口の開いた今の状態でこれ以上戦えば不利だと判断し、逃げたのである。
それに、実際、腕慣らしとしては十分であったし、自分のパワーアップぶりも十分に確かめられた。また、今の世のシンケンジャーの実力もある程度、把握出来た。その結果、実力的には今の自分の方がシンケンジャーよりも勝っているとアクマロは感じた。しかし、アクマロから見て、今の世のシンケンジャーには不確定要素がかなり有ることも分かった。このあたりはドウコクの件と同様、アクマロにとっては読み違えていた部分であった。なかなか全て、自分の読み通りというわけにはいかないものだとアクマロは思った。
しかし、大望の成就のためには自分に失敗は許されない。慎重の上に慎重を重ねて行動せねばいけない。少しでも不確定要素が有るならば、そこは冒険は出来ない。あくまで慎重に安全策を選択しつつ進んでいこうとアクマロは思った。それでこの場は退くことにしたのである。
それに、この地でのもう1つの大切な目的は既に達成していた。ここで深追いして傷を負うのは愚かである。まだこれで終わりではなく、まだ他の地でも達成せねばいけない目的は残っているのである。しかし、それらの行動にしても、これは思ったよりも慎重な行動が必要だとアクマロは身に沁みて感じていた。あまり性急に目標達成を急げば、この計画の意図をドウコクやシンケンジャーに見破られる恐れがあった。
いや、今までは、ある程度見破られたとしても実力で押し切ってしまえるとも思っていた。しかし、シンケンジャーには自分にはまだ予想しきれない強さが秘められており、ドウコクに至っては抵抗出来ないほどの圧倒的な実力の持ち主であった。これらの連中と下手に争うのは得策ではない。多少回り道となっても、上手くドウコクやシンケンジャーの目を誤魔化して、情報を撹乱させながら作戦を進めていかねばなるまい。
また、ドウコクには決して疑われてはいけない。もし疑われたら勝負では絶対に勝てない。そうなれば全ては終わりである。だから、出来るだけドウコクの傍で機嫌を取って信用を得るように努め、自ら地上の前線に出ることは、本当に大事な局面の時以外は自粛せねばなるまい。その方がシンケンジャーとの抗争に巻き込まれる危険も減るというものだ。
ならば、配下のアヤカシを総動員せねばなるまい。その方がドウコクやシタリも喜び、彼らの信用を得ることにも繋がっていく。しかし、そうなると、いずれは手駒不足という事態に行きあたる。さて、それまでに計画の達成が成るか?あるいは何か手を打たねばなるまいか?
・・・そもそも計画の達成のためには、もう1つ欠かすことの出来ない要素が有るのだが、それについて未だ手掛かりは掴めていない。いずれ、おいおいそれも分かってくるであろう。先のことを考えるのは、そのあたりでよいであろう。・・・だいたい、このようにアクマロは計画を修正していったのであった。

ただ、これらはアクマロが三途の川へ戻る隙間の中で考えたことである。山中の戦いの場ではアクマロが突然姿を消したことによって戦いの局面が変わっていた。まず取り残された切神はいきなり主人が消えて狼狽した。アクマロにとっては所詮は捨て駒でしかないのであろうが、切神にしてみれば主人が急にいなくなったのだから、それは慌てるであろう。そうして出来た隙をついて、丈瑠はシンケンオーを起こして切神に反撃の一太刀を浴びせ、再び戦闘を再開する。
その様子を眺めつつ、源太はアクマロが消えて窮地を脱した流ノ介ら4人の方に「みんな!大丈夫か!?」と駆け寄る。4人は起き上がりながら、自然にその視線は源太の手に持った得体の知れない赤い御用提灯に集中していく。「・・・あの提灯も、源さんが?」と、ことはが千明の方を振り向いてひそひそと確認する。また源太が変なモノを作ってきたのかと思い、千明なら何か知っているのかと思ったのだ。
千明は、源太が何か仕上げると遊園地で言っていたのを思い出し「仕上げるって・・・アレのことだったのか?」と少し拍子抜けしたように問いかける。乞う御期待などと言っていたから、何か凄い物でも作ろうとしているのかと思ったら、見たところ、ディスク発射装置のようである。確かに大した威力ではあるが、しかし、源太の物言いからすると、もっと凄い物が出て来ると思っていただけに、少し千明は拍子抜けした。
源太は千明の問いかけに「おう!」と答える。やはり、源太が屋台の前で提灯にモヂカラを照射して作っていたのは、このダイゴヨウだったのである。そして、皆に注目されたダイゴヨウは「おいら、ダイゴヨウってんでぇ!!」と明滅しながら元気に自己紹介した。やはり、先ほどから江戸っ子訛りで喋っていたのはダイゴヨウであり、しかもどうやら、源太の操作で音声を出力していたのではなく、自分の意思で会話しているようであった。皆、そのことに驚き、同時に、何故ディスク発射機能付きの手持ち提灯にそんな会話機能までつけてあるのかと、不審に思った。

シンケンオーを操って切神と戦う丈瑠も思わずダイゴヨウが喋っているのに一瞬、気をとられ、切神の繰り出す刃を受け、またもやピンチになってしまう。というか、やはり丈瑠のダメージは大きく、スーパー化して一人でシンケンオーを操るのは困難であるようだった。それを見上げ、「殿!!」「殿様!!」と家臣たちは慌て、流ノ介は「みんな!私達も早く!」と、シンケンオーに乗り込むよう皆に指示しようとする。いつも通りにシンケンオーを5人で操縦すれば主を失った切神とも互角以上に戦えるであろう。これは妥当な指示と思える。
ところが、どういうわけか源太が「待てい!!」と4人を通せんぼして行かせない。そして「ここは、こいつに任せろ!!」と、手に持ったダイゴヨウを十手で指差す。ダイゴヨウも「そうよ!!任せとけい!!」と明滅しながら威勢が良い。しかし、任せろと言って、手持ちの提灯に何を任せるというのか分からず、4人は源太とダイゴヨウの言葉の意味が分からず呆気に取られてダイゴヨウを見る。
源太はもう4人の疑問などお構い無しで、勢い任せに「行け!!」とダイゴヨウを空高く放り上げ、一緒に十手も放り上げてしまう。そしてスシチェンジャーから「大」のモヂカラを発射し、空中のダイゴヨウと十手にそれを命中させ、巨大化させる。
すると、「ダイゴヨウ大変化!!」と掛け声をかけながら巨大化したダイゴヨウは下部パーツを展開して両脚とし、そして巨大化した十手が2つのパーツに分かれてダイゴヨウの両手としてくっつき、最上部の顔のような部分がせり上がり、なんと、まるで巨大ロボット、というか、侍巨人の姿になったのであった。そして、シンケンオーに向かって振り下ろした切神の刃を腕で受け止め、両者の間に割って入って切神をぶっ飛ばしたダイゴヨウは「ダイゴヨウ!!」と派手に見得を切る。ここからダイゴヨウの大活躍シーンとなる。

ダイゴヨウが見事、巨大化して変形合体して侍巨人として完成したのを見て源太は「よっしゃ!!」とガッツポーズをとる。源太はダイゴヨウがちゃんと侍巨人として動くかどうか確かめたかったのである。そして、ダイゴヨウを驚いて見ていた茉子が「源太!・・・何あれ?」と、遂に根本的な質問をぶつける。
何なのかというと、形としては手持ち時はディスク発射装置であり、巨大化すると十手と合体して侍巨人にもなるという、おそらく源太がまた電子モヂカラで作りあげたお喋り機能付きの便利アイテムなのであろう。なるほど、単なるディスク発射装置ではなく、侍巨人がその本来の姿だったのだ。それは源太渾身の一作であろう。あの十手も単なる手持ち武器ではなく本来は侍巨人の両手パーツだったのだ。道理で頑丈なわけである。ここまでは見れば、まぁ分かる。しかし問題は、源太が何を考えていきなりあんなものを作ったのかである。茉子はそれを聞いている。
それに対して源太は思わず「俺の形見・・・」と言いかけて「あ、いやいや!」と慌てて否定する。もともとはシンケンジャーを引退する自分の残していく置き土産、形見分けのつもりで作ったものであったが、こうして変身出来るようになった以上、今後も自分はシンケンジャーの一員として居るわけだから、形見などと言う必要は無い。
ならば何と言うべきかと考え、源太は「・・・分身!ダイゴヨウ!!」と言い直した。もともと居なくなる自分の代わりとして、自分と同じように戦えて、自分で考えて会話もして威勢よくお喋りも出来るようにプログラムを組んだ、自分の分身なのである。それがこれからは自分と一緒に、自分の分身として皆と一緒に戦う仲間となるのである。シンケンジャーの7人目の侍、新しい仲間、ダイゴヨウの誕生であった。

「アヤカシ〜!!御用でぇ御用でえ〜い!!」とダイゴヨウは初陣ということで大変な張り切りようである。まぁ第十七幕の時の源太のテンションと同じと考えればいい。このやたら威勢のいい江戸っ子訛りは生粋の江戸っ子である源太譲りであろう。しかし「御用」という言葉を連発したり、十手と合体したり、投げ銭を彷彿させるディスク飛ばし機能など、どうも岡っ引きがモチーフになっている様子だ。
それがどうしてなのかは源太の説明ではイマイチ分からないのだが、とにかく切神はダイゴヨウを敵と認識して襲いかかってきて、戦闘開始となる。「いざ参る!!」と迎え撃ったダイゴヨウは切神の刀を白刃取りで受け止めて奪い取り、丸腰となった切神に空手チョップやキックなどの肉弾戦で攻め立てる。なかなか身のこなしが素早い。シンケンオーなどに比べて少し小型で軽量のようで、その分、機動性に優れているようである。非常に熱い攻撃を見せてくれる。
しかし切神もやられっぱなしではなく、少し距離をとって、口から雷撃光線を発射して攻撃してくる。それを「おおっと!危ねぇ!!」と、ダイゴヨウは身を縮めてかわす。これが単にかがんでかわすのではなく、提灯らしく、蛇腹を畳んで本当に身体を縮めてかわしているのが、なかなか愛嬌があって面白い。
そしてダイゴヨウは元の大きさにさっと戻ると、すぐさま「ダイゴヨウ大閃光!!」と叫んで反撃に転じる。これもまた提灯ならではの技で、身体から激しく眩しい光を放って相手の目を眩ませるドラゴンボールの「太陽拳」のような技である。これによって目を眩まされた切神は思わず顔を伏せ、その後、顔を上げてみると視界からダイゴヨウの姿が消えていた。ダイゴヨウを見失いキョロキョロする切神が微かに気配を感じて上を向くと、既にダイゴヨウが上空から猛烈に回転して襲いかかって来るところであった。
「ダイゴヨウ大回転!!」と叫んで大回転状態から無数のキックやパンチを繰り出すという、SF格闘漫画のような荒唐無稽な技であるが、これが見事に決まって切神は滅多打ちを喰らい吹っ飛ばされる。どうにも技のネーミングセンスがやたら直球なのであるが、これも源太のセンスなのであろう。とにかく、今までの侍巨人は皆、それそのものは喋らないものばかりであったので、自分でいちいち技名を絶叫しながら暴れ回るダイゴヨウはなかなか見ていて楽しい。
ダイゴヨウはますます調子に乗って「大人しく御縄を頂戴しろい!!」と倒れた切神に向かって見得を切って派手なポーズを決める。そうしたダイゴヨウの大暴れをシンケンオーのコクピットから丈瑠は唖然として見ていた。いきなり提灯が巨大化したと思ったら、この荒唐無稽な大暴れである。そりゃあ唖然とするだろう。
流ノ介ら4人の家臣たちも地上から唖然としてダイゴヨウの大暴れを見ていたが、ことははダイゴヨウが気に入ったようで「すごぉい!!」と手を叩いて喜ぶ。しかし流ノ介はどうも腑に落ちないところがあるようで「感心していいのか?あれは・・・」と尋ねる。茉子は「さあ〜?」と首を傾げ、千明は「いいんじゃね?」と苦笑する。まぁとにかく外道衆を倒せば何でもいいようである。

しかし切神もそのままやられてしまうほど脆弱な敵ではない。再び刀を拾って構えた切神と対峙したダイゴヨウに向かい、源太は決め技でトドメを刺さねばいけないと思い、「ダイゴヨウ〜!!ディスク使え〜!!ディスク〜!!」と大声で指示を送る。それを聞いてダイゴヨウも「合点!!」と返事する。こういう人間がいちいち巨大ロボに指示を送るのって、鉄人28号やジャイアントロボみたいで、なんだか懐かしくて燃えるものがある。
しかし、ここでダイゴヨウ、何故か急に「あ?・・・あ?・・・」と前屈みの姿勢で動かなくなってしまう。それを見て源太は「ああ〜・・・ディスクが詰まった!」と愕然とする。なんとダイゴヨウは身体の中に収納したディスクを出そうとして途中でディスクが詰まってしまったようで、しかもダイゴヨウはディスクが詰まると機能が停止してしまうようなのである。まるで出来の悪い玩具みたいなローテク感で、玩具販促映像としてはちょっとシャレにならないようなギリギリのギャグである。
しかもこの解決方法が更に泣けてくるほどローテク臭あふれるもので、源太はシンケンオーに乗る丈瑠に向かって大声で「丈ちゃ〜ん!!腰叩いて〜!!こ〜し〜!!」と、自分の腰を叩くジェスチャーをしながら必死にアピールしたのだ。どうもダイゴヨウは腰を思いっきり叩くとディスク詰まりが解消するらしい。ひどいローテクである。
丈瑠は「腰・・・?」と不思議そうに呟き、停止しているダイゴヨウにシンケンオーで近づくと、ダイゴヨウの腰をシンケンオーの手でズシンと叩いた。すると「合点!!」とダイゴヨウは腰を突き出して伸び上がり、機能を復活させ、腹の蛇腹部分から黒いディスクを取り出して「ていや!!」と切神へと投げつけ、その持っている刀を弾き落とす。
すかさず源太が「トドメだ!!ダイゴヨウ!!」と指示し、ダイゴヨウは「合点、承知!!」と応え「秘伝ディスク乱れ撃ち!!」と掛け声をかけて腹から大量の秘伝ディスクを切神めがけて一気に連射し始める。たまらず切神にディスクが何発も命中してもダイゴヨウは「御用でぇ御用でぇ御用でぇ御用でぇ御用でぇ御用でぇ・・・!」と執拗に連射を続け、遂には切神はディスクによって切り刻まれてバラバラになって爆発して消滅した。ダイゴヨウの勝利であった。
ダイゴヨウは勝利を確認すると「これにてぇ、あ、一件落着ぅ!!」と丈瑠のいつものセリフを言って派手に見得を切り、「あっぱれぇ!!」とポーズもバッチリ決めたのであった。なんとも濃いキャラである。源太は「やった〜!!」と大喜びで跳び上がり、家臣4人も大喜び、丈瑠は唖然としてダイゴヨウを見るのであった。

さてエピローグは、その日の夜、久しぶりに営業再開したゴールド寿司の屋台に丈瑠たち5人と彦馬が夕食を食べに来ているシーンである。屋台の軒下には手持ちサイズに戻ったダイゴヨウが赤提灯として吊り下がって赤い光で周囲をほのかに照らしている。
「へいお待ち!」と握った寿司を振る舞う源太。どうやら完全に寿司恐怖症は治っているようである。「それにしてもよく治ったよねぇ・・・あんなにダメだったのに!」と茉子が不思議そうに言う。
確かに、源太がシンケンゴールドに変身して戦いに駆け付けた時点では寿司恐怖症は完全に治っていた。しかしその直前まで寿司恐怖症は治っていなかったはずなのだ。何かがあって急激に寿司恐怖症が無くなったということになるが、そこで何か源太の身に起きたのか、劇中ではそこの描写が抜け落ち、ただ彦馬が黒子たちを引き連れてゴールド寿司に現れたというところで描写が途切れているので、その先に何が起きたのか視聴者にも分かっていないのだ。

源太は照れながら「いやぁ〜・・・それが爺ちゃんがさぁ・・・」と事情を説明する。それによると、源太がダイゴヨウをあと一息で完成させようという場面に黒子軍団を連れて乗り込んできた彦馬は、黒子たちに源太を羽交い締めにさせて、持参してきたマグロの握り寿司を無理矢理に源太の口に押し込もうとしたのだった。
「殿たちのやり方は回りくどい!ワシに任せればすぐに治る!」と、嫌がってもがく源太に有無を言わさぬ迫力で迫る彦馬は「さ〜!食べてしまえば何も怖くない!観念せい!!」と寿司を掴んで源太の口に近付ける。源太は必死で口を閉じて嫌々するが、黒子が源太の口を両側から指で締めつけて無理矢理開かせ、彦馬はそこに寿司を押し込み、黒子は源太が吐き出さないように無理に口を閉じてしまう。
寿司に触ることも出来ない源太に対してこの仕打ちは、もはや拷問に近く、かなり非道いといえる。源太は恐怖のあまり、黒子を突き飛ばしてもんどりうって転がり、うつ伏せになって苦しむが、不思議なことに寿司を吐き出さない。ピタリと動きを止めた源太は顔を上げてゴクンと寿司を呑み込むと「・・・美味い!」と呟き、笑顔となったのだ。これは一体どういうことなのか?
・・・源太はもともと寿司そのものが苦手になったわけではなく、異常な体験をしたせいで、猫に対する恐怖心が寿司に対する恐怖心に摩り替ってしまっただけのことで、寿司を怖がる理由そのものが無いのである。だから、寿司を見ながら必死で「寿司は怖くない」「寿司は大丈夫」などと論理的に自分に言い聞かせても、脳内の異常で生じた寿司への理由なき恐怖を和らげる効果は得られなかったのである。
それより、恐怖を和らげようとするのではなく、恐怖を無視して寿司の美味さを舌に直接的に味あわせてしまえば、もともと源太は寿司の味自体は大好きのはずなので、その思考や論理を介さない快楽刺激によって寿司への恐怖を打ち消してしまうことが出来ると彦馬は考えたのだ。
これは確かに効果の有りそうな方法ではあったが、源太の思考や論理は全く無視して、怖がる源太を押さえつけて無理矢理に寿司を喰わせるという、源太の人格を無視しなければ出来ない乱暴な方法でもあった。源太にも嫌がられるであろうし、周囲の人から見ても眉をひそめるような行為であろう。どう見ても道徳的な行為ではない。
しかし、そのように人から嫌われること、悪だと見なされるようなことでも、必要だと思えばやらなければいけないのが侍というものだと彦馬は思っている。源太に優しく、源太の喜ぶようなことばかりやっていては、何時まで経っても源太の寿司恐怖症は治らない。そのような丈瑠たちの甘いやり方はかえって遠回りなのだと彦馬は思い、こうして強行策に出たのであった。
それというのも、彦馬もまた源太が今のシンケンジャーにとってかけがえのない存在であり、どうあっても居なくなってもらっては困ると思っていたからであった。その結果、その強行策が奏功し、源太の寿司恐怖症はあっさり治り、そのままダイゴヨウ(十手もダイゴヨウとセットで作っていた)を完成させ、彦馬に丈瑠たちの戦っている場所を聞いて、源太はダイゴヨウを持って急いで烏賊折神にでも乗って戦いの場に駆け付けたのである。

「で、喰ったらあっさり治っちった!」と源太がおどけて説明し終わると、「はぁ!?何それ!俺らの苦労は何だったワケ!?」と千明が呆れて嘆く。いや千明は一番苦労してなかったはずなので、これは言う資格は無い。そして彦馬が皆に向かって得意そうに「時には荒療治も必要ということだ!」と胸を張ると、ことはが「さすが彦馬さん!」と褒め、皆、明るく笑い合う。
が、彦馬の横で丈瑠は無言で寿司を喰っており、特にコメントは無い。思うに、彦馬のこういう性格からして、丈瑠のお化け屋敷恐怖症も実は彦馬のせいなのではないかと邪推も出来る。
丈瑠はもともと気が弱く怖がり、泣き虫の少年だったという事実は第五幕で彦馬の口から、第十八幕でも彦馬や源太の口から語られているが、どうも今回の源太や彦馬の遊園地での遣り取りからして、丈瑠がお化け屋敷でお漏らしをしていたのは源太も知っていたようで、しかも源太が夜逃げして居なくなった時点ではまだ丈瑠のお化け屋敷恐怖症は治っていなかったようである。
このあたり総合して考えると、どうも丈瑠がお化け屋敷恐怖症になったのは彦馬に連れられてお化け屋敷へ行って怖い目に遭ってお漏らしをしてからであり、その後、源太が夜逃げした頃もまだ丈瑠の怖がりな性格は治っておらず、そして十数年経った現在、丈瑠の怖がりな性格は治っているが、何故かお化け屋敷恐怖症だけは治っていないということになる。
ここから推測だが、丈瑠は幼い頃にドウコク率いる外道衆の襲撃を受けて父親や多くの人が殺される場面を見てしまったトラウマで、外道衆のようなお化けや妖怪の類のものを極度に怖がるようになってしまったのではないだろうか。
ところが丈瑠は志葉家当主の影武者として、当主になり代わって外道衆のナナシやアヤカシと戦っていかねばいけない立場である。志葉家当主がお化けや妖怪が怖いというのでは不自然であるし、そもそも戦いに支障がある。そこで丈瑠の養育係として幼い丈瑠を真の殿のつもりで育て上げることとした彦馬は今回、源太に対して行ったような「荒療治」で、お化け屋敷に幼い丈瑠を何度も連れていき、お化けに慣れさせようとしたが、これが逆効果で、丈瑠のお化け嫌いはますます悪化し、作りもののお化け屋敷のお化けまで怖がるようになってしまったのではなかろうか。
その後、成長して剣の腕やモヂカラ修行で戦う力を身に付けた丈瑠は、外道衆を戦って撃ち破っていくことで外道衆への恐怖心は克服していったが、戦って倒すわけにはいかないお化け屋敷の作りもののお化けだけは、戦って恐怖心を克服出来なかったため、未だに苦手意識が抜けないのであろう。

いや、実際、ちゃんとした理由のある恐怖心というものは生きていく上でも戦っていく上でも不可欠なもので、危険を察知して身体に報せてくれる反応なのである。だから丈瑠が外道衆を怖いと思っていたこと自体は間違ったことではない。実際に外道衆は恐ろしく警戒すべき相手だからである。
そして、おそらく現在でも実際は丈瑠の中での外道衆への恐怖心、言い換えれば警戒心は消えてはいない。誰よりも鋭敏に保持されているはずだ。恐怖心というものは消してしまうのではなく、抑え込みコントロールすることが肝要なのである。幼い頃の丈瑠はそれが出来ず、恐怖心に呑み込まれていた。それが成長して戦って外道衆を制することが出来るという自信を持つようになって、恐怖心をコントロールすることが出来るようになったに過ぎない。丈瑠が誰よりも外道衆に強いのは、誰よりも外道衆を恐れているからだとも言える。
そして、お化け屋敷のお化けに対する恐怖心は、彦馬の間違った荒療治のせいで植え付けられてしまった本来は不要な、「理由無き恐怖心」、つまり源太の寿司恐怖症と同じようなものであったが、これに対しては戦って克服するという機会に恵まれず、いやそもそもそんなことは出来ないのであって、結局、その恐怖心をコントロールすることは出来ずに現在に至っているのである。
では、何故同じように本来は不要な「理由無き恐怖心」である丈瑠のお化け屋敷恐怖症と源太の寿司恐怖症で、丈瑠の方は今回、荒療治的にお化け屋敷に突入しても恐怖症を治せなかったのに、源太の方は彦馬の荒療治が奏功したのか、この差はいったい何なんだろうか。
それは丈瑠のお化けに対する恐怖心はもともと必要な恐怖心であった外道衆への恐怖心から派生したものであったので、簡単には消すことが出来ないのに対して、源太の寿司への恐怖は単に精神錯乱の結果生じた錯覚のようなもので、本来は源太は寿司が大好物であったから、荒療治が奏功したに過ぎない。
じゃあ、彦馬のような荒療治というのは、今回の源太のような特殊な事例のみに効果が有るものであって、本質的には間違った方法であるのかというと、そういうわけでもない。世の中の人々、特に「シンケンジャー」のメイン視聴者である小さい子供たちの抱いている恐怖心というものの大部分は、源太の寿司の今回の場合のように誤った思い込みに基づく理由の無いに等しいようなものである。そういう苦手な物を克服するためには、多少荒療治とも思えるほど、思いきって苦手な物に飛び込んでみればいい。案外簡単に苦手意識は解消するものである。
もしそれで解消しない場合は、その恐怖心というのは、丈瑠の外道衆への恐怖心と同じように、自分にとっては有益な恐怖心であるという証明となる。ならば、その恐怖心にコンプレックスを持つ必要は無い。その恐怖心は無理に消そうとはせず、その恐怖心をコントロール出来る強さを丈瑠のように自分の中でじっくり育てていけばいいのである。
子供たちに向けてそうしたメッセージを発するという意味で、今回のエピソードには十分意義は有るのである。

最後に源太は「ま!めでたくゴールド寿司も再開だぁ!!ハハッ!!」と、寿司恐怖症も治って全て万々歳と、上機嫌に宣言し、「ダイゴヨウと一緒にな!!」と、ダイゴヨウの横に立ってニコニコと笑う。
そもそもダイゴヨウを作ろうと思い立ったのが寿司恐怖症が原因だったので、ダイゴヨウが完成した後は源太は寿司屋は廃業している予定であった。それが、ダイゴヨウも完成し、寿司屋も廃業せずに済んで、こうしてダイゴヨウと一緒に寿司屋台をやっていくことが出来るようになったのである。これは屋台で客がいない時に話相手がおらず退屈だった源太にとっては嬉しい誤算であった。ダイゴヨウも「おうよ!ヘイらっしゃい!」と、もともと寿司屋台の提灯だっただけに寿司屋稼業も板についたものである。
その時、ダイゴヨウが声を出したことで、ふと流ノ介が思い出したように「あ!・・・気になってたんだが、それ、岡っ引きじゃないか?」と、ダイゴヨウの方を見て源太に尋ねた。源太は「おう!時代劇でよく見るだろ?そっから、こう、イメージしたんだ!」と得意げに語る。
それを聞きながら流ノ介は寿司を頬張りながら「うん・・・岡っ引きは・・・侍じゃないぞ?」と落ち着いて源太に教える。源太は一瞬、ポカーンとし、ダイゴヨウの方を見て「ええええ!?」と驚く。同時にダイゴヨウも「ええええ!?」と叫ぶ。源太がダイゴヨウの横のカウンターに座る丈瑠と彦馬をチラリと見ると、2人とも、寿司を喰いながらうんうんと頷いている。
そう、岡っ引きというのは侍ではない。岡っ引き、つまり時代劇の捕物帖によく出て来る十手持ちといえば、代表格は銭形平次であり、ディスクを飛ばす機能など、源太が銭形平次をイメージしてダイゴヨウを作ったのは明白であるが、銭形平次はれっきとした町人であり、侍ではない。岡っ引き、十手持ちというのは奉行所が町の治安を町人の自治的な力で維持させるために、町内の人望のある親分格の人物に十手を授けて犯罪捜査などを担当させたものであり、侍身分ではないのである。
ダイゴヨウは何処からどう見ても岡っ引きであり、つまり侍ではない。それなのに、その身体のど真ん中にはどでかい文字で「侍」と書いてある。源太が「侍」のモヂカラで作ったのだから、当然の結果なのであるが、これは重大な事実誤認であり、かなり恥ずかしい。
それで流ノ介は、戦いの最中もダイゴヨウの姿を見て「あれでいいのか?」としきりに気にしていたのである。いや、丈瑠をはじめ、他の者もずっと微妙な視線でダイゴヨウを見ていたのは、そういうわけだったのだ。ただ、ことはだけは時代劇をあまり観ないのか、一人だけダイゴヨウを見て無邪気に喜んでいたようであるが。

ダイゴヨウは自分のことを侍だと信じ込んでいた。産みの親の源太がそう信じ込んでいたのだから、当然ダイゴヨウもそう信じ込んでいた。それが間違いだったと気付き、ダイゴヨウは「どえええええ!?」とショックを受ける。源太は狼狽してダイゴヨウに取りすがり、「うわあああ・・・ホントかよ?・・・俺、こんなにでっかく侍って・・・」とダイゴヨウに大きく書かれた「侍」の文字を指差す。
明滅しながら「御用でぇ〜い!!」とダイゴヨウが叫ぶ。どうやら怒っているらしい。「すまねぇ!ダイゴヨウ!・・・御用にしてくれ!」と源太はダイゴヨウに手を合わせて謝る。「御用にする」というのはイマイチ意味不明の言い回しだが、ダイゴヨウ語では「ぶっとばす」というような意味なのであろう。
「あったぼうよぉ!!・・・御用でぇ御用でぇ御用でぇい!!」と何度か反動をつけてダイゴヨウは源太の顔に体当たりをぶちまかし、源太はよろめいて後ろへ倒れ、流ノ介にぶつかり、もつれ合って転がり、結局、源太と流ノ介とダイゴヨウの三つ巴の大喧嘩が始まり、まぁ、いつもながらのゴールド寿司の騒がしさが更にダイゴヨウの加入で騒がしくなったというところで今回は締めとなるのであった。



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posted by 通りすがりのシンケンブラウン at 19:39 | Comment(3) | 第二十八幕「提灯侍」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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